職場体験・二日目
保須市。
ここ最近メディアが騒いでいるヒーロー殺しが現れた市。
被害者は、人気ヒーローインゲニウム……飯田くんのお兄さん。
「飯田も保須に来てるらしい」
「えっ!そうなんだ……」
それは車内での轟くんとの会話だった。
知らなかった。
飯田くん、前に職場体験の話をしたときに言葉を濁してたし、何か思うところはあるんじゃないかと思ってたけど、保須に来てたなんて。
わざわざ保須のヒーロー事務所を選んだということは、やっぱりお兄さんのこと、ヒーロー殺しのことを気にしてるんだ。
なんでもないように振る舞う飯田くんの姿が、誰かと重なる。
今回の事件が飯田くんの心をどれだけ占めているのかは計り知れない。
危ないことにならなければいいけど。
思いつめた人間は、普段からは想像もつかないような行動にでるものだから。
心配だ。けど、私が出る幕じゃない。
飯田くんの気持ちは飯田くんだけのもので、部外者がみだりに引っ掻き回していいものじゃない。
私が出来ることなんて何も――
「綾目」
轟くんに呼ばれた。
ハッとして隣を向くと、轟くんが何か言いたそうに口を開いて、でも閉じて、何でもないようにもう一度開いた。
「いや……もうすぐ着くぞ」
「あ、うん……」
車が止まり、保須に着いたのは日も暮れた後だった。
プロ達はそのままパトロールを始めたものの、高校生二人は早々に宿に置いてかれてしまった。
犯罪率は夜の方が上がるし、すぐにでもプロの活動を体験してみたかったけれど、そこはきっちり保護された。
職場体験といえど未成年は未成年。残念。
***
そして今は二日目の、お昼休憩を終えた後。
エンデヴァーさんとサイドキックたちは2チームに分かれて保須市内をパトロールしていて、職場体験生はエンデヴァーさんのチームについて来てる。
午前中はほぼパトロール。午後の予定もまるっとパトロールらしい。
案外地味、なんて思っちゃいないです。
事件なんていつどこで起こるか分からない。
何も起こらないのが一番だし、このままパトロールだけで終わってしまっても文句はない……はず。
いや、正直に言うとヒーローとしてヴィランと戦ってみたいし、エンデヴァーさんが戦っているところを見てみたいという気持ちはある。
でも、昨日のエンデヴァーさんの言葉が引っ掛かっていた。
ヴィランと戦うだけがヒーローじゃない。
この言葉の真意はなんだろう。
チームの先頭に立ってズンズン進むエンデヴァーさんを見て、ヒントを探す。
パトロールの間、エンデヴァーさんは轟くんに何かとヒーローとしての矜持を教え込もうとしていたけれど、轟くんはそっけなかった。
聞いているのかいないのか、つれない態度の息子に怒鳴っているエンデヴァーさん。
ハラハラしてるサイドキックの空気が伝わってくる。
普段の事務所では、上司と部下みたいな関係なんだろうか。
No.2のヒーローと組んでいるっていう緊張感やプライドを持って活動している中、突然エンデヴァーの家庭事情が垣間見えて戸惑っているみたいだ。
それは私も同じだ。
画面の向こうのヒーローだったエンデヴァーさんと、体育祭での印象が強い轟くん、この父子が目の前で繰り広げるやり取りにギャップを感じる。
父親としてのエンデヴァーさんは、轟くんがあれだけ拒否していたわけだし、相当アレなんだと思ってた。
そして轟くんも、体育祭は言わずもがな、向き合えば殴り合うんじゃないかという勢いだった。
でも、今の2人は思っていたほどギスギスじゃない。
言葉に出来ない溝はあるけれど、形はどうあれエンデヴァーさんは息子に教育を施そうとしていて、轟くんは一見シカトしてるように見えて、話は聞いてるみたいだ。
ただ、傍から見ると反抗期の息子と頑固親父みたいに見えてしまう。
頑なに父に目を向けない轟くんに、ついつい生暖かい視線を送っていた。
「……なんだよ」
じとっとした目を返されたので、慌てて顔を背けた。
「あっいやゴメン!」
何やってんだか、これじゃ体育祭の時の二の舞だ。
よく知りもしないくせに他人の事情に首突っ込まない!
さて改めて、エンデヴァーさんの言葉の意味を考えよう。
エンデヴァーさんのヒーロー活動に注目してみる。
一般人の目に留まりやすいのは、ニュースの記事になるような活躍しているときばかりだけど、ヒーローって結構色んな業務がある。
職場体験としては地味だけど、こういうパトロールも大事な業務で、その最中に遭遇したヴィランや災害から一般人を助けるのはもちろん、事務所へ来た依頼に応えて現場へ向かったり、事件解決後の事務処理を行うのも業務の一環だ。
昨日の事務所で見たけれど、エンデヴァーヒーロー事務所にはサイドキックが沢山所属していて、それぞれ業務を分担している。
電話対応、書類整理、事務所近辺のパトロール、出張班などなど。
エンデヴァーさんは出張パトロールの最中も頻繁にサイドキックと連絡を取り合って、素早い判断の元的確な指示を出していく。
フレイムヒーローエンデヴァーが事件解決数最多と謳われるのは、事務所を犯罪多発地域に据えて、数多のサイドキックを上手く動かしているからだ。
どういうサイドキックとどんな風に組むか、どこに拠点を置くか、活動範囲をどうするか……ヒーローになるにはこういったことも考えないといけない。
サイドキックとの関係一つを取っても様々。
エンデヴァーさんは上司と部下みたいにしてるけど、例えばオールマイトはサイドキックに事務処理から情報収集まで、全面的なサポートを頼んで、自身は平和の象徴たらんとしている完全な役割分担だ。
ヒーローにも多様な在り方があって、役割もそれぞれ受け持ってる。
災害救助、現場の状況把握、一般人の保護・避難誘導、応急処置――
あ、れ?
あの言葉って、つまりそういうこと?
「綾目、足元危ねぇぞ」
「えっ?わっと!」
急に轟くんに声をかけられて、地面から飛び出た木の根に気付いた。
引っかかるところだった、危ない。
エンデヴァーさんが何事かと頭だけ振り返って、すぐに前を向いて電話を再開する。
「考え事か?」
電話に集中しているエンデヴァーさんを邪魔しない程度の声量で会話が続く。
「うーん、そう。エンデヴァーさんってすごいんだなぁって」
轟くんが渋い顔をした。
今の轟くんは、お父さんのありがたいお説教にうんざりしているらしい。
けど、話を聞く気はあるようなので言葉を続ける。
「エンデヴァーさんの力……判断力、行動力、統率力とか、とにかく色んな能力がすごいなって。エンデヴァーさんがトップだから、この規模の組織を保っていられるんだと思う。今まで、ヒーローって派手な個性と戦闘のイメージが強かったけど、それだけじゃないんだって気付いた」
テレビ画面の向こうで猛る炎の渦。
その中心で不敵な笑みを浮かべるヒーロー。
幼い頃憧れたおとぎ話のような姿。
でも、今見ている彼の背中は、憧れの遠い人から等身大の先達者へと変わりつつあった。
「……」
轟くんは何も返さない。
もう渋い顔は消えていた。
「戦うだけがヒーローじゃない。色んな能力が必要で、持った力によって役割も様々で。だから、私の個性ももっと別の使い方が出来るのかもしれない……」
「綾目の個性?」
話題が変わったことが気になったのか、前を向いていた視線がこちらに向いた。
轟くんは私の個性を一番味わってもらった人だし、相談してみるのもいいかも。
「うん。今の戦闘スタイルだと、どうしても個性の使い方がネックだから」
「近接戦闘メインだったか。けど、おまえの個性は相手に触れないと発動できねぇんだろ」
「そうなんだよね……」
ヴィランに対抗するには、個性を使って自分の有利な状況を作るのが一番。
でも、私の個性では、そういったことが難しい。
例えば轟くんなんて戦闘向きの個性で、ヴィランと相対するならもってこいなんだけど。
でも、エンデヴァーさんが言った。
ヴィランと戦うだけがヒーローじゃない。
私の個性には、私の個性の使い道があるんじゃないか?
考えろ。エンデヴァーさんや轟くん、周りのサイドキックを見て、それぞれどんな役割があるのか。
メインアタッカーとサポーター、撹乱、誘導、情報収集……
「あっ」
閃いた。
大事なのは、情報。
電話のマイクに向かって声を荒げるエンデヴァーさんを見て思う、情報伝達の難しさ。
電話口だけじゃ現場の状況を伝えづらい。
文書や画像を確認できればスムーズだけど、ヒーロー自身が確認用の媒体を持ち運ぶのは難しい。
例えば私たちが日常で使ってるスマホは便利だけど、どれだけ頑丈に作っても戦闘に巻き込まれて破損する可能性が高い。
また、動画や写真を使うにしても、見るのも送るのも手間になる。
でも私の個性なら、脳内で構築したイメージをリアルタイムで相手に見せることができる。
個性発動時のパスさえ繋がっていれば可能だ。
つまり、対ヴィランを想定して使っていた個性を、情報伝達役として味方に使う!
「何か分かったのか」
「うん!……いやちょっと待って」
個性を敵じゃなく味方に使う。その発想は悪くないと思うけど、いくつかネックがある。
まず、個性の発動限界距離を確認したことがない。
伝達というからには、離れた場所でも通信できる必要がある。
今まで使ったのは、せいぜい20メートル。それ以上は未知数だ。
次に、アイジャックという名の通り、相手の視界を占領してしまう。
ヴィランを惑わすのには有効だけど、味方に使うとなると邪魔でしかない。
そして最大のネック、有効時間。
受験前におばあちゃんと訓練したとき2分間しか持たなかったし、体育祭でも同じだった。
2分間ではパスを繋いで移動してるうちに切れてしまうだろう。
でも、一つ思うところがあった。
普段の生活でもろくに使うことのない個性だけど、入学前、たまにちび達に使って遊んだことがある。
こっそり仕掛けて驚かしたり、せがまれて見せたり。
そのときの感覚と、体育祭のときを比べてみると、とある仮説が立証できる。
検証してみたい。
「轟くん、私の個性は知ってるよね」
「まあな」
体育祭を思い出しているのか、轟くんがあいまいな顔をした。
変にムキになってた頃だし、黒歴史になっているんだろう。思い出すたび心がソワソワしそうだ。
あのときも有効時間は2分間だった。
でもそれは、相手の視界を無理やりジャックするからだ。
相手の抵抗や拒否を潜り抜けての出力は、そう簡単ではない。
でも、もし同意の上での接続なら?
「今からパス……個性を使ってもいいかな?」
「構わねぇが、妙なもんは映すなよ」
妙なもの、思い当たるのは体育祭のときの技、つまり今前方にいるエンデヴァーさんなんだけど。
そうか、そんなにも嫌いなのか……
心中で苦笑してると、轟くんが片手を差し出した。
失礼して、片手で触れる。
ぱちりと小さな感覚。
例えるなら、電気のスイッチが入ったくらいの。
体育祭で使ったときとは違う。ちび達にせがまれて個性を使ったときと同じ感覚だった。
やっぱり。
「今は……ちょうど14時か。これは見える?」
スマホを確認して指で示した空中に、『14:00』のイメージを映す。
「ああ」
轟くんが頷いたのを確認して、イメージを消した。
パスはまだ繋がっている感覚がある。
「……よし、ありがとう」
「こんだけでよかったのか?」
「うん。でもまたお願いするよ」
「? ああ……」
不思議そうにしている轟くんだったけど、ここでちょうどエンデヴァーさんが通話を終えたので、会話も打ち切りになった。
***
休憩をはさみつつパトロールを行ったけれど、特に何事もなし。
今の保須市は、色んなヒーローが集まってるし警察も警戒してる。
そんな中で暴れようなんて人はいないらしい。
これだけ警戒されてもヒーロー殺しは現れるんだろうか。
現れたとき、私達は何が出来るだろう。
そして、飯田くんは……
20時を回り、今日もやっぱり未成年はホテルに送られた。
ホテルのビュッフェで夕飯を取ったらあとは各自部屋に戻るんだけど……
「轟くん」
「ん?……『20:00』」
お皿に盛った料理を持って席に着いた轟くんに声をかけると、顔を上げた轟くんが私の指先を見て言った。
そこにはなにもない、けれど幻覚が見えている。
パスはまだ繋がっていた。
途中で再使用したわけじゃない。14時からずっと継続している。
「おまえの個性、長くは持たないんじゃなかったか?」
「そうだと思ってたんだけど……相手も同意の上なら長く持つみたい。今までばれないように使ってたから気付かなかった」
といっているうちに、パスが途切れる感覚がした。
『20:00』のイメージもノイズが走って掻き消える。
およそ6時間。
連続的にイメージを出力してないのもあるけれど、パスだけでこれだけ長く続くなら、使い方は考えられる。
あとは距離と、出力手段を検証しなきゃ。
席についた私に、轟くんが感心したように言葉を掛ける。
「味方同士の連携に使う想定か。確かに形になりゃ便利そうだ。よく思いついたな」
「いやぁ……エンデヴァーさんのお陰なんだ」
「あいつの?」
またしてもエンデヴァーさんの話題になったけれど、轟くんは昼間ほど嫌そうな顔はしなかった。
「うん。昨日ね、エンデヴァーさんにアドバイスをもらったの」
お母さんと知り合いだった驚きと、個性の使い方のヒント。
思い出しながらしみじみ語る。
「あの人はすごいよ、サイドキックの人達も、個性を有効に使えるように役割を振ってる。まさに適材適所、人を見る目があるんだね」
ファンとしてじゃなくて、ヒーロー志望として見ても、エンデヴァーという人物のすごさが分かる。
性格はちょっと荒々しくて指摘されがちだけど、その実力は確かなものだと改めて感じることができた。
そこのところは伝わったようで、轟くんは少し眉を寄せて考えていたけれど、観念したように口を開いた。
「……そうだな。それは、認める」
「……そっか」
ぽつりと吐き出された言葉に微笑んだ。
轟くんも歩き出してる。
No.2ヒーロー、その実力を見極めて、職場体験を存分に有効活用しようとしてる。
私も負けてられない。
更に向こうへ、一歩先へ。
2017.08.05