*St. Valentine’s Day



「なまえ、お前今日何の日か知ってるか」

部活の帰りに何の前触れもなく、夕飯作りにこいと蛭魔はさらりと言いのけた。相変わらずの理不尽に振り回されるも言われた通り買い出しをして夕飯を作ってそれを共にし、食後にコーヒーでも淹れるかと台所に立った私にかけられた言葉が先程のものである。

「…今日?」

突然の意味のよくわからないその質問に怪訝そうに顔を歪めた私を横目に蛭魔はキーボードに指を滑らせる。ケトルに2人分の水を入れて火を付けつつ考えるもやはり何も浮かばない。

「…なんかあったけ」
「…」

そう言い首を傾げた私に蛭魔はあろうことかため息をつきながら席を立った。そんな彼に一体何なんだと思った私の頭に、ふとある言葉が浮かび上がる。もしかして、いやでも…と少し考えたあと自分の部屋でゴソゴソとしていた蛭魔に台所から少し大きめの声で話しかけた。

「ねー、蛭魔。…もしかしてバレンタイン?」

返事はないがこれは肯定と取ってもいいのだろうかと思っていると紙袋を持った蛭魔が再びリビングへと戻ってきた。ちらりとそれを覗けばピンクやら水色で可愛らしくラッピングされた何ががたくさん入っているではないか。思わず二度見した私を他所に再び椅子に座って紙袋を容赦無くどさりと床へ置いた。

「え、え…これ、どうしたの…?」
「知らねぇ。朝から靴箱とかに勝手に入ってたんだよ」
「へー…でも一体…」

まじまじと覗き込めばあからさまに本命であろう気合の入り方をした物もちらほらと見受ける。去年も確かにもらってはいたが貢物に近い感じので、こう言う女子らしい物が蛭魔の元にあるのが不思議でたまらなかった。そんな私はふとあるメッセージカードに目が留まる。

「蛭魔先輩……ははーん、なるほど」
「…何一人で分かったような顔してやがる」
「これ多分ほぼ一年生からだよ。ほら蛭魔今年、セナくん達が入部してくれてアメフト部にスケット引き抜く回数とかも少なかったでしょ?」
「あぁ」
「それにちゃんとした試合の回数増えたし、きっとだから蛭魔の本性を知らない一年生がくれたんだねぇ…」

そう言っても興味無さそうに適当な相槌だけが返って来るだけでそれ以上はなかった。蛭魔あてのチョコレートは手作りから有名高級店の物まで様々で想像よりたくさんの個数が紙袋の中に入っている。

「…仕方ないね、蛭魔本当はかっこいいから」
「……」

無言の蛭魔から結構なチョップをくらった。多分照れ隠しとは言え、脳天めがけて容赦無く落とされたそれは結構痛くて文句でも言ってやろうと顔を上げると上から何とも言えない視線を向けられていた。

「……お前はねぇのかよ」
「え、と…?もしか、しなくてもそれはチョコレートの事ですよね」
「……」
「…て言うか蛭魔作ったとしても食べないでしょチョコなんて」
「…誰が食うかよあんな糞甘ぇ物」
「うわー…」

なんて理不尽何だと言うかほぼくれと言っておきながらも食べないとか訳が分からない。何が言いたいんだこいつはと思う私の耳にお湯の湧いた音が届く。とりあえず立ち上がり一旦台所へ向かう、そして少し考えてから一工夫加えたコーヒーをさりげなく蛭魔の前に出した。

「はい」
「……なんだこりゃ」
「生憎チョコは用意してなかったから、かわりにと思って」

少し眉間にしわがよっている蛭魔の持つコーヒーの表面には所謂ラテアートが施されておりでかでかとハートが浮かんでいる。じっとそれを眺めた後蛭魔は口をつけ一言甘いと言った。

「ねー蛭魔、これどうするの?」
「食わねぇ。捨てとけ」

そう言われ紙袋を持ち上げるとずしりと重かった。たくさんの想いが詰まっているだろうけどこれは全て届かないのだ、ちょっぴり可哀想に思うのと同時に少しの優越感。

「まぁ、蛭魔には私のだけで十分だしね」

ゲシっと器用に飛んできた足蹴りを見事に受け止めよろめく私は、来年はもっとちゃんとした物でも渡してやろうと考えるのであった。



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