名前という女のどこに惚れたのかとかそう言う質問をされたことがある。結果から言えば答えなかった。と言うよりは答えられなかった。幼い頃から側に居過ぎたせいか"いつ好きになったのか"とか"いつ1人の女として見るようになったのか"とか明確なその瞬間は記憶になかった。けれど名前を愛していると言うその事だけは揺るぎない真実だった。

「名前」
「あ、晋助」

いつもと同じ笑顔で俺を迎えた名前。何時もより鼻を掠めた香りが強いのは彼女が風呂上がりだろうか。ねぇ、と何か話しを切り出そうとしたのを無視してぐっと腕を引くと呆気なく名前は俺の腕の中に収まった。掴んだ細ェ腕からは、あの頃俺達と共に戦場を駆け抜け一騎当千の強者なんて言われていた事が嘘のようだ。

「?」
「……オイ、テメェ何だこの傷」

角度と髪で先程は見えなかったが面と向かってみると名前の頬に真新しい傷が1つ、つぅと白い頬に走っているではないか。自分の知らないところで自分のものに何かがあったと言うことをまざまざと見せつけられ視界がぐらりと歪んだ気がする。

「あぁ、これ?あんたが取引に行ってる間に神威が来たの」
「あのガキ来てたのか」
「来てたって言うかまだいると思う。で、晋助が居ないって知ったら矛先が私に向いたの」
「……だから相手してやったのか…随分とお優しいこったなァ」

頬に手を添え親指でその傷をなぞればぴくりと肩が跳ねた。傷を付けたのが自分ではない事は気に入らないが白に映える赤いそれはどうにも情緒的で。

「っ…まぁ私も最近鈍ってるなって思った、からっ」
「…そうかよ、じゃあ俺の相手も一つ頼まれちゃくれねェか」
「いっ、」

べろりとわざとらしく頬を舐めてやった。少し鉄の味がして背筋がぞくりと震える。出来たばかりなのだろう少し痛そうに鼻にかかった息をはく名前は風呂上がりと言う事も相まって妙に艶っぽい。

「しん、…」
「なァ名前」
「晋助…」
「名前」
「し、ん、す、けっ」

ぺしんと何とも間抜けな音がして首筋に埋まろうとしていた俺の顔は名前の手によって阻まれた。指の隙間から見えるその表情は恥じているかと思えば、呆れたような何とも言えない顔をしてして。

「なに、妬いたの…?」
「テメェの眼には俺がそんな余裕のねェ男に見えてんのかァ?」
「ご、ごめんごめん…っ、でもほら!私がこう言うの我慢が出来ないのは晋助が一番知ってるでしょ?」

耐えきれないと言った様子で笑いながら話す名前にすっかりそう言う気分を拭われた俺は、わざとらしくため息をついて組み敷いていた名前を抱き起こす。

「ククッ…そうさなァ…こんなじゃじゃ馬乗りこなせるのは俺ぐらいだろうしな」
「私の懐はマリアナ海溝より深いからね」

くだらない会話をいくつか交わしつつ名前の頬や口元に触れるとくすぐったいそうに身動ぐ、その仕草に図らずも頬が緩んだ。少ししてからはっと何かを思い出したのだろうそう言う顔を名前がしたので一旦手を止めた。

「…晋助、晋助」
「ア?」
「おかえり」

ふわりと効果音の付きそうなその笑顔を見た時そうかと俺は確信した。じわりじわりと込み上げるその気持ちと共に名前を腕の中に閉じ込め、その存在を確かめるように力を入れれば同じように背中に腕を回された。惚れた方が負けとはよく言うが存外それも悪くない悪くない。

「あぁ…ただいま」

多分気付いた頃にはもう随分と絆されていたのだろう、そんな俺はそうやって変わらない笑顔を向けてくれるたびにお前に恋に落ちるのだ。


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