林間合宿・一日目(前編)
日差しが容赦なく照りつける日の朝、降り注ぐ日光と、照り返す道路からの熱気に挟み撃ちにされる。 街路樹で忙しなく喚く蝉の声。 真っ青に澄み渡る空。 夏だ。 夏休みだ。 そして……林間合宿だ!! 期末試験後に行われた実技試験。 そこでなんとか合格をもぎ取った私は、特別にヒーロー科の強化合宿に参加することになった。 着々と準備を進めていく中、終業式前に大型ショッピングモールで緑谷くんがヴィランに襲われたと聞いた時は驚いた。 なんでも出くわしたのが、以前雄英敷地内に侵入した組織……あのヒーロー殺しとの繋がりも示唆されたヴィラン連合の首謀者らしく、かなり大事になっていた。 緑谷くん自身に怪我はなく、合宿も急遽行先が変更になったけれど中止にはならなかった。 そういうところはなんというか雄英らしい。 そして、なんやかんやで合宿当日。 学校の敷地内に停められたバスの間、日陰とはいえじっとりと蒸し暑い中で待機している。 先にバスに乗り込んだA組生徒達に、相澤先生が私の紹介をしているところだ。 説明が進むにつれ、どよめきが開け放たれたドアから漏れ聞こえる。 「……というわけで、今回の合宿にはもう一人参加する。上がって来い」 相澤先生の合図を受けて、バスの中に入った。 炎天下の中待たされたお陰で汗が止まらない。 頬を伝う水滴を気にしながら、A組に向けてお辞儀する。 「綾目ゆめです。合宿中、よろしくお願いします」 「ゆめちゃん!」 「あ、体育祭ん時の」 「綾目さんがついに……!」 「B組に加えてD組の女子もだと?おいおい何考えてんだ先生方は……選び放題じゃねえか!」 「お前バスから降ろされるぞ……」 ざわざわと騒ぐA組達と、ささる視線にまごつく。 と、相澤先生の一睨みで一瞬で場が静まった。訓練されてるらしい。 「直ぐに出発するぞ。綾目、さっさと席に着け」 相澤先生がめんどくさそうに出した指示に従って空いた席に着こうとした。 さて、ここでバスの座席数を数えてみよう。 一番前の列は、昇降口横の一人がけの椅子。 その後ろから、二人がけの椅子が通路を挟んで二つずつ、全部で九列続き、一番後ろは四人がけの椅子が一つついている。 先生が一番前、以降はA組生徒が二人ペアで四人ずつ座っているので…… 私の席はない。 そうかこれが新手のいじめ……いじめ、ダメゼッタイ! 「先生、私はどこに座れば……」 「ああ、後ろの席を五人で使うか――」 「来いよ……オイラの隣ならいつでも空いてんよ……」 そういって親指で自分を指すちっさい男子……峰田くんの顔が大変なことになっているので無言で首を横に振った。 「ゆめちゃん、ここおいでよ」 補助イスを取り出したお茶子ちゃんがポンポンと座席を叩く。 あそこの列は女子ゾーンになっているらしい。 相澤先生も適当でいいからさっさと座れと無言で圧力をかけてくるので、いそいそと向かった。 全員着席したのを確認すると、相澤先生も席に着き、バスは静かに発進する。 途端に喋りだす生徒達。 みんな合宿でテンションが上がっているみたいだ。 飯田くんの注意もウキウキ気分にかき消される。 「補助椅子で大丈夫?かわろっか」 「いえいえお構いなく」 「休日以来ねゆめちゃん。一緒に合宿できるなんて嬉しいわ」 「綾目さん、お久しぶりですわね」 「うん、久しぶり……と」 お茶子ちゃんの隣は梅雨ちゃん。反対側は八百万さんと、その隣は面と向かって話したことのない女子。 お嬢様な八百万さんとはタイプの違う、ヘッドホンやギターケースが似合いそうな女子だ。 耳からたれる端子のようなものが、彼女の"個性"だろう。 お茶子ちゃんから聞いた話では、自分の心音を聞かせるとかなんとか。 「耳郎響香、まあヨロシクね」 「初めまして、綾目ゆめです」 「たまにA組に来るよね。麗日と仲良いのは知ってたけど、梅雨ちゃんとヤオモモも知り合いだったんだ」 「私もつい先日、授業参観前の休日にお会いしましたの」 「授業参観前って確か、チョコお餅の話だっけ?」 「そうね、あの時にゆめちゃんも一緒だったわ」 「へえー、アンタはどうだったの、チョコお餅?」 「えっと、すっごくおいしかったよ」 「響香ちゃんも食べてみる?」 「んん……ちょっと気になる」 *** バスの中央でキャイキャイと会話に花咲かせる女子達。 それを眩しそうに眺める男子達。 通路を挟む微妙な距離も、ゆめが間に収まることで埋まり、綺麗な女子ビンゴが完成していた。 「なんか、綾目さんがいるって新鮮だな」 ポツリと感想を漏らした緑谷の言葉に、隣の飯田が頷く。 「そうだな。授業外で親睦を深めることはあったが、こうしてクラスの一員となって行動を共にするのは初めてだからね」 A組に新たな風が吹いたという点もあるが、それだけではなかった。 最初の印象は、麗日の紹介で出会ったD組生徒。 体育祭ではD組で唯一最終種目まで残り、廊下ですれ違うときは大抵一人だったゆめ。 緑谷の中でなんとなく一人で行動するイメージのあったゆめが、こうして自分達以外の集団で和気あいあいとしているのを見るのは、なんだかほっとする。 楽しそうに笑うのを見ていると、元来誰かと共にいるのは好きなのかもしれない。 体育祭のとき、目に見えて沈んでいたゆめを見て、放っておけなかった。 何がきっかけになったかは分からないが、休日明けにはその表情が和らいでいた。 それ以降、心境の変化があったのは明らかだ。 そこまで考えて、ふとある人物を思い浮かべた。 体育祭以降、少し雰囲気の柔らかくなった人物。 「緑谷達は元々綾目と面識あったんだな」 タイミングよく通路を挟んだ隣の座席から声が掛かった。 その人物は、ちょうど緑谷が思い浮かべていた男子生徒……轟である。 「うん、僕らは麗日さん経由で、自主訓練のときに初めて会って」 唐突に自主訓練をしようと誘われたときは、何事かと驚いたものだ。 現れたゆめは、麗日と同じ位の背丈で個性も使わず飯田を投げるという予想外な動きをしてみせた。 「自主訓練?」 疑問の声に飯田が解説を加える。 「ああ、綾目くんがヒーロー科の授業内容を知りたいと、麗日くんを誘って訓練を行っていたんだ。その熱心さが今回の合宿参加に結びついたんだろう」 「へえ……」 そんなことしてたんだな、とぽつりと呟いた轟。 その真意は分からないが、轟も体育祭以降ゆめと共に緑谷達とよく接するようになった。 特に職場体験では轟とゆめは同じ事務所に行き、ヒーロー殺しの事件では四人で共闘した仲だ。 「訓練、轟くんもやる?」 話を聞いていたらしい女子ビンゴの一人――麗日が後ろの座席から身を乗り出した。 「訓練って?」 耳郎も新たな話題に食いついたのを皮切りに、女子ビンゴ達も会話に加わる。 「運動場を借りてそのようなことを。良い経験になりそうですわね」 「ケロ……でも危なくないかしら。授業の時はきちんと先生に指導いただいてるけれど、生徒達だけだと事故が起こるかもしれないわ」 「授業でやったことを実践してるだけだし、変に脱線することはないと思うけどなあ」 「あ、でも初日はちょっと危なかったかも?」 ゆめの言葉で、緑谷は彼女と共に、遊具のタイヤを柱に結んで簡易的な罠を作ったのを思い出した。 飯田ほどの体格なら耐えられるが、簡単なものでも危険はあったと反省したものだ。 「なんか面白そうな話してんな」 「なになに、何の話?」 そこへ、緑谷達の前列に座っていたクラスのムードメーカー女子二人と男子二人も加わり、瞬く間にバス全体に話が広がった。 参加したいだとか、人数を増やしてさらに実践的な内容にしようだとか収集がつかなくなりだし、飯田が両腕を大きく振り回して制する。 「待て、あまり人数が増えると準備が大変だろう!運動場の管理や予定の調整を一体誰がするというんだ」 「そこは委員長じゃね?」 「む!?確かにクラスのことは委員長が管理するのが妥当だが……」 上鳴の言葉に納得する飯田。 丸め込まれているようにも見える。 飯田に全てが押し付けられそうなのを察した緑谷は、助け舟を出すことにした。 「確かにクラス全員の管理は大変だよ。運動場も直ぐに借りれるわけじゃないし、大掛かりになると頻繁に開催出来ないかも」 最後の言葉で、一気に騒がしくなった車内を傍観するしか出来なかったゆめ――自主訓練がしたいと言った張本人が一言漏らす。 「それは困るなあ……」 元々ゆめがヒーロー科の授業に追い付くために開催していた訓練だ。毎週の授業内容を復習できないのでは本末転倒である。 盛り上がっていた空気も緩やかに萎んでいく。 そこへ再び上鳴の一声。 「んじゃ、訓練とは別に綾目歓迎パーティとかどうよ」 「おっいいね!」 上鳴の隣に座る切島がすかさず便乗し、再び空気が盛り上がり始める。 「パーティ……私の家でしたら広いスペースも用意できますわ」 「じゃあ、そこでチョコお餅しようよ!響香ちゃんも食べよ!」 「いいね」 A組の連携でどんどん話が進み、一人取り残されているゆめ。 「あわわわ……わ、私まだ編入確定してないんだけど」 「応援するわゆめちゃん、編入出来たらぜひA組に来てちょうだい」 「正式に編入したらB組に入る可能性もあるのか?」 「ええ、ここまで来て?」 「B組はやめとけ。心がアレな奴がいるから」 「やめとけって言われても……」 色んな生徒達に一気に声を掛けられて、ゆめはオロオロとしていた。 アクの強い集団の中はやはりすぐには慣れないらしい。 何か声を掛けようかと緑谷が体を向けたとき、先に轟が口を開いた。 「おい、あんま一気に――」 「ウップ……」 *** A組はクラスメイト達の仲がいいんだなとは思っていたけど、こんなに一気に話が広がるとは思わなかった。 連携力があるというか、話を拾うのが上手いというか。 D組にいた時は基本一人で行動してたから、ちょっと久しぶりの感覚に戸惑った。 四方八方から飛んでくる声に慌てていると、前の席で顔面を真っ青にした青山くんがぷるぷるしながら声を上げた。 どうやら乗り物酔いらしい。ずっと手元の鏡を見ていたとか。 空気の流れも私から青山くんへシフトしていく。 体調不良の青山くんには悪いけど、ちょっとホッとした。 梅雨ちゃんの的確なアドバイスもあり、窓を開けてタイを緩めた青山くんが横になる。 青山くんの隣に座っていた轟くんが、補助イスを取り出して座った。私の直ぐ前の席に当たる。 「轟、補助イス似合わないねー!」 「確かに!」 「……補助イスに似合う似合わないなんてあんのか?」 前の席に座っている芦戸さんと葉隠さんのコンビがおかしそうにクスクス笑っているのを、首を傾げる轟くん。 申し訳程度の背もたれから飛び出た、広い背中と紅白揃っためでたい頭。 私ならともかく、女子よりも体の大きな轟くんが控えめに腰を下ろしているのは、確かになんだか可愛らしい。 「と、轟くんっ、やっぱり僕が代わるよ!僕のほうが小さいし!」 「いや、ここは委員長として俺が!」 緑谷くんと飯田くんがお互い譲り合いのようなことをしていると、梅雨ちゃんが冷静に青山くんの容態に話を戻す。 切島くんが調べた情報によると手首のツボが効くとか。 実践しようと轟くんが青山くんの手首を持とうとして、突然ハッとした。 「……俺じゃダメだ」 「どうしたの、轟くん」 「俺が関わると、手がダメになっちまうかもしれねえ……」 「は?」 「ハンドクラッシャー……」 「んぐっ」 思わず吹き出してしまった。 そ、それはヒーロー殺しのときの……まだ気にしてたんだ、というか本気で気にしてるんだ。 緑谷くんと飯田くんも同じタイミングで吹き出したので、周囲の人達は何事かときょとんとしている。 青山くんは自分でするからほうっておいてくれとげんなりしていた。 「あとは……気をまぎらわすといいらしいぜ!」 「あ!じゃあさ、綾目さん自己紹介してよ!」 芦戸さんに名前を出されて、再びこちらに視線が集まったのを感じた。 「え?」 「今までの話とか聞きたい。挨拶だけじゃよく分かんないし!」 ぜひ聞きたいと目をキラキラさせながらこちらを向いている芦戸さん。 青山くんのためというより、自分の興味も大部分を占めているみたいだ。 とはいえ、確かに挨拶だけじゃ味気ないし、青山くんも「よろしくマドモアゼル……☆」なんて元気のない声で言っているので、なにか話すのもいいだろう。 「今までの話……」 「そうそう、普通科って普段何してるとか、どうやって合宿参加まで漕ぎ着けたのかとか」 芦戸さんの隣の葉隠さんも、こちらを振り返っているらしい。座席の上部分が手の形に凹んでいる。 「あー……えっとね、普通科の授業もテストも大体普通の高校と変わらないんだけど、期末試験の後に実技試験を受ける機会があって」 「実技試験?」 前に座っていた轟くんが振り返る。 「俺らと一緒だな」 特に珍しくもなく、と頷きあう後列の男子達。 隣のお茶子ちゃんが相槌を打つ。 「ゆめちゃんが先生にお願いしたんやっけ?」 「うん、編入には実技の評価がいるから、前々からお願いはしてた。夏休み前に機会が持ててよかったよ。それでなんとね実技試験……オールマイト先生が直々に試験してくれた!」 「オールマイトが!?」 すかさず反応した緑谷くんにほくそ笑みつつ、言葉を続けた。 「そう、あんなに近くでオールマイト先生見たの初めてだったからビックリしちゃった。やっぱり本物は迫力が違うよね」 その時の出来事を思い出して感想を漏らすと、バスの空気が懐かしむようなしみじみしたものに変わる。 「俺らも最初はそうだったなー」 「今じゃ慣れちゃって、オールマイトの登場バリエーションも出尽くした感あるしな」 「そんなことないよ!オールマイトはメディアに登場するときも定番の『私が来た!』が最多だけど、時々変化球の登場を加えることでファンを飽きさせないようにしてるんだ。だから僕らに対してもまだとっておきの登場バリエーションを隠してると思うよ!例えば毎週放送のヒーロー番組に頻繁に出演してたときは……」 「ちょっと緑谷ー、話題逸れちゃったじゃん」 「あ、ご、ごめん」 早口でまくし立てた緑谷くんに芦戸さんのブーイングが飛ぶと、しゅんとして縮こまってしまった。 緑谷くんのオールマイトオタクの性分、私もエンデヴァーの個性とか語ると止まらなくなる性質なので、ちょっと同情しちゃう。 「続きをどうぞ……」と控えめに促されたので、仕切り直した。 「えっと、試験内容はね……緑谷くんの時みたいに派手な内容じゃなかったんだけど、一対一の金網デスマッチみたいなことをして」 「デス……!?」 「オールマイトと一対一!?よく無事だったな」 目を点にして慄く耳郎さんと、声を上げる飯田くん。 「デスマッチは言いすぎた、もっとホンワカしたものです!とにかく、そこで合格をもぎ取って、ここにいるわけなのです」 少し胸を張ってみせれば、車内の空気が感心したものに変わった。 オールマイトと一対一の試験に合格、そう言われれば一目置きたくなるだろう。 ……実際の試験内容は鬼ごっこだったけど。 そんな中、興味深げにこちらを見ている轟くん。 その顔を見て、ふと思いついた。 轟くんには個性のことで何かと縁があるし、これを言ってみようか。 「そこでまた"個性"のヒントをもらっちゃって。まだ未完成だけど……見せる機会があるなら驚くかもね」 いたずらっぽく笑ってみせると、その目が少しだけ丸くなった。 和気藹々とした空気に包まれ、バスは賑やかに走っていく。 間もなく始まる"合宿"のハードな内容も知らぬまま。 2017.09.09
DADA