「そういやみょうじってどうしてアメフト部入ったんだ?」

事の始まりは何気ない彼の質問だった。考査前の部活停止期間、赤点を取って補修にでもなろうものならきっとあの悪魔から惜しみない惨劇をくらうだろう、そう思った泥門デビルバッツ1年生等は部室に集まり勉強会を開催していた。そして1、2時間が経ったであろうそろそろ集中力の切れる頃彼はそう言った。

「え、私?…何でそんな事知りたいのモン太」
「別にいいじゃねーか!セナも知りてーよな?」
「うーん…あ、でも確かに。1年生の中じゃ一番最初に入部してたよね?」
「うん。泥門合格する前…春休みぐらいからマネやってたかな」
「ご、合格する前ってまじかよ…益々気になるじゃねぇか」

もうすっかり勉強に対する気は削がれてしまったのか開かれていたノートの上にペンを置きすっかり雑談モードに入っている3人にアドバイス兼お目付役として勉強会に参加していたまもりはしょうがなさそうに席を立つ。

「仕方ない、ちょっと休憩しよっか」
「やりー!さすがまもりさん!話がMAX分かってるっス!」
「それに私も少しなまえちゃんの話気になるしね」
「ま、まもりさんまで…」

期待が浮かぶ瞳をいくつも向けられ息が詰まる。もう降参するしかないと私は腹をくくった。



***



気付けば中学生になって早くももう2年が経とうとしていた頃、私はここ王城で新しく出来た友達に一緒にアメリカンフットボールの試合を観に行かないかと誘われた。だがアメフトなんて観た事無いし、ぶつかり合ってボールを取り合うとか、ここの部活が強い、みたいな知識しかなく正直なところあまり興味はなかったのだが友人があまりにも頼み込んでくるので渋々了承したのだった。

「大体なんでアメフトなの?」
「なまえ知らないの?アメフト部の桜庭くん、すっごくかっこいいの」

きらきらとした笑顔で気持ちいいぐらいきっぱりとそう言った友人の正直なところは嫌いじゃない。苦笑いを浮かべ小さくため息を吐いた私をよそに彼女はもう既にグラウンドの釘付けだ。観客は偵察をしているような人から、友人と同じ様な人までと様々で結構多く改めて王城のアメフト部の凄さを何となく実感すると共に、元々今日は予定がなかったので暇つぶし程度の気持ちで観に来ていた私は少し肩身が狭いような気もした。

「対戦相手は…、泥門デビルバッツ、か。なんだかおっかないチーム名だな…」

そう思ったのもつかの間、真っ赤なユニホームを着た金髪ピアス。遠目でも一発で分かるその派手な出で立ちにさらにぎょっとする。なんて派手な奴なんだと思いやはりアメフトは恐ろしいなと身震いした。

だがそんな事を思っていたのは試合が始まる前まで。試合が始まってから私は今日誘ってくれた友人にひたすら感謝した。グラウンド上で繰り広げられるその戦いに私は夢中になった。なんて面白いのだろう、いつの間にかそう思っていた。友人から教わっていたアメフトの基礎中の基礎の知識を総動員させながら食い入るように試合を観る、王城は噂通り強かった。相手チームはやられっぱなしで、その理由は何となく素人目から見ても分かるような気がした。きっと本当の部員は少なく大半が他の部活の助っ人なのだろう。

「……勿体ないな」

それに気付いた私は無意識でそう呟いていて、自分でその言葉に少し驚いた。渋々付いてきたはずなのに、まさかこんな事になるなんてと笑っているとどうやら今度は相手チームの攻撃に変わったらしい。

「あー、桜庭くん超かっこいい…」
「んー…私にはあんまり分かんないや」
「えー!」

ぶーぶーと文句を言ってくる友人をよそに私はグラウンドから聞こえたかけ声にそちらへと視線を向ける。

「っ…!」

少しねばったもののやはり直に攻撃は王城へと代わってしまった。だがそれよりも私の頭は他の事で一杯で、目に焼き付いて離れないあのボールさばき。どきどきと何故か心臓が忙しなく鼓動を繰り返す。

「ね、ねぇ!あの…ボールを投げてるポジションって?」
「ボール?あぁ…クォーターバックだよ。アメフトの花形。ちなみに桜庭くんはワイドレシーバー!」
「クォーター、バック…」

それからはもうその背番号1のクォーターバックしか目に入らなかった。ヘルメットを取った時にあの先ほどの恐ろしい見た目の人だと気付いた時には驚いたがそれでも私は気付けばそのユニホームだけを追いかけていた。

「かっこいい…」
「やっと分かったか!桜庭くんあれでまだ1年生なんだよーやばいね!」
「いや、桜庭くんじゃなくてあっちの…クォーターバックの人」
「え、えぇ!!あの人!?何だか…超怖いよ!」

どんどんと人がいなくなっていくグラウンドを眺めながら私は決意を新たにした。

「決めた。…私泥門に行く」
「…はぁ?何で!このまま王城なら受験もないのに…」
「もう決めたの。絶対行ってアメフト部入るの」
「言い出したら聞かないんだから……ま、とりあえず桜庭くん出待ちするんだけど来る?」
「…行かないって言っても連れてくんでしょ」

そしてやはりさっきと同じ様に笑顔を浮かべた彼女の手を引かれて向かったのは出口の付近、そこには同じ様に桜庭くんを待つであろう女の子であふれ帰っていた。その中に慣れた様に入って行った友人の背中を見送って近くの壁にもたれ掛かっていると視界の端にあの赤が映り込む。その瞬間私は駆け出していた。

「ケっ…王者サマはご苦労なこった」
「ひ、ヒル魔ァ…」
「ほら駄弁ってねぇで帰るぞ」

大きい人と凄いキックをしていた人の間に挟まれてあの人はそこにいた。ひるま、って言うんだとか近くで見たら意外と肌が白いとか、やっぱり背が高いとか色々なことが溢れて混じって息が上がっていくのが分かった。

「あ、あの…っ!!」
「……あぁ?…何か用か」

走ったせいかあの人の前に立っているせいか分からなかったけど心臓は忙しなく動いて全身に血液を送っている。きっとそれは顔にも集まっているのだろう、頬がやたら熱い。この感覚に名前を付けたらそれは多分恋なのかもしれないし、憧れなのかもしれない。一つの勘繰る様な視線と二つの怪訝そうな視線を一身に受けながらそう感じていると、何か言われそうになっている事に気付き慌ててそれよりも先に口を開いた。

「あ、…わ、その、ファン、です…っ!!」




***




「みょうじ…お前ってその頃からそうだったのか」
「想像以上に…強烈だ」
「けどよ…よくそれであのヒル魔先輩が認めてくれたもんだよな…」
「なまえちゃん、仕事は完璧だもんね!」
「まもり姉ちゃん…それあんまりフォローになってないよ」

痛い子を見るような視線を数多浴びながら私はもう苦笑いしかできなかった。

「いや、まぁ…私まだ中学生だったし。そ!それにアメフトは本当に蛭魔先輩抜きでも凄く好きだし…!」

哀れむような空気と共に沈黙が流れる。あぁ、どうしようと思っていればその沈黙を破る様に部室の扉が開く。勿論そこにいたのは先ほどまで話題に出ていた人物で。

「あ?何してんだ糞餓鬼共」

思わず大好きな筈の蛭魔先輩の登場にも関わらず私は頭を抱えた。
 

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