「ひるま、よういち。ひるま、蛭魔くん、…蛭魔さん、蛭魔、先輩。せんぱい…」

放課後、部活はとっくに終わっており皆帰ってしまいしんと静まる部室の中で机に突っ伏しただそんな風に名前だけを呟くのを何度も繰り返していた。はたから見ればおかしな光景だろうという自覚はもちろんあったが大丈夫だろうと高を括る。時計の短針は7をさしかけている。

「ひるまー、…せん、ぱい」
「何だ」

言葉が返ってくるなんて私はいつの間に寝てしまったんだろう、そんな風に思ったが先程までのふわふわした脳みそが徐々にはっきりとしガタン、と大げさな音を立てながら立ち上がれば入り口にもたれかかる蛭魔先輩がそこにはいた。呆れているような表情にさぁと血の気が引くのをひしひしと感じる。あぁ、やってしまった。

「か、帰ったんじゃなかったんですか」
「そりゃこっちの台詞だ。こんな時間まで何やってんだよ、糞◯◯」

その質問にしどろもどろになる私をちらりと横目で見てから蛭魔先輩は眉間にしわをよせる。重い沈黙が流れる中、部室には帰る準備をする音だけがしていた。

「ひ、…蛭魔先輩」
「…んだよ」
「私蛭魔先輩の事すごく好きです」
「知ってる」
「でも、それと同じぐらいアメフトも好きなんです」
「…」
「好きに、なったんです。だから…っ」

そう言った瞬間バタンッと勢い良くロッカーの扉が閉められ不意の大きな音に思わず肩が揺れる。もやもやした自分の気持ちをそのまま言ったのがいけなかったのかと不安がどんと襲ってきた。

「部室閉めっからとっとと用意しろ」
「へ…?」
「帰るっつってんだよ!こののろま!!」

何を言われるかと構えていたが予想外の言葉に素っ頓狂な声が出たが慌てて用意をして部室を出る。普段から何を考えいるのか分かりにくい人だが今はより一層分からなかった。

「あれ、蛭魔先輩向こうじゃ…?」
「こっちに用があんだよ。いいからもっときびきび歩け」

何時もと反対方向を歩く後ろ姿に慌てて駆け寄れば再びちらりと視線を向けられるも今度は直ぐに外されてしまった。その後一言も会話することなくそう言えば最近めっきり寒くなったし暗くなるのも早くなったなぁとか思いながら唯道を歩く、こんな沈黙を破る元気がどうやら今日は何処かへ行ってしまってる様だ。

「何処の何奴に何を言われたが知らねぇが」

そんな中話を切り出したのは以外にも蛭魔先輩の方で、その言葉にあぁ、さっきの続きかと理解した。どきどきと心臓がうるさく鼓動する。

「…俺はテメーがそれだけのチャラチャラした奴ならとっくに辞めさせてる」
「え…」
「アメフト、好きなんだろ?」
「は、はい…!」

そう返事するとニヤリと何時ものあの表情を蛭魔先輩はした。ぽんっと頭に置かれた手に体の奥の方が暖かくなるような感覚が込み上げる。

「明日の朝練、1秒でも遅刻したらぶっ殺すからな」

いつの間にここまで来たのだろうか、蛭魔先輩の後ろ姿をながめる私は自分の家の前に立っていた。そういえば、この状態は蛭魔先輩に送ってもらったという事なのではと気付いたのは、もうすっかり姿が見えなくなってからだった。



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