いつか弟に会わせたいわ

男の子だ。ぼろぼろに怪我をしている男の子がいる。
あまり人の来ない私のお気に入りの場所から小さくすすり泣く様な声が聞こえ、恐る恐る足を向けた先に広がっている光景がそれだった。声をかけるかどうか迷った私の脳裏にふと浮かんだのは、数少ない話し相手レイジュの言葉。そうだこんなところにいる子どもなんてそう多くない。

「だいじょうぶ?」

びくり、と大きく肩が揺れ視線がこちらに向けられる。小さい体には想像以上にたくさんの傷を負っており大きな瞳からはぽろぽろと涙がとめどなく溢れている。

「だっ…!だれだ!お前!」
「!…」

その顔は痛そうに腫れ上がっていて言葉に詰るも、見たことのある特徴的な眉に自分のなかで何かがつながった様な気がして私は立ち上がる。こんな人気のない所でひとり寂しく頬を濡らす男の子をもうこれ以上そのままにはしておけない。

「手当してあげるから、このままここにいて」
「えっ……おい…!」

返事も聞かず言い逃げの様に私は手当てできる道具を取りに踵を返す。レイジュちゃんと同じぐるぐるの眉毛、やっぱりあの男の子はレイジュちゃんが言っていた弟だ。名前も聞いてない、まともな会話も交わしていないけど謎の確信があった。怖がらせてしまっていたらどうしよう、ととにかく急いで薬や包帯、絆創膏を袋につめ戻るとまだそこにその子はいた。だが私の姿をとらえると驚いた様に目が開かれ、きょろきょろとなにやら周囲に視線を向け後ずさる様な仕草に心臓が痛む。

「私ひとりだよ」
「なんで……いッ」
「ごめんね…痛いと思うけどもう少し我慢して」
「う…ん………あの」

手当をしながら傷の一つ一つが容赦無くその小さな体に向けられたものであることは明らかで、それに動揺してしまえば辛いのは彼の方なのに、なぜか私の心配をしていた。レイジュちゃんから聞いていた”やさしい”と言っていたのが少しわかる。どうしてこんな子がと思い言葉が減る私の様子を伺いおずおずと何か言い淀む様子にもしかしてうまく手当できなかったのかなと心配になったが表情を見る限りそうではなさそうで、ゆっくり待とう、そう思い言葉を待つ。

「手当してくれてありがとう…おれ‥サンジ。きみは?」
「…ナナシ」

私の名前を小さく呟いてからもう一度ありがとうと今度は笑顔で言ってくれて、そのくすぐったさにきゅっと心臓がないた。どうしてこんなところで泣いていたの?レイジュちゃんの弟だよね?その怪我はどうして?聞きたいことはたくさんあるけど今はこれでいい。ここには年の近い話し相手なんでほとんどいないから友達が増えるかもしれないとどきどきした。…仲良くなれるといいな。

「ナナシはここによく来るの?」
「うん。人が来ないから…だからきみがいてびっくりした」

しかも怪我して泣いてるし、と続けたらまた申し訳なさそうに眉が下がり慌てて嫌とかじゃないよと言えば瞳から雫が落ちずにすむ。

「ほんと?」
「本当!本当だから、ね?」
「…じゃあまたここに来てもいい?」
「いいよ、別に私のものってわけでもないし」

私の親はこの国の要人で、兄も親譲の頭脳でそばにいることは少なくて。唯一の友達もそんなにたくさん会えるわけでもなくて、とどのつまり私はひとりでいる時間の方が多かった。だから話し相手ができるのは嬉しくて自然と頬が緩んでそれにつられたのか彼も笑顔になる。かわいいな、弟ってこんな感じなのか。じゃあまた来る!その時は話してくれる?と言うかわいらしい問いかけに勿論と返せば笑顔がこぼれた。泣いてる顔より絶対こっちの方がいい、そう思いながら次の約束をしてその背中を見送った。



*



「本当にいつも怪我してるね」

あれからちょくちょく顔を見せる様になったサンジくんは相変わらず生傷が絶えない。理由は言いたがらないけど男の子だしレイジュちゃんに聞いた話だと確か彼は4つ子、きっと兄弟で遊んだりしてるのかもとあまり詮索はしなかった。おかげで私は随分と傷の手当てが上手くなった、と思う。最初の頃よりずっと笑顔のときが増えたサンジくんは案外やんちゃなのかなと思っていたらあっという間にしゅんと申し訳なさそうな空気になって、あ、やばい。

「ごめ‥」
「謝るのなし!」
「う、うん……あ、今日はナナシに見せたいのがあって」
「……ネズミ?」
「ああかわいいだろ」

ひょこっと顔を出したのはかわいらしいネズミ。サンジくんは料理をするのが好きだと教えてくれて、そんな彼の手料理を振る舞われているてのひらにちょこんと乗ってる存在が少し羨ましかった。この前はアレを作ったから次は…と楽しそうに話をする姿にこちらまで楽しくなってくる。本当にすきなんだろう、そしてやさしい彼の作る料理は美味しいだろうなあ。

「ナナシ?」
「私も食べてみたいな…」
「え!」

急に立ち上がったかと思うとぱあっと音がしそうな今まで見たことのないくらいの笑顔で本当!?と聞いて来られて呆気に取られる。思わず言ってしまった私の言葉に目の前の彼はすごく嬉しそうに、そして私の回答を今か今かと待つサンジくんの目はきらきらとしていて。

「いいの?」
「もちろん!それにいつも手当してくれてるから、お礼したかったんだ」

お返しなんて、一緒に過ごしてくれてる時間がもうそれなのに。嬉しそうに次の時に持ってくるからと言う彼はテンションが上がっているのかいつもより距離が近くてそれに私の心臓はとくとくと弾んだ。

「サンジくん、ありがとう」
「!じゃあ…約束だ」

差し出された小指を絡めした次の約束にふわふわとした心地になる。名前、初めて呼んでくれたね、とどこか照れ臭そうにしている彼に意識してなかったけど口に出して呼んだの初めてだったんだ…気付かないものだなあと心の中でごちる。

「またね。…サンジくん」

くすぐったそうにけど嬉しさが浮かんだその顔に私の頬もつられて緩む。嬉しいなら、そうしてあげたいな。次会った時はもっと口に出して呼ぼう、そう思いながら手を振った。


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