ぐでんと椅子の背もたれに面白いぐらいに体を預けている幼なじみを見ながらぱちんと膨らませていたガムをわざとらしく割った。が、こちらへ視線は向かず相変わらず彼女は携帯の画面に夢中だ。はっきり言って面白くない。

「…おい」
「……」
「いっちょまえに無視かお前」
「んー…、ちょっと待って」

これだ。小一時間何度も話しかけてみたが帰ってくるのはそればかり、視線は無論携帯で。徐々に何かもやもやした物が心臓の辺りを締め付け始め眉間に皺が寄るのを感じた。

「…なまえ」
「だからもうちょっと待って…」

その言葉を聞いた俺は気付いた時には無言でソファーから立ち上がり椅子に体を預けきっている彼女の目の前に立っていた。それでもなまえは気付かない。その瞬間俺の中でプチンと何かが切れた。

「この…糞◯◯が!!!」
「あー!!っちょっ、まっ!か、返して!!」

まさかこんな事をされるとは思ってもみなかったのだろう、なまえの視線を携帯を一身に集める携帯を俺はいともたやすく取り上げた。するとやっと俺の方へと視線が向く。だがどうやら見ているのはやはり携帯なようで、謎のもやもやは苛立ちへと変化しつつあった。

「ぜってぇ嫌だ。大体さっきから何なんだお前はよ…」
「は、はぁ…?」
「何度呼んでも同んなじ返事しかしねぇし、ニヤニヤニヤニヤしながら携帯弄りやがって…キメェ」
「嘘!ニヤニヤしてたの!?」
「してた。超やべぇにやけ顔マジキモかった」
「う、うるさいやい!とにかく携帯返せよ!!このサド!悪魔!」
「ケケケ、嫌なこった」

携帯を持っている腕を真上に上げればそれを奪い返そうとぴょんぴょん跳ねているが、なまえ150cm、俺176cm+腕の長さ。物理的に無理な差だ。だが必死に取り返そうとするその姿に口角があがる。
ふとそういえば俺を無視してまで一体何をやっていたのかと、思い携帯を上に上げたまま画面を見ようとすれば下から叫び声に似たような声がした。

「ぎゃあーーー!!!!み、見んなああぁぁあぁあああ!!!」
「お、オイ!てめっ!…っ!!」

余程見られたくないらしい彼女は叫びながら両の手で俺の顔を覆うように伸ばしてきた。それだけなら問題なかったのだが勢い余ったのだろう、ほぼタックルと同じ様な勢いで突進するかのように手を伸ばされて、そんな事は微塵も予想してなかった俺は勢いそのまま後ろに倒れこむ。フローリングの床は痛いし、上には飛び付いてきた彼女がいる。ツイてねぇ、とは思ったが目を塞がれる僅かな隙にちらりと見えた物を思い出ししぜんにニヤリと笑えてきた。

「ほー…こんな時間からお盛なこって」
「違うって分かって言ってるでしょ。それより携帯…!!」
「あー、これか。‥散々俺の事無視しやがって何してると思ったら…まさかこんなもん見てるなんてなァ」
「……え、見たの」
「チラッと見えた」
「う、ウソ…っ」

その言葉に顔を覆う手から力が抜けるのを逃さず腕を掴む。まだ先程の体制のまままなので下から彼女を見上げるかたちになってるがこれはこれで悪くないかもしれないと思っていると、俺の上に馬乗りになったまま青くなったり赤くなったりと世話しなかったなまえと視線がぶつかる。するとその瞬間耳まで真っ赤になった。

「っ〜〜!!は・な・せ…!!重いでしょ!今どくからさぁ‥!」
「別に…想像よりは重かねぇ」
「何気失礼だぞそれ」

もう諦めたのか徐々に抵抗が少なくなる。それを見計らって腕を掴んだままぐっと上体を起こすとおぉっと声が上がった。

「‥何今の、運動部すごい」
「鍛えてんだよ。なめんな」

上体を起こした事でぐっと近くなった距離に気まずそうに視線がそらされ、離れようとして身じろいでいるが残念ながらがっちりと腰をホールドしている。頬が赤くまるで拗ねているようなその表情にゾクゾクした。

「で、何でこんなもん持ってんだ?」
「それ、は‥その、えーっと…」
「正直に言えよ」
「うっ…」

なまえの肩に顎を乗せ奪い取った携帯を見る。ほのかに香る香水なんて物じゃない彼女の香りに少しドキっとしながら、するするとスクロールすれば出てくるのは俺、俺、俺。つまり俺の写真ばっかり集めたフォルダだった。上の部分にはひらがなで"ひるま"と書いてある。日頃のやつからユニホームを着ている写真がたくさんあるそんな写真の数々に少しだけむず痒い気もした。だがそのまま見ているとふとある事に気付く。

「おいテメー、これこの前ポセイドン戦の時の写真じゃねぇか…何でこれがあンだよ。ちゃんと主務の仕事しろ」
「仕事してるよ!蛭魔だって見てたじゃん…」

そういえばそうだな、と思い出す。すると大きな溜め息が聞こえて遂に観念しまのか口を割った。

「その、写真は…若菜ちゃんにもらったの」
「誰だそれ」
「王城のマネージャー!…試合見てて撮れてたから、あげるって…こっそり」
「…それでもらった、と」

無言で頷く。余程恥ずかしかったのかくてんと体から力が抜けたのを感じた。俺の写真を見ていたこと自体に悪い気はしなかったがどうしても納得のいかない事もある。

「…つーかなまえお前、目の前に本人が居るっつーのに何で写真なんか見てやがんだ」
「だ、だってさっき送ってもらったし…それに‥」
「それに?」
「…あ、の試合の…蛭魔…超、かっこ良かった、から‥」

尻すぼみに声が小さくなるがこれだけ近いのだ最後まで聞き取ることは容易かった。からかってやろうと思っていたが予想だにしない返答に言葉に詰まり、じわじわと底の方からの何かが競り上がってくる様な感覚に襲われる。

「…蛭魔?」
「こっち見んじゃねぇ」
「照れてる?…もしかして蛭魔照れてる?」
「…だ・ま・り・や・が・れ。この糞◯◯!!」
「いっ!痛い痛い痛い!!」

ぐりぐりと軽くだがこめかみに拳を当てる。目尻に少し涙が浮かんでいるのを気付いた俺はゆっくり手を離す。痛いと唸っていたなまえの腕が少ししてから戸惑いがちに背中に回される。仕方ないからそれに応えるように俺も腕を回した。

「ごめん、写真ばっか見てて」
「…」
「蛭魔?拗ねたの?…っいて!」
「るせぇ」
「……耳が赤いぞ、蛭魔妖一くん」
「………どうしても俺に殺されてぇらしいな」

くすくすと笑う彼女の頭を叩くとブーブーと文句を言われた。だが先程までのもやもや感はどこへやら、もう既に俺の口元にはいつもの笑みが浮かぶ。

「写真の蛭魔も勿論かっこよかったけど、やっぱり本物が一番だ」

ボソッととんだ爆弾発言をした彼女を俺はとりあえず苦しがるのも他所にぎゅうっと抱き締めてやった。


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