オフだ。

完璧な、本当に何もないオフ。偵察も練習も予定もない。いつぶりだろうこんな日、と思い返すも見当がつかなかった。とりあえずそれくらい久々のお休みなのだ。

「なのに、なんで、あんたがいるの」
「あ?別にいいだろ。お前どうせ予定ねぇんだし」
「……なんで私の予定を把握してるの」
「…分かって聞いてんのか?」
「…………て言うか蛭魔あんた、か」
「ケケケ…とにかく邪魔するぜ」

だらだらと惰眠を貪っていたなまえを布団から引っ張り出しやがったのは恐ろしいインターホンの連打と目の前の悪魔だ。時計は9時になろうかとしている。なまえの言葉を遮り、勝手知ったる家を当たり前のようにズカズカと進む男の後ろ姿にわざと盛大にため息をつきせめてもの意思表明。だが全くそれを気にも留めないまま、蛭魔はソファにどっかりと腰掛けている。その横を通りなまえはとりあえず飲み物だけでも入れてやろうとキッチンへ向かった。

「来るなら来るで昨日言えばよかったのに」
「…たまたま時間ができたんだよ」
「?蛭魔も今日やす、」

休みでしょう?と言いかけたなまえのその言葉は声にならず変わりに振り返ったと同時にふにっと唇に何かが触れる感触があって、それから小さく何とも可愛らしい音を立てながら離れた。

「…………え」

ほんの一瞬目線が交わったあと何故か何事もなかったかのようにリビングへと戻って言った蛭魔。とっさの事に固まるなまえがやっと声を出したのはそれから間も無くだった。
先ほどのは確かに間違いなくキス、だ。だがそれより間近で彼の顔を見てあることに気付いた。コーヒーはやめてハーブティーをマグカップに2つ、それを持ってキッチンを後にした。

「蛭魔…」
「おい」

自分の隣を叩く蛭魔。多分そこに座れと言うことなのだろう。反抗したい気持ちはない訳ではなかったがテーブルにカップを置いてなまえは素直にそれに従った。

「ひ、むっ」

本当にいったい何なんだろう。なまえが座ったのを見るや否やぐんと体を引かれキスの雨が降ってきた。角度を変えながら止めどなく繰り返されるそれに呼吸は次第に乱れ、逃れようにも頭はがっちり固定されていた。

「…なまえ」
「な、なによ…」

こんな時に限っておいとかお前とかじゃなくてなまえと名前で呼ぶ彼の何と策士なことか。名前呼ばれるのも、その目線を向けられる事にもめっぽう弱い事なんて知り尽くしている筈なのに。唇から伝わった熱がじわりじわりと全身へ浸透する痺れるようなそれに耐えなまえが返事をすれば蛭魔はにやりと笑った。

「いい顔してるぜ?」
「っさい…」

満足したのだろうか、蛭魔は普段と同じように笑っている。そして私の膝を枕にソファに横になった。勿論長いその足をはみ出させて。

「なに、寝るの?」
「…眠ィんだよ」

それから10分としないうちに膝元からは寝息が聞こえた。えっ、と思ったけどやはり寝ている。じっとその顔を眺めればやはり先程のは見間違いではなかったと思った。

「……隈、出来てるよ」

ぼそっと呟いたそれに返事はなかった。いつも寄せられている眉間のシワは少し普段より取れているような気がした。ほんの少しでいい、彼の疲れを取ることができますように。そう願いながらなまえはそっと額に唇を落とした。

「おやすみ、蛭魔」

何の予定もないのだ、二度寝も悪くないだろう。開いたカーテンの向こうは本当にいい天気であぁ何て贅沢な休日なのだろうと思い瞼を閉じた。

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