ふわりと視界の横を見慣れた髪と香りが横切った。苗字だ。そう言えば次の授業はここからは少し離れていたななんて頭の中でぼんやり思いつつ荷物をまとめて僕は駆け足気味に教室を出た。

「…いない」

後を追うつもりだった彼女の背中を見つけきれない。そんなに変わらず出たはずなのになんて足の速い奴だ、と少しだけ内心で毒づいていると誰に肩を叩かれ振り返った。

「誰がいないの?」
「……苗字」

彼女だ。どこか楽しげに人差し指だけ伸ばされたその手で押される僕の顔を見て笑っている。つんつんと突き続けるその手を掴めばちょっと驚いた顔をした。ざまあみろ。

「別に、もういいさ」
「教えてくれないの?」
「そうじゃない。ほら、早く行かないと遅刻するぞ」

掴んだその手をそのまま引いて歩き出したが、彼女の腕は白くて細くて、少しだけ力を緩めて握る。色々ごちゃごちゃ考えていたせいか、何時もより早い鼓動を急いでいるからと誤魔化していた僕の耳にその声が届くのには少し時間がかかった。

「マルフォイ!!早いって!」
「!す、すまな…」

しまったと思い思わずそのまま止まってしまうと背中に彼女がぶつかる感触がした。振り返ればおでこを抑えてる苗字がそこにいて、ふいにある事に気付いた。僕の方が少しだけ背が高くなっていた事に。するとどうだろうか、なぜかすっと手が伸びてそのまま彼女の頭を撫でていた。見た目よりもサラサラした髪が手のひらをくすぐる。

「マ…マルフォイ……?」
「あ」

名前を呼ばれ何をしてるか理解をするのが早いか僕はバッとその手を退けた。ど、どうしようと内心だけで取り乱す僕をなんとも言えない目線が射抜く。つい可愛いなんて思ってしまい、先ほどよりも胸の音がどんどん高鳴ってもしかしたらこんなに近くにいる彼女にも聞こえてしまうのではないかと心配になってきた。

「マル、」
「なんでもない…!忘れてくれっ」
「…真っ赤な顔で言われても忘れられそうにないんだけど」
「!!!う、うるさい」

にやにやと笑い僕をからかわんとする彼女の視線を受けながら、なぜさっきはあんな風に思ったのだろうと少しだけ後悔をした。

「ね、マルフォイ。ほら行こう」

今度は僕が彼女に手を引かれる、風になびく髪の間から覗く耳が赤い気がするのは僕の都合のいい見間違いだろうか。そしてそんな事を思っていた僕が席について冷やかしを受けるのはまた別の話だ。


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