「珍しい事やってんな」
「蛭魔…!」

貴重なお昼休みの時間、何かと騒がしい教室を抜け一人静かに自作の弁当をつついていた私に話しかけて来たのはやはり蛭魔だった。弁当と共に広げられた折りたたみ式の碁盤と棋譜に何かに気付いた蛭魔が隣に座りながら話しかけてくる。

「…そういやもうすぐだったな、お前のお袋さんの防衛戦」
「うん、まーね。大変だよ?ピリピリしてるから」
「……想像できねぇ」
「普段があれだからねぇ。タイトル戦の時は結構そうなる事が多いよ」

普段温和な母がそうなる事をいまいち信じられないらしい蛭魔は怪訝そうな表情をした。そんな彼は碁盤並べられた石を見た後ぎしっと独特の音を立てながらパイプ椅子の背凭れに寄りかかる。

「つーかお前碁打てたのかよ」
「打てるよー、これでも院生目指してた頃もあったんだから。お父さんは将棋させたかったみたいだけど」
「ケケケ…そうかよ」

そのまま私の棋譜並べを眺めていた蛭魔だが何を思ったのか不意に手を伸ばし何のためらいもなく並んだ石を崩してしまった。あまりにいきなりの事で一瞬固まった私は我を取り戻し碁盤と蛭魔の顔を何度か見ると、蛭魔は悪びれる様子もなく笑ってガシャガシャと白石と黒石を分けていた。

「な、何すんの…」
「棋譜並べ何かつまんねぇだろ、相手してやるよ」
「どうしたの急に」
「負けたら俺の言う事聞けよ」
「はぁ?てか蛭魔こそ打てるの?」
「多少はな」

私の言葉何てどこ吹く風、さっさと黒石を持ったかと思えばさっさと打ち始めた。磁石のくっ付く安っぽい音をが鳴る。

「…いやいや!今から一局は時間ないでしょ。せめて五目並べにしよう」
「…何だそれ」
「んー…とりあえず石を5つ先に並べた方が勝ちってやつ」
「何でもいいからとっとと始めっぞ」

急かされるままに私も碁盤に石を置く。五目並べは結構得意な方なのでこれは久々に勝負事で蛭魔に勝てるのではとそんな考えが脳裏に浮かんだ。そうとなればやる気を出さない訳にはいかない。それっぽく腕まくりをする私を蛭魔は何時もと同じ様に鼻で笑った。

「…私結構、得意なんだよね」
「ほー…得意ねぇ」

ちらりと顔を盗み見るとあの見慣れた表情がそこにはあって、不意に何かが引っかかる。

「……」
「……」
「…あれ」
「…ケケケ」
「え、ちょ…、……うそ」
「終わりだな」

5つ並んだ黒石に何時見落としたのだろうかそう考えても、いまいち思い当たる節がなくて頭をかく私に楽しそに笑う蛭魔。

「えー…絶対勝てると思ったのに」
「詰めが甘ぇんだよ、なまえは」
「ちょ、もう…」

もう一回、そう言おうとした私を遮ったのは昼休みの終わりを告げるチャイムで、それを聞いた蛭魔はガタリと立ち上がった。

「今日から一週間お前パシリな」
「はぁ?何で…」
「とりあえず…今日は夕飯作りに来い」
「いや、ちょっと!訳わかんないから!」

さらりとそう言いながら部室を出て行く蛭魔を慌てて片付けをして追いかける。走って追いつき隣を歩く私を横目に彼はケケケと、やはり何時もと同じ様に笑う。

「……別に私のご飯食べたいなら素直にそう言えばいいのに」
「何処をどう解釈したらそうなんだよ」
「んー、全部…?」
「…お前のここには何も入ってねぇみたいだな」

そう言って頭をばしりと叩く蛭魔のそれが実は照れ隠しだと言うのを私は知っている。そんな彼を下から覗き込むともう一回今度は軽く叩かれた。

「ねー、何にしよっか」
「なんでもいい」
「…献立考えるの面倒なんだけど」
「……部活終わったら買い物行くからそん時考えろ」
「へいへい…」

先程まで合わせてくれていた歩幅は彼がズカズカと歩き出したのでもう合ってはいなかったけどそんな背中を追いかけるのも悪くない、そう思った何時もと同じ今日の昼下がりである。




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