※鍵を開けたルートのエンディング 障子の向こう側から掛かった声に返事をして、文机の前から立ち上がった。 後ろの襖から廊下へ出て木の扉を開けると、外の空気が頬を撫でた。 真新しい木の香り、新築の屋敷の庭に面した渡り廊下。 今は朝、気温は上がり切っておらず、外はまだ涼しい。 最初の頃に比べてすっかり着慣れた和服の裾を持ち上げながら早足に進む。 その後ろを追う足音は一つ。薄汚れた布を目深に被った青年が仏頂面をぶら下げていた。 渡り廊下の右手には中庭。大きな池では、日に日に増していく陽射しを受けて、睡蓮が白い花弁を開いていた。 庭を横切り屋敷の中へ、複雑な廊下をくねくねと進むと、やがてとある部屋の前に辿り着く。 閉じられた障子を横に開くと露わになった室内。 六畳余りの部屋の中心、刀掛けに掛けられた一振りの太刀。 白を基調とした鞘に細かな金細工が散りばめられ、柄には繊細な鎖があしらわれている。 その凛とした佇まいに、はっと息を飲んだ。 すると背後からなんとも言えない気配が伝わってきたので、小さく咳払いをする。 改めて室内へ入り、刀に歩み寄った。 近くなった刀を見下ろして、深呼吸を一つ。 指先を鞘に這わせ、目蓋を閉じる。 目蓋の裏で感じる気配を意識しながら、私の中の力を注ぎ込んだ。 やがて薄く発光し始める刀。 ふわりと浮かんだそれが、どこからともなく舞い込んだ桜を纏って小さな渦を描く。 その渦は段々と大きくなり、私の背丈程に膨れ上がった瞬間、強い光が視界を覆った。 それも一瞬の出来事、光は直ぐに弱まり、同時に桜の渦も散開する。 その中心に、今まで無かった人影が一つ。 透き通るような白い肌、繊細な白銀の髪、長い睫毛に覆われた金の瞳。 真白な衣と金の鎖、白鳥のように儚げな美丈夫。 「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいのが突然来て驚いたか?」 初夏の陽射しのような快活な声。にかりと浮かべた人懐こい笑み。 その目が私を捉え、くるりと丸くなった。 「君は……」 僅かに零した驚嘆の声に、満面の笑みを返した。 その表情、その声、その仕草を知っている。 遠い過去となった今も覚えている。 初めましての懐かしい君と、この屋敷で、これから共に想い出を紡いでいく。 最初の言葉は肝心だ。何と言葉を掛けようか。 小さく息を吸って、口を開いた。 皐月の日、陽射し煌めく初夏の朝。 睡蓮がまた一つ、花開いた。 終 2019.05.26
DADA