蛭魔の事をそういう風に見たのは何時だろう、不意に彼の背中を眺めながらそんな事をふと考える。多分、このあまりにも近過ぎる距離が私の感情を曖昧にしているのだろう、そう思いたかった。ごちゃごちゃした運動部らしい部室の中2人の間に流れている空気はぬるま湯の様で、この時ばかりは少し居心地悪く感じた。蛭魔の指は相も変わらずキーボードの上を滑っている。穴が空くほど見つめていた背中に無性に触れたくなって手を伸ばしたが寸前でそれは止まった。

「蛭魔…」

その手の変わりに名前を呼んだが何故か声が掠れて情けなくなる。そんな事を思っていれば視線こそ向かないものの何だ、と返された。

「私、泥門行くから」
「…アメフト部ねぇだろ、そこ」
「知ってる。だからこそだよ」
「訳分んねぇ」
「……、アメフト好きだけど、高校生になったら男と混じってアメフトすんの何かと不便だし…蛭魔たち以外のマネージメントする気とかないし」

先程まで部室にひびいていた音が止まる。何か言いたげな顔の蛭魔が始めてこちらに顔を向けた。大方予想は付いている、何せこいつとは小さい頃からの付き合いだ。彼が口を開く前にからりと笑い先に会話を切り出す。

「栗田とムサシと神龍寺行くんでしょ?」
「……」
「私は影ながら応援してるよ。もちろん協力もするし、便利でしょ?疑われにくて潜入しやすいコマ」
「…ケッ」
「……クリスマスボウル連れてってよ」

眉間に深く皺を刻み不機嫌そうに蛭魔は立ち上った。膝に乗せていたノートパソコンを少し手荒に閉め薄っぺらい鞄に入れると一言、帰るぞと言って部室を出た。慌ててそれを追うように部室を飛び出し鍵を閉める。足元にはもうすっかり紅く紅葉した葉がいくつも落ちて地面を隠していた。

「待って」
「…、」
「…なに、何でそんなに不機嫌なの」
「馬鹿かお前、どこ見てそんな事思ってやがる」
「色々だよ。い・ろ・い・ろ」

季節はすっかり秋だったけれどもう冬が少し姿を見せてもいた。強く吹いた風に体が震える。悪態を付いているものの当たり前ように歩幅を合わせている蛭魔に今までどれくらい一緒にこうやって帰って来たのかとしみじみと感じた。

「……たまに思う」
「?」
「お前が、…なまえが男だったらってよ」

突然何を言い出すんだと思ったが、何と無く言葉の裏の本当に言いたい事を理解して私は困ったように眉を下げた。

「それじゃ、私は…蛭魔の隣に立つ事以上が出来なくなるから駄目だよ」

何時になく弱気な蛭魔に違和感を覚えたがきっとそれは秋のせいだと、私は思った。ちらりと視線だけ向ければ前を向いたまま驚いた表情の蛭魔がそこにいる。冬の雰囲気を含んだ秋はどことなくこの先を見透かしているようで、同じ様な蛭魔に私は笑って少し距離を縮める事しか出来なかった。



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