解説・後書き
西暦2155年、魂の存在が科学的に証明された。
この時代の科学はひとくちに言っても幅広く、降霊学、魔術学や錬金術学など多岐にわたり、その中の一つのジャンルとして魂を研究するものがあった。
それとほぼ同時に、ある一定の条件で非生物……道具にも魂が宿る事が立証される。
魂の宿った道具、古来より付喪神と呼ばれた存在について、発表当時は人権や排斥を巡った諍いが発生したが、蟠りを残したまま表面的には鎮火している。
それから十年後、時間遡行技術が確立される。
今までの歴史学に大きな影響があると世界中で大いに話題になり、技術精度の向上と普及が急がれた。
だがそんな折、突如として歴史修正主義者なる者達が動き出す。彼らは刀剣に宿る魂を受肉させ、あらゆる時代へ繰り出し歴史改変を目論んだ。
その影響は絶大で正史を揺るがす大事件となり、当時の政府は迅速な対応を迫られた。
刀剣を顕現させる技……古くからそれを生業とする審神者なる者は存在していたが、彼らは秘密主義であり、昨今の科学推進には非協力的であった。
専門家に頼る事が出来なかった政府は、顕現の手法だけは何とか確立させ、一般人から審神者候補を募ることにした。
その第一期生が、今作の鳥籠本丸の審神者である。適性の高かった彼女は、一年間の研修を経て審神者となる。古来よりの審神者と、政府の呼称する審神者は厳密には別の存在である。
ところで、その頃の日本は爆発的な人口増加により土地不足となっており、審神者達の拠点となる本丸を建てる余裕がなかった。その為政府は、過去の時代、まだ人の手の入っていない山奥に本丸を建造し、そこに審神者を派遣することにした。
時間遡行技術は確立されて間もなかったが、生物実験の上300年以内、短時間であれば人間の時間遡行にも問題はないとされていた。
かくして、審神者はおよそ250年前……1900年頃の日本に本丸を構え、刀剣男士達の主となる。
真面目な性格で着々と任務をこなし、様々な刀剣男士の顕現も成功させた審神者だったが、その任は長く続かなかった。
22世紀の時代でさえ原因を特定できなかった病魔、それは何によるものか――
彼女は22世紀の地で生を終えたが、その魂は過去へと遡る。
そして、閉鎖の儀からおよそ百年、2000年代の今、その魂は迷子となって再び本丸の地を訪れる。
……とオリジナル設定を大いに盛り込んだ今作、以下より要所の解説を書き連ねていく。
・審神者について
今作では、審神者を刀剣に宿った魂に肉体を与える職と定義している。
鳥籠本丸の審神者は、迷子よりは責任感があり、迷子よりは覚悟を決めている。迷子より年齢が少し上。
刀剣男士を人として扱い、人として接した。
・刀剣男士について
今作では、大本の付喪神の分霊を依代の刀に憑依させ、審神者によって肉体を与えられた存在と定義している。大本の刀剣自体が行方不明でも顕現は可能。
依代の刀の出来によって憑依する刀剣男士に違いが出てくるので、顕現させてみるまでは分からない。
依代が失われるか肉体を維持できなくなれば、魂は本体へ還る。
・鶴丸国永について
本丸の数だけ刀剣男士は存在し、同じ刀でもその性格は本丸によってやや異なる。
鳥籠本丸の鶴丸国永は、人間と道具に重点を置いたキャラクターと設定している。
長い間道具として人間に翻弄されてきた経験から抱いた諦めと、人間として産まれたばかりの童のような好奇心、純真さを併せ持つ。
人間として日々生まれ続ける驚きを愛し、その感動を何度も味わいたいと言う鶴丸に、審神者は日記帳を与えた。たいそう喜んだ鶴丸は、その日から欠かさず日記を書き綴った。審神者もまた就任当時から日記を書き続けていた為、その提案がすぐさま出来たのである。
鳥籠本丸の鶴丸は、刀の時には他人の手によって定められるしかなかった生を、人としての最期を、自分の意志で決めた。そうさせたのは、それが主のたっての願いであり、主が自分の人生に値する人だと感じたからだ。人間として初めて出会い、人間として初めて対話して、人間として初めて触れた。彼にとって、主こそが親であり子であり友人であり恋人だった。
だが、万感の想いで迎えた終焉は、ついぞ訪れなかった。
鳥籠本丸の鶴丸は、初夏、睡蓮の咲く日に生まれた。睡蓮の花言葉は「清純」。
・日記の"鶴丸"と柱の鶴丸
日記の"鶴丸"は柱の鶴丸の分霊のような存在。本体に比べて強度は弱く欠落があるが、性格は同じである。
柱の鶴丸は日記の"鶴丸"を通して、彼の行動を悪夢として見ていた。柱の鶴丸にとって日記の"鶴丸"は、自身の弱さが形を持ったようなもの。羞恥の塊である。恥部を晒して闊歩しているようなざまである。
迷子が白さんと呼んだ青年。彼の願いは柱の鶴丸の願いでもある。だが柱の鶴丸は、自身の罪を打ち捨てて自由になるのを許さない。
ちなみに日記の"鶴丸"は鏡に姿が映らない。
・黒頭巾/山姥切国広
頭巾を被っている→鶴丸国永?
明らかに他の鬼と違う強者オーラ→ラスボス?
というミスリードを目的として登場させたが別にミスリードまでには至らなかった。
審神者の初期刀であり、看取り役。仲間達の想いの果てに最後の一振りとなって破壊される。
・にっかり青江
耐性があるという謎の理由で鬼の姿を取らず、迷子達の案内役を務める。
迷子の事は終始審神者に似ているだけの別人というスタンスで接するつもりだったが、彼女と関わる内に審神者の影がちらつくようになる。最終的に彼女が審神者として鶴丸に会うかは彼女自身に委ねた。
彼にとって本丸という空間が一番重要であり、そこで共に暮らした仲間達や審神者の想いを無駄にはしたくなかった。
山姥切は仲間を、青江は本丸を救うため。そのどちらも鶴丸にとってもまた重要なものであり、彼らは鶴丸の想いの一旦の代弁者でもある。
・折り鶴
身代わり人形的な役割。
・呪いの付与
鶴丸より練度やレア度が低い刀剣男士ほど呪いに堕ちやすい。神威やら禊やらに強いと耐性が高い。呪いが完成する前であれば、辛うじて刀剣破壊による脱出が可能であり、難を逃れた刀剣男士も数名存在する。侵食状態はまちまちで、姿が変わって自我が失っても生前のふるまいが抜けない者や、生前の面影すら失って人形のように動く者もいる。
山姥切国広は真っ先に泥を全身で浴びた為逃れられなかったが、練度の高さや初期刀ボーナスで自我を保っていた。石切丸は呪いを脱し、こっそり迷子の兄に転生していたが出番はなかった。三日月宗近はそも顕現していない。小狐丸は実装前である。
鶴丸が燃え尽き、"約束"も忘れた時、屋敷に満ちた呪いは敷地から溢れ出してしまう。それは山々を溶かし、生あるものを焼き尽くすだろう。
器に満ち満ちた黒水が溢れようとしたその直前、迷子は本丸に招かれる。
・作中の季節
夏のとある日の話。しかし鳥籠本丸自体は百余年前の冬に置き去りになり、呪いが解けた瞬間春が訪れる。
そして夏へ移り変わり、鶴丸は水底へ消えた。
・本丸について
元来の審神者達が受け継いできた歴史ある儀式と、2150年の科学力を結集した記念すべき本丸第一号。審神者の力によって稼働するシステムが多数組み込まれ強固な守護と守秘生を誇るが、逆に審神者が居なければ成り立たない拠点である。引継ぎも可能なように設計されたが、急務なのもあり元来の儀式との兼ね合いがうまく取れずややこしい手順が必要で、結果として時間遡行軍の付け入る隙となってしまった。
鳥籠本丸の手入れ部屋は唯一難を逃れた場所で、審神者と同じ魂の迷子の力を持って一部機能の回復を果たす。
因みに審神者プロジェクト稼働当初は、本丸間の交流も無く閉鎖的な空間だった。鳥籠本丸のような事故や神隠し、呪いなどの不測の事態が別の本丸でも頻発し、直ぐに体制の見直しが行われる。数年後には空間拡張技術なども発展し、過去の時代に本丸を建造する必要は無くなり、閉鎖の儀も撤廃される。
体制が整った2205年頃に審神者となった者達は、審神者同士で交流もしつつ本丸での一時の平穏を享受している。
・迷子について
本編の後、迷子は2205年の政府から接触される。
歴史の変化点を監視していた政府は、破棄された筈の本丸が浄化されているのを発見し、調査の結果それに迷子が関わっているのを知った。
審神者と同じ魂を持つことから適性があると判断した政府は、迷子に審神者への道を打診する。
それに対する返答の結果、エピローグへと繋がる。
事故発生後、鳥籠本丸は外部からの接触不可能な空間へ変じていたので、政府は長い間監視という名の放置を行っていた。
空間拡張技術確立後、鳥籠本丸は地面ごと削り取られ、亜空間へと移転している。
迷子は本編以前、迷子として人生を送っていた。それが鶴丸によって本丸へ誘われ、今回の話に巻き込まれることになる。鶴丸が約束を忘却していれば、迷子はそのまま迷子としての人生を過ごしていただろう。審神者としての記憶を取り戻すことで、彼女は迷子では無くなり、金輪際迷子に戻ることは出来なくなった。審神者となった彼女には、元の生活に戻ることは考えられない。だから、たとえ今の家族を、友人を、関わった全てのものを捨てることになるとしても、彼女は未来へと旅立つだろう。
鍵を開ける選択肢は、迷子としての人生を捨てる選択肢である。
・後書き
書き切った…書き切れてよかった。
最初は普通にホラーちっくなお話を書こうとしていたのですが転生モノが好きすぎてこのような形になりました。転生について考えすぎて一周まわって、はたして転生後の迷子は審神者なのか???とか審神者としての記憶を思い出すことがハッピーなのか???とか考えてオチがああなりました。
反省点は色々あります。時間掛かりすぎて話が纏まってなかったり最後の最後で突然入れたくなったネタをぶち込んだり……あと登場人物少なすぎて話の広げ方が難しかったです。書き直す機会があるなら夢主と同じく転生した枠で一期を追加したい。
元々ツクール的なゲームとして起こした話だったのですが、RPG作れねえ!ノベルゲームだ!→ノベルゲーム作れねえ!漫画だ!→漫画描けねぇ!夢小説だ!となって今に至りました。
最初期段階では案内役が前田くんで山姥切ポジが鶴丸だったりキャラ毎の分岐エンディングとか考えてたりしましたがそこまでの力が無かった……
オマージュ元は某漢字一文字ジャパニーズホラー美少女ゲームシリーズで、そのゲームでも使用されているA野Tさんの鳥籠〜が今作鶴丸国永のイメソンです。ぜひ聴いてみてください。
話が膨らまないなと思いつつ、書き終わってみればそこそこの長さになっておりました。ここまで読んでくださった皆様、真にありがとうございます。何かしら心に残る作品になっていれば幸いです。そしてその気持ちを拍手なりメールなりで送っていただければ作者冥利に尽きます。
改めて、目を通してくださりありがとうございました。
鶴丸国永に幸あれ。
2019.07.13