「私、働きたくないの」

彼女は常々そう言っては自室兼仕事場の診療所にこもっている。
元々獄卒だった彼女の仕事っぷりは本当に見事なもので拷問はもちろん、事務作業や花街での客引きの手伝いまで何でもこなし、しかもどの仕事も現役に引けを取らなかった。

「名前さん、働きましょう。今時ニートなんて駄目ですよ」
「いや、働いてるよ!ほら、医者としてっ」

そう、そんな彼女が次に始めた仕事は医者だった。だが獄卒らは元々結構丈夫なうえに、ここを開く時も特に何の宣伝もなく開業したのでここを知っている人の方が少ない、そんな職業を彼女は天職だ!と言ってかれこれ500年近く続けていた。無論やりだしたらとことんな彼女は医者としての腕も文句は無かったが、徐々に時代は変わって行き地獄は今溢れかえるような亡者に大忙しなのだ、こういう優秀な者は1人でも多く確保したいのだか当の本人がこの調子では意味がない。

「あのね?鬼灯くん私忙しいのが嫌で獄卒辞めたのにどうしてまた獄卒しないといけないの」
「それは貴女が優秀だからですよ。それに私自らこうやってスカウトに来てるんです、もう諦めてください」
「諦めない、嫌だ。私は寧ろこの仕事も辞めて何処かでのんびり暮らしたいの…!」
「働かざるもの食うべからず、ですよ」

その返しにどうやらカチンと来たようでむっとした顔をした彼女はもう私とは話さないと言わんばかりに背を向けた。どうもこう言う子供っぽい仕草は今だに直らないらしい、そこが面白いしからかいがいがあるとも言えるのだが。私より年上なのにまるで違う彼女は見ていて飽きなかった。

「…ではいっそこの仕事も辞めますか」
「はぁ?」
「それで私と結婚しましょう」
「………何それ?正気なの?」
「えぇ、もちろんです。いきなりが嫌なら先ずは同棲からでどうです?」
「え、いや、ちょっ、」

頬一つ染めずただただ心の底から困惑の表示を浮かべる彼女の姿の面白いのなんの。普段は飄々として掴み所がなくいつも一枚上手な事が多い彼女をこうやっていじる事が出来る時は至極楽しかった。

「私こう見えても名前さん1人養う事なんてお茶の子さいさいです」
「それはそうだろうけど…っ!そう言う問題じゃないでしょ」

意味がわからないと言った表示をする彼女との距離を詰めようとすればその分後退りされるので徐々に追い込む。すると呆気なく壁へと追い込めることに成功した。

「ねぇ鬼灯くん?疲れてるんじゃない?絶対おかしいよ」
「確かに疲れてはいますが至って正常ですよ、私は」

逃げ場を無くす為、壁にゆっくりと手をつく。この前現世の漫画で読んだ所謂壁ドンと言うやつだ。どうやら女性はこれに弱いらしい、目の前の彼女もそれは例外ではなかった。

「…、閻魔さまにチクるぞこのやろう」
「どうぞお好きになさってください」

もちろんこれで終わりではない、最終仕上げが残っている。よく見れば頬が少し色付いていた。何だ案外可愛い所もあるじゃないかと思いながらそんな彼女の耳元で、

「本気、ですからね。名前さん」

そう吐息混じりに言ってしまえば完成だ。それはどうやら効果は抜群だったようで、ゆっくり顔を上げるとそこには今にも火を出しそうなぐらい真っ赤な顔が。普段の彼女からはあまり想像のつかないそんな様子にたまにはこう言うのも悪くない、そう思う今日この頃だった。



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