色気・色気・食い気の3人

「今回はほんとにお疲れサマンサー!!」
「うぇーい!」
「五条パイセンの奢りでご馳走サマンサー!!」
「うぇーい!」
「え?」

五条の元気な声出しで始まり、五条の無表情を横目にかやのとゆきは、グラスをぶつけて上機嫌だ。

「まあ……いいけどね、飲み代くらい」
「アイザイマッ!!」
「野球部みたいな挨拶だw」

かやのからツッコミを入れられ、ゆきは目を細めて満足げにファジーネーブルに口をつけた。

「飲める癖に、ファジーネーブルとかカルアミルクとかそういう甘いお酒しか飲まないところは……女の子なんだけどね」
「あ? じゃー辛口ワインに日本酒かっ喰らう私は女の子じゃないんですか?」
「いえ!! かやのんも女の子です!!」

テーブルの向こうから前屈みでローアングルの笑顔を向けられて、目隠ししてても感じる圧から逃げるように、五条はメロンソーダ(バニラアイスのせ)をがぶ飲みした。
(この男が敬語を使う場面は限られていて、そのひとつが「かやの先生が怖くてビビった時」である。《最強》なのに。)

今回は一級呪霊の討伐任務にかやのが向かい、ゆきは治療と戦闘訓練を兼ねて同行していた。
五条は別の仕事の帰りに「そういえば2人共ここで任務だったよね〜」と、わざわざかやのとゆきに接触したところ、財布…ではなく仲間だから一緒に飲もうと、こうして(そこそこいいランクの)居酒屋に連行されたのだった。

「僕、下戸なんだよね」
「知ってます」

暗に「僕が飲めないの知っててなんで飲み屋に連れて来たの」と嫌味を言ったのだが、かやのは全く意に介さず。
ゆきに至っては我関せずで黙々と、食って飲んで食って飲んでを繰り返すばかりで、「千尋の両親かよ」と五条は思ったが、あえて口には出さなかった。

「……僕も飲んじゃおっかな」
「下戸は無理しちゃ駄目ですよ」
「下戸ってことは分解酵素がないか欠損してるかなんで、五条さんにとってお酒は毒でしかないです。体は大事にして下さい」

かやのが頼んだいくつかの酒から適当にひとつ取って飲もうとしたら、かやのが素早くグラスを奪い取り、いつの間に頼んだのか、ゆきからはコーラを手渡された。
下戸下戸と言われて面白くない《最強》は、唇を尖らせて拗ねた。

「二人ばかり楽しそうでズルい!」
「ズルいも何も、下戸の人にお酒が害なのは事実ですから」
「それ以上『下戸』って言うの禁止だから!」

あからさまに不機嫌になり、「僕も飲みたい!」と駄々をこねる28歳の友人にゆきが呆れている間、かやのはグラスにあれこれ混ぜて何かを作っていた。
よし、と呟くと、かやのはそのグラスを五条に手渡し、不思議そうに見つめる彼に微笑んだ。

「カシオレを薄めて、味を少し整えてみました。これを飲んで酔っ払うようなら、今後お酒は一切禁止です」
「え、一切?」
「一切」

薄めたカシオレで「下戸」が発動するなら、正真正銘の「下戸」ということになるから、五条悟は酒を飲まない方が良いとはっきりする。
グラスを持ったまま動かない男に、かやのはフッと挑戦的に笑って選択を迫る。

「どうします? やっぱりコーラにします?」

五条悟は、煽りに乗った。








5杯目くらいのカクテル・モヒートで口内をさっぱりさせつつ、普段食べてるものよりお高いと思われる軟骨の唐揚げや生ハム、ユッケを味わっているゆき。
そんな彼女をチラチラ見ながら、かやのと五条は何やら企んでいた。

「私と五条パイセン、どっちがゆきねぇをときめかせることが出来るか、勝負しましょう!」
「乗った!! このナイスガイにそんな勝負を挑んだこと、後悔しないでよ?」
「相手を落とすのは顔だけじゃないってことを、教えてあげますよ……」

かやのも五条も酔っていた。
さっき五条に作って飲ませた薄いカシオレは、彼をベロンベロンにはさせなかったものの、あの一杯でご機嫌になっているため、2杯目以降は酒と偽って、コーラやオレンジジュースを飲ませている。

偽ってソフトドリンクを飲ませている段階で、かやのはまだまだ潰れてはいないし、五条もアルコール分は薄いカシオレのみだから、会話が出来る状態に保たれている。
お互いベロンベロンとまでは酒が回ってない。
しかし、酔っている。

酔っているから、「いつもヒョーヒョーとしてるゆき先生が動揺する姿、見たくね?」というかやの先生の提案が飛び出し、元々悪だくみや悪ノリが大好きな五条先生も躊躇いなく乗った。

二人がもし潰れた場合は、なんやかんや文句は言いつつも助けてくれそうな七海を呼びつけようと、頭の隅で算段をつけているゆきを他所に、まずはかやののターン。
「手本を見せてやるからそこで見てな!」とでも言いたげなポーズを決める。

「ゆきねぇが前々から飲みたがってたグラスホッパー、飲んでみます?」
「わあ、いいんですか? ちょうど追加のお酒頼もうとしてたから嬉しい!」

モヒートが空になると同時にグラスホッパーの差し入れ。
効果はテキメンで、「ほんとにチョコミントだ〜」と緩み切った笑顔で、ゆきはグラスを傾ける。

「グラスホッパーに合わせて軽めのおつまみもどーぞ!」
「おお〜……やのちゃんはほんとに出来る女やでぇ……。ありがとう! はぁー、嫁にしてぇ〜!」

怒涛のかやのターンは、大成功での好スタート。
気遣いがあまり得意ではない五条は理解が追いつけず、なんかわからんが彼女によって友人がふにゃふにゃとだらしのない笑顔で満足している、ということはわかった。
間違いなく好感触だ。まずい。

「どーよ」
「……ぼ、僕だって出来るさ。なんたってナイスガイ五条だからねッ!」

ドヤ顔で親指を自分に向けて己を奮い立たせた五条だったが、彼がとった行動は、酒とつまみを手渡すという、単なるかやのの真似。

「あー……どうも」

グラスホッパーとおつまみをまだ味わい始めたばかりのゆきには、効果が薄かった。
ナイスガイが渡したグラスとつまみは、即座にテーブルの隅に追いやられてしまった。

「今渡したの、結構いい値段のお酒なんだけど」
「タイミングが悪いですよ。相手が『欲しい』と思える時にしないと」
「へー。次その時がきたら教えて?」
「やですよ」

ぶりっ子ポーズでされたちゃっかり者のお願いを、かやのは一蹴。
なんとか挽回したくてキョロキョロ見回す五条は、ゆきの口元に何か食べ物の汚れがついていることに気づいた。

「あっ! ホラホラゆきったら口周りが汚れてるよ〜? 全く年上のくせに世話が焼けるなぁ〜」

お手拭きでゴシゴシ拭われるゆきの目はいつも以上に真っ黒に染まっており、かやのは瞬間的に「ヤバい」と感じた。
ゆきは、いつの間にか目隠しからグラサンモードにチェンジした五条がニコニコと嬉しそうに微笑むのを見やり、口元を拭うその手首を掴むと、そのまま不自然な方向に捻った。

「口周りくらい、言ってもらえれば自分で拭きます」

……抑揚のない言葉は、低く冷たい。
そのまま彼女はお手洗いに行き、五条は手首をふーふーしながら、かやのに泣きついた。

「えっ、今の……駄目?」
「寧ろ、なんでいけると思ったんですか? 相手は子供じゃない、仮にも30歳の成人女性ですよ? 二人きりのカップルならいけても、人前でされたら普通の女の子でも引きます」

遠回しに「ゆきねぇは成人女性っぽくないし、普通の女の子じゃない」と言ってるが、大体事実だから、かやのは訂正しなかったし、五条も指摘はしなかった。

「個室でも駄目なの?」
「私が見てますし、そもそも五条パイセンとゆきさんはカップルではありません。五条パイセンは同じことされたら嬉しいですか?」
「嬉しい!」

エヘヘと無邪気に笑う28歳の男を、かやのは憐れみの込もった目で見つめる。

「夜蛾学長や伊地知さん、七海さんにされても嬉しいです?」
「野郎はキモいからやだ」
「野郎は駄目で女の子はオッケーという五条パイセンがキモいです」

「そこで野郎もオッケーとか抜かしたらそれはそれで、もっとキモかったけど……」と明後日の方向を見るかやのに、五条は擦り寄る。

「この勝負さ〜、かやのんが有利すぎて面白くないんだけど! フェアじゃないよね!」

《最強》のお前が「フェア」を求めるか、と聞いた瞬間は呆れたものの、まあ確かにと考え直したかやのは「ちょっと耳貸して下さい」と声をかけ、五条ならいけると思われる妙案を囁いた。






それから少しして、お手洗いから戻って来たゆきに、かやのは五条を送り込む。

「おーし! いけ! グッドルッキングガイ・五条パイセン!!」
「まっかせなさーい!!」

バシンッと背中を強く押されながらゆきの隣に座ると、五条は小声で伝える。

「ね、ここの近くにドルチェの美味しいイタリアンBALがあるんだけど、一緒に行かない?」
「え! それはいいですね〜!」

ドルチェと聞いて瞳を輝かせる姿に、よーしこれはかなりの好感度だぞ、と笑みを深めると、五条は

「やりぃ! ……じゃ、終わったらこっそり2人で抜け出しちゃお! みんなには秘密ね。勿論、かやの先生にも」

…そう言って、口元にシーッと指を立てつつ、グラサンをずらしてウィンクを放った。

「お、おぉん……」
「おぉんって……マジで色気ないよね〜。ウケる」

友人の顔の良さを再認識させられたゆき先生は、なんか悔しかったので、ドルチェのパンナコッタを4回お代わりしましたとさ。

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