がらくたにくちなしの続きのようなもの



何時もと違う、その異変にいち早く気付いたのは姉崎だった。

「ヒル魔くん、なまえちゃんは?」

その日は練習が始まってもう既に1時間近く経っているがなまえの姿が一向に見当たらなかった。いつもならよく蛭魔と一緒に部活にも顔を出すのに珍しい事もあったものだと思い彼に居場所を聞けば予想外の答えが返ってきた。

「…あいつなら偵察に行かせた」
「偵察?え、なまえちゃん1人で?」
「あぁ」
「そうなの…」

グラウンドで練習をしているセナらの姿を見たままそう話す彼の顔を盗み見てみればいつもと何ら変わりない様子で少し驚いた。幼なじみだと言う彼らは四六時中と言ってもあながち嘘にはならないぐらい、常に一緒でほとんど離れた所を見た事が無かったからだ。あまりにも視線を送りすぎたのだろう、鬱陶しがる様な顔をした蛭魔と目が合う。慌てて顔を反らせば小さく舌打ちをされる。

「…四六時中一緒にいるわけねぇだろ。バカかテメー」
「な…!」
「つーかこんな所でくっちゃべってる暇があんなら仕事しろ糞マネ」
「言われなくても分かってます!」

何時もと変わらない。けど少しだけ覇気が無いような、そんな感じがした。口ではあぁ言っているがやはりなまえちゃんが居ないからかと密かに思いながら私は腕まくりをして彼女の分もマネージャー業にせいを出した。



***



ことが起こったのはそれから少ししてから、部活が終わった頃だった。

「…遅ェ」

それはボソッと呟いただけだかがこの部室に響き渡るには十分な気もした。ざわざわしていた部室が一瞬のうちにしんと静まり返る。何が、なんて野暮な事を聞く勇者は勿論、居ない。

「偵察に行ってんだろ?もう少しかかるんじゃねえのか」
「うるせーよ、糞ジジイ。すぐ帰って来いっつたのに…あの糞なまえどこで道草食ってんだ…」
「神奈川行かせてるって言ってたじゃねぇか、まだかかるだろ」
「……」

ピリピリした空気をなだめようとムサシがその会虚しく、机の下の貧乏ゆすりが時が進むに連れて主張してきている。そんな中1人がとんでもない事を呟いた。

「神奈川って事は神龍寺だよなー…まさかなまえさん阿含にナンパされてたりして…あはは」

空気が固まった。とんでもない事を言ったと呟いた張本人であるモン太も口にした後で気付く、嫌な汗が流れた。

「んな訳あるか。大体あの糞◯◯が俺以外の奴になびくかよ」

だが、次の瞬間蛭魔が言ったとんでも発言に違う意味で空気が固まり、全員が口を揃えて驚きの言葉を叫んだ。

「ひ、ヒル魔先輩となまえさんついに…」
「やー!やー!どういう事?教えてー!」
「お前ら…ついにか」

口々に色んな事を全員が喋り部室は一気に賑やかになる。だが次の瞬間ブチっと言う何が切れる音と共にけたたましい銃声が響き渡った。

「う・る・せ・え!!!この糞餓鬼共がっ!!」
「だ、だってヒル魔さん達がついに…」
「あ?!俺がなんだ!はっきり言え糞チビ!」

煩い部室となかなか帰って来ないなまえ。色々重なってそれが爆発したのだろう、その苛々をぶつけるようにしている蛭魔に詰め寄られているセナやモン太は真っ青だ。そんな彼らに助け舟を出したのは勿論ムサシだった。

「落ち着けヒル魔。それじゃ話せないだろ」
「…チッ」
「…あ、いや、その。ヒル魔さんとなまえさんがついに付き合ったって…」
「ハァ?……何寝呆けた事言ってやがる」

心底驚いた顔をした後呆れたように蛭魔はそう言った。その言葉に皆が顔を見せ頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるよう。話の中心である彼はと言えば深々とため息を吐いたあと、いつも通りどかりと椅子に座ってノートパソコンを開きながら話しだす。

「…何を勘違いしてるが知らねぇが、第一糞◯◯とあの糞ドレッドは顔見知りだ」
「え、」
「それにあいつナンパする程糞ドレッドは女に飢えてねぇだろ」

カタカタといつも通りにキーボードへ指を滑らせさらりと言いながらもやはり貧乏ゆすりは止まっていない。徐々に何時もと態度が変わりつつある、不機嫌さがあからさまになってきているキャプテンの姿にもう、何か言えるチームメイトはいなかった。再び重い沈黙が流れたが不意にそれは破られる。

「でもなまえさんって普通に美人だよな…」

誰が呟いたその言葉に、蛭魔がなまえの携帯に鬼の様な連絡を入れるまで時間はかからなかった。


HOME
ALICE+