「っお、と…オーイ!てめーらみんなの銀さんのお帰りだよーってな」
「おーおかえり」
「あり?何でオメーがいんだ?」

いい酒は悪酔いしないとはよく言ったものだ。随分と太っ腹な依頼人の奢りでたらふくそれを呑みほろ酔い気分で帰った俺を迎えたのは神楽でも新八でもなかった。ひょこっみたいな効果音が付きそうな感じで顔を覗かせたのは名前で、思いもよらぬ人物に少しだけ面を食らう。

「さっきまでお登勢で呑んでたんだけど何やかんやで、神楽ちゃんはお妙の家に泊まることに」
「…うんうん」
「新八くんは腑抜けてるからライブに向けて特訓らしいよ」
「へー」

まァいいけどなんて思いながら冷蔵庫をごそごそ。あ、切れてたはずのいちご牛乳が買い足されてる。

「ちょ、買ったばっかなのにラッパ飲み?」
「いーの。すぐ飲んじまうから、つーかこれやっぱお前?ありがとさん」

今朝切れてるってきいたからと言いながら笑う名前が何となく何時もより可愛く見えるのはきっといい感じに酒が入っているからだろう。手持ち無沙汰な俺は少し迷った後とりあえず向かい合う形で椅子に座った。隣に座ればいいのにと言う言葉は聞かなかったことにしよう。

「で?どーしたの、イチゴ牛乳のお礼に銀さん相談ならのってあげちゃうよ??」
「依頼とかじゃないよ。本当に気が向いたらから、それだけ」

そんな事を言ってにこりと笑った名前の笑顔にふとババアの店の常連がこの前、こいつの笑顔が最高だの何だの大声で言っていたのを思い出した。確かにこれは、と思い始めた頭をブンブンと振る俺をよそに当の本人はそうだと手を叩いていた。

「ねぇやっぱりいい?ひとつだけ」
「お、おう。今なら出血大サービスするぜ」

嬉しそうに笑うとなぜか名前は腕を俺に向けて広げた。理由の分からない俺が頭に?を浮かべているとほらっと催促される。

「え、なに??名前ちゃん何がしたいの?」
「膝枕」
「…?」
「膝枕されたい」
「されたい?したいじゃなくて?」
「そう」

と言うと痺れを切らしたのか向かいに座っていた彼女は俺の隣に座りぽんぽんと己の膝を叩き期待に満ちた目線を俺に向けた。いや、こう言う時って普通膝枕して欲しいって言うんじゃ…されたいってなんだよ…と悶々としていたがひたすらに向けられるその視線に耐えられず俺は大人しくその膝に頭を落とした。

「どうですかお客さん、感想が知りたいな」
「どう?どうってそりゃお前アレだよ、アレ…」

正直に言おう。最高です。なんと言うか太ももの丁度良い柔らかさと言いふわふわと香る名前の香りとか全てが相まって膝枕ってこんな至高の物だっけと思うくらい。だがそんな事を面と向かってはっきり言えるはずもなくそっぽを向いて曖昧に返しておいた。あ、横もいいな。

「まぁ…いいけど」
「……つーか本当何で膝枕なの?しかもされる側?」
「たまにはいいでしょこう言うのも。……今日は新八くんも神楽ちゃんも居ないんだから、めいいっぱい甘えてもらおうかなって」

少し照れ臭そうに伏せ目がちでそう言う彼女は俺の髪にくるくると指を絡ませる。そんなことを考えていたのか、とじわりと腹の底の方から愛おしさに似た感情が湧き上がる。頬が微かに赤く染まっているのは俺の都合のいい勘違いではないのかもしれない。

「名前……」
「ぎっ、…」

この女が好きだ。そう思うより先に体が動いていた。軽く触れるだけの口付けをしてちらりと様子を伺うとリンゴのように真っ赤になった名前がそこに。ふわふわと浮遊するようなこの気持ちはきっとアルコールのせいだけではないだろう。拒まれないのをいい事に俺は幾度となく啄ばむようにその唇を貪った。

「ぎ、ぎんさん…」

うっすらと涙を浮かべ少し舌ったらずな感じで名前を呼ぶその声に俺の中の欲が頭を擡げ始める。怒るぎりぎりの所まで迫ってみたいとかぐずぐすに甘やかしたいとか。

「銀さん、お酒くさい……酔ってるの」
「あぁかもな」
「なら…」
「……お前相手だと酒の力でも借りねぇとまだ素直になりきれねぇの」

駄目か?と尋ねた俺の頬にするりと名前の白い手が添えられた。まるで輪郭を確認するかのように頬を滑らせた後で今度は彼女の方から近付いてきた。ちゅっなんて可愛らしいリップ音が聞こえたあと耳元で、駄目じゃないとかそう言う事を言うのは反則だと思う。適わねぇなぁと心の中で思いながら今はまだ酒のせいにしておいていいか、ともう一度その赤い唇に吸い込まれるように己のを重ねた。


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