休み明け
休みが明けて通常の授業が始まった日。その昼休み。 「大変申し訳ございませんでした」 「えっどしたのゆめちゃん?!」 土下座とまではいかずとも、それに迫る勢いの謝罪。 90度に腰を折って陳謝した私の前には、わけも分からず焦る麗日さん、固まる飯田くん、そしていきなりの事に目を丸くした緑谷くん。 昼食後にいつもの面子で、とだけSNSに流していきなりこれは驚くだろう。 でも、私なりに考えた結果、まず謝るべきだと思った。 戸惑っている空気を感じながらも、顔を上げずに話し始める。 「私の個性……体育祭を見てたらバレてると思うけど、嘘ついててごめんなさい」 出会ってから今まで、ずっと自分の個性を隠してきた。 勝利に固執するあまり、誠実な少年少女を騙してしまった。 未だに気まずさを引きずっているけれど、真っ向から謝るしかない。 それで嫌われるならそれもまた仕方ないことだと、目蓋をキュッとつむる。 「ゆめちゃん」 麗日さんの声。肩に置かれた手。 そろりと顔を上げると、困ったように笑う麗日さんの顔。 「んっと、多分ゆめちゃんが思ってる程気にしてないよ」 「え?」 麗日さんの言葉に頷く飯田くん。 「ああ、情報を秘匿するのも立派な戦略の一つ。今となっては綾目くんがどれだけ本気で体育祭に挑んでいたかということが分かったよ」 「飯田くん……」 「綾目さん」 緑谷くんが名前を呼んだ。 「また一緒に訓練しよう」 へにゃっと笑う緑谷くん。 体育祭の日、麗日さんと飯田くんから逃げてしまった。 あの時は、気持ちがどん底に落ち込んで視界も狭くなってたから、嫌われるとしか思えなかった。 でも、緑谷くんは待ってくれると言った。 そして今、みんなは笑っている。 麗日さんは、「飯田くんに負けないド真面目だね」なんて苦笑して、その隣で飯田くんが「真面目なことは良いことだろう!」とビシッと抗議している。 体育祭前と変わらなかった。 それどころか、より一層打ち解けているような。 じんわりとした温もりが沁みる。 私の見てる世界は、思ったよりも勝手に動いていくものらしい。 「うん……ありがとう。これからもよろしく」 へにゃりと笑い返した。 *** 「そういえばゆめちゃんのクラスも職場体験の話あった?」 「あったよ。D組はヒーロー事務所からの指名は無かったみたいだけど」 「そうなのかい?体育祭では綾目くんもかなりいい成績だったじゃないか」 「うーん、やっぱり個性が地味だからかなぁ。皆は指名来てたの?」 「うん!20件くらいもらったよ!」 「俺も300件ほど指名いただいたな」 「300?!すごいね……」 なにせベスト4だものね飯田くん。さらに家族がプロヒーローとくれば期待も高まる。 爆豪くんとか轟くんとかもっとすごそう。 「緑谷くんは?」 「僕はゼロだったよ……ははは」 仕方ないとばかりに頭を掻く緑谷くん。 画面越しでも迫力の試合だったけどなぁ。 観客から見たらデメリットが目立っちゃったか。 ヒーロー達は勿体ないことしたな。 緑谷くんはあの時、きっと誰よりもヒーローだったろうに。 指名の次は、職場体験の話へ。 ヒーロー科では指名の無かった生徒は学校側がオファーしたヒーロー事務所に赴くらしい。 普通科はヒーロー事務所のみならず、警察、消防、その他企業など様々な職業から選択できる。 それぞれ受け入れ人数に上限があるため、抽選になることもしばしば。 人気なのはヒーロー事務所と警察署で、どちらも毎年競争率が激しいとか。 「もうどこ行くか決めた?」 「私はガンヘッドのところにしよかなって」 拳を突き出して答える麗日さん。 「ガンヘッドって、あのバリバリバトル系の?」 「うん、そうだよ!強くなりたくって」 意外だ。麗日さんなら個性が発揮しやすい災害救助とかに行くと思った。 けど、見聞を広げる目的らしい。 出来ることが多くなれば、それだけ道も開けると。 「なるほど……飯田くんと緑谷くんは?」 「僕はまだ迷ってるかな……」 「俺は……そうだな、緑谷くんと同じだ」 「?」 飯田くんが少し言葉に詰まったような気がした。 いつもの彼らしくないというか、何かを誤魔化したように感じる。 飯田くんといえば気になるのが、ニュースで報道されたいたましい事件。 飯田くんのお兄さん、ヒーローインゲニウムが"ヒーロー殺し"と呼ばれるヴィランに襲われ重症だという。 数々のヒーローを殺害、再起不能に陥れた神出鬼没のヴィラン、ステイン。 飯田くんはなんでもなさそうに振舞ってるけど、憧れの人がヴィランに襲われたときの気持ちは痛いほど知ってる。でも、本人が大丈夫と言ってる以上、こちらから言えることは何もない。 これは飯田くんの事情だ。 他人の事情に首を突っ込んで引っ掻き回すのはやめようと誓ったばかり、根掘り葉掘り聞き出すのは止めておこう。 頭を切り替えて、自分の職場体験について考える。 「私もどこにするか決めないとなぁ……クラスの人と被ったら揉めそうだし」 ぼやきながら、配られたリストに列挙されたヒーロー事務所を思い出していた。 事務所によってメインとなる活動内容も異なる。 個性との兼ね合いを考えなくちゃ。 ……職場体験もそうだけど、もう一つ悩んでることがある。 今後の私の目標だ。 体育祭を経て、"ヒーローになって他人を見返す"という目標は、"お母さんみたいなヒーローになる"へシフトした。 が、ぶっちゃけてしまえば"お母さんみたいな"がどういうものか見出せていない。 ふわっとしたイメージ、優しさとかそういうのはあるけれど、具体的な手法が分からない。 如何せん母が元気だったのは10年前のこと、当時5歳の私の記憶なんて殆ど残ってない。 個性が同じということは覚えているし、お母さんがその個性を活用して仕事をしていたのも覚えてる。 でも、実際どう活用していたのか分からない。 魔法みたいだという感想は、すなわち状況が把握できてなかったことを表している。 お母さんが個性をどんな風に使っていたのか。 目標に近付くには、まずこれを知る必要がある。 どうすれば分かるかな。 おばあちゃんに聞いてみるか、雄英のOB記録みたいなのを探してみるか…… 悶々と考えている間に、3人はヒーロー科でコードネームを考える授業があったという話題に移っていた。 「"ウラビティ"ってピッタリだよね。ミッドナイトも言ってたけど、シャレてて分かりやすいし愛嬌があるし」 「ありがと!デクくんも"デク"にするとは思わんかったよ。良いよね!」 「その、麗日さんのお陰というか……」 テレテレになる緑谷くん、久しぶりに見た。 ヒーロー名か。 ヒーローになることに固執してたから、名前とかコスチュームとか、そういう細かいところは考えたことがなかった。 きっとそういうのが必要になるのはヒーロー科に編入してからだ。 今はまだ、編入することに専念しなきゃ。 そのためにも具体的な目標が必要なんだけど……むむむ、ちょっと時間が掛かりそうだ。 取り留めもない会話に耳を傾けつつ思考を巡らせていると、昼休憩は終わりを告げた。 *** 放課後、前の席の山田さんに別れを告げて出て行こうというときに、担任の先生から声を掛けられた。 ちなみに山田さんには怖がらせてごめんと謝罪済み、表面上だけでもわだかまりは無くなった状態だ。 最終種目で戦った普通科生徒には連休2日目に謝罪に行った。 逆におっかなびっくり全身を震わせて逃げられてしまったので、これ以上関わらない方が彼のためだと判断した。 そういうこともあるよね。うん。 話を戻そう。 担任について個別の面談室に入ると、1通の茶封筒を渡された。 「ヒーロー事務所からの指名……ですか?!」 封筒の中身は私に来ていた1件の指名らしい。 何故朝知らされなかったのかと訊ねれば、担任は少々言いづらそうにしてこう言った。 間違いじゃないかと確認して時間が掛かったから、と。 そ、そんなに私の活躍は評価されなかったのか。 先生ですらそう判断するほどに。 落ち込む私に違うと告げる先生は、難しそうに言葉を続ける。 なんでも、私を指名したヒーロー事務所が特別とか特殊とか……よく分からないけど大変らしい。 とにかくこの封筒の中身を見れば意味が分かるだろう。 3つ折りのプリント用紙を取り出してサクッと開いた。 『オファー綾目宛』の文字と、その下に簡潔にヒーロー事務所の名前が載っている。 載って…… の……?!! *** 「と、とととと轟くん!!!」 バァン!! 足音なんて気にしてる場合じゃない。 バタバタと廊下を駆け抜けA組の教室へ。 封筒を渡された日の翌日、昼休みと同時に猛ダッシュした。 バリアフリーな大きな扉を勢いよくスライドさせて轟くんを指名すれば、教室中の視線が突き刺さった。 授業が終わって伸びでもして、さあ食堂に行くかという空気を突如としてぶち破ったところだろうか。 しかし今はそんなことを気にしてる場合じゃない。 「綾目?」 机に座った状態でキョトンとしている轟くんの座席にズンズンと近付き、焦ったまま両手を机に置いて詰め寄る。 「エンデヴァーって頭打ったりしたの?!」 「は?」 私の質問の意図が分からず聞き返す轟くん。 A組の生徒がザワザワしている中、声を掛けてきたのは緑谷くん。 「ど、どうしたの綾目さん?エンデヴァーが怪我をしたってニュースは特に入ってないけど……」 「そ……そっか!そうだねうん!」 私もファンなりにエンデヴァーのニュースはチェックしている。 更に、毎日欠かさずオールマイト始めヒーローの情報収集をしているヒーローオタクの緑谷くんが言うなら間違いないだろう。 焦ると変な行動を取るクセがある、いかんいかん。 轟くんに詰め寄っていた体勢を正して頭を振った。 「何かあったのか?」 「それが……」 そこへ集まる麗日さんと飯田くん。 「デクくん、食堂行かんと混んじゃうよ。あ、ゆめちゃんも一緒に行く?」 「綾目くん!廊下は静かに歩きたまえ!」 「えっ、あっゴメン。えっと……」 轟くんに視線を送る。 A組の友達事情はよく知らない。 麗日さんと緑谷くん、飯田くんがよく一緒にいるのは知ってるけど、そういえば轟くんは誰かとご飯を食べるのだろうか? 「轟くんも一緒にどうかな?」 緑谷くんの声掛けに、「ああ」と簡潔に応えた轟くんが立ち上がる。 ナイスアシストである。A組はみんな仲がいいんだなぁ。 *** ところ変わって食堂。 体育祭以外で食堂に食べに来るのは初めてなので、混雑具合にびっくりした。 いつも通学路のコンビニで買うパンで済ませていたので、ご飯の美味しさにさらにびっくり。 プロヒーロー自ら腕を振るって作られる品々。 体育祭の時は味なんて気にしてる余裕なかったけど、これは確かに皆が来たがる訳だ。 「で、なんで親父が脳内出血起こしたって話になったんだ?」 冷たい蕎麦を汁につけながら訊ねてきたのは轟くん。 おや、いつの間にか重傷になってるぞ……? 「実は……昨日の放課後に、ヒーロー事務所から指名があったって話を聞いて」 思い返すあの時の衝撃。 3つ折り用紙を開いた時、目に飛び込んできた『エンデヴァーヒーロー事務所』の文字。 「えええ?!エンデヴァーから指名?!」 緑谷くんも思わず箸を止めて身を乗り出す案件らしい。 私もそう思う。担任がわざわざ確認したのも頷ける。 だってエンデヴァーはNo.2のヒーローで、オールマイトが教鞭をとるため事務所を休業している以上、実質トップからの指名だ。 休み終わりにどこか一つでも指名が来ていたらと希望的観測はしていたものの、まさかの頂点からの指名、しかもそれ一つは逆に怖い。 体育祭、客観的に見て大活躍出来たとは言い難い。 予選の順位はギリギリ、騎馬戦もほぼ騎手の力、トーナメントは2戦目で敗退だし…… まさか轟くんと戦ったから、という話ではないだろう。 そこを行くなら緑谷くんや飯田くん、瀬呂くんの方が評価できるし、さらに言えば決勝戦の爆豪くんが最も適任だ。 「ゆめちゃんすっごいね!エンデヴァーはてっきり轟くんを指名すると思った!」 「いや……俺んとこにも来た」 「事務所につき指名は2票入れられるそうだ。エンデヴァーは轟くんと綾目くんを指名したんだろう」 麗日さんの言葉に応えた轟くんと、それに情報を付加する飯田くんという素晴らしい連携を見せたA組。 蕎麦を啜る轟くんを見て思う。 轟くんと私、並べて比べると余計に分からない。 本人が選ぶかどうかは別にしても、轟くんにはプロ顔負けの実力があるし、実子で自ら力を注ぎたいという想いもあるかもしれないし、指名が入るのは必然ともいえる。 でも私はただの?ファン?です? なにがエンデヴァーのお気に召したのかまるで分からない。 やっぱりメディアの知らないところで頭を強かに打ちつけたんじゃないかと思えてきた。 頭を抱えたい。 「いいんじゃねえか」 うんうん唸る私に向けて、箸を置いた轟くんの一言。 いつの間にか蕎麦を食べ終わっていた。 「奴が何を考えてるにしろ、おまえが指名されたのは事実だろ。なら、行ってみればいい」 淡々とした口調の言葉は、ヒートアップした頭をスッと冷やしてくれる。 そうだ。ここで悩んだって仕方がない。 分からないなら本人に聞けばいい。 これはチャンスだ。 憧れのヒーロー、No.2と謳われる実力を間近で体験できるのだから。 「そっか……そうだよね。せっかくもらった指名だもの、行ってみるよ!」 なんだかやる気になってきた! エンデヴァー……初めて生で見た体育祭の時を思い出し、その圧力に身震いする。 でも、エンデヴァーというヒーローを知れば、私の目標とすべきヒーロー像も見えてくるかもしれない。 かの人の元で、どんなことを経験できるだろう。 どんな出来事が待っているだろう。 近い未来に思いを馳せつつ、目の前の白米を頬張った。美味しい。 2017.07.22
DADA