林間合宿・一日目(後編)
『プッシーキャッツ』。 緑谷くん曰く、連盟事務所を構える四名一チームのヒーロー集団で山岳救助等を得意とするベテランチーム。 そのヒーローが登場したのは、一時間ほど走ったバスが着いた場所。 広々とした森を一望できる展望台のようなところで、建物どころかトイレすらない。 遠くに見える山々と、どこまでも広がる青空が美しいコントラストを織り成していた。 「わるいね諸君、合宿はもう始まってる」 相澤先生のその言葉と共に土流に飲まれ、森の底へと真っ逆さま。 紐なしバンジー、土流つきなんて初体験だった。出来れば二度とやりたくない。 土がクッションになって怪我はなかったけど、泥だらけで森の中に放り出されてしまった。 そこはプッシーキャッツの私有地で、"魔獣の森"と呼んでいるらしい。 ドラクエめいた名称と揶揄したのは上鳴くん。 その呼び名はどこから来たのか…… 「マジュウだー!!?」 土と木の根で編まれたような魔獣が姿を現したとき、納得した。 あれは多分、プッシーキャッツの個性で作られた土の塊。 見た目はインパクトあるけど、思ったより怖くない。保須で見たアレと比べれば。 落ち着いて対処すればいけそうだ。 相手を注視して、戦闘態勢を取る。 先生たちから与えられた課題。 この魔獣蔓延る森の中を突き進み、遠くに見えた山のふもとまでたどり着くこと。 これが、ヒーロー科と共に過ごす合宿、初めての実技訓練! ――最初に現れた魔獣を速攻でクリアしたのは緑谷くん、飯田くん、轟くん、そして例の爆豪くんだった。 職場体験の経験もあってか、流石に三人は反応が早い。爆豪くんは元々の長所なんだろう。 飛び出した四人に続いて、愚痴を吐きながらも他の生徒達も駆け出す。 どんどん現れる魔獣にも怯まないのは、A組全体の経験が多いからかな。 私もさっさと行かなきゃ。 でも、問題は魔獣だ。 口田くんの個性が通じない泥人形……ということは、私の個性も通用しない。 土にセンサーでも埋め込んであるなら入り込む隙はあるかもしれないけど、次々に現れてる状況で、探すのに時間を取るのは得策じゃない。 物理的に……まさに最初の四人みたいに、破壊力のある個性で突破するのが最適だ。 というか他のA組もおおよそ物理で押し切るタイプじゃない? 「ゆめちゃん後ろ!」 「!」 暗がりから突然現れた魔獣に気付かなかった。 そうか、生き物じゃないから気配も分からない! 「綾目!」 こちらに気付いた轟くんが声を上げる。 氷を伸ばそうとしたけれど、獣が振り上げた前足を見れば、先に行った轟くんの位置からじゃ間に合わないのが分かる。 「ッ!」 とっさに前足を避けるように後ろへ倒れながら、左足を強く蹴り上げた。 パカァン! 「!」 「痛った!土の塊だけあって硬い……!」 「蹴った!すご!」 魔獣の前足に命中した。 結構派手な音がして、轟くんも驚いたのか氷を出しかけたまま止めてしまった。 前足が高く上がりバランスを崩した魔獣。 その隙をついて近くにいたお茶子ちゃんが魔獣に触れると、大きな体が浮かび上がる。 「ウチが!」 すかさず耳郎さんのプラグが捉え、振動で破壊した。 「二人ともありがとう!」 それにしても、華麗な連携プレイだった。 浮かして身動きを取れなくするお茶子ちゃんの個性と、土塊を振動で壊す耳郎さんの個性。 A組生徒達は各々の個性をしっかり把握してるらしい。 この場でも生徒達が上手く連携できれば、魔獣の攻略もたやすいかも。 「お茶子ちゃん、耳郎さん、連携しよう!私がナビゲートする」 「連携はいいけど、ナビってもどうやって!?」 「ゆめちゃんの個性やね!分かった!」 お茶子ちゃんには私の個性のことを、自主訓練でもう伝えてある。 お茶子ちゃんが伸ばした腕に触れると、スイッチの入る音がした。パスが通った証だ。 「耳郎さん、個性発動の許可を!」 「なんかよく分かんないけどオッケー!」 耳郎さんも同じようにこちらに手を伸ばす。 指に触れて、同様にパスを繋げた。 すぐにイメージを構築する。 連携するためには、敵の位置と、味方の位置……それを示すには……地図が必要だ。 今見えている視界を上から見下ろした図を想像して、二人と私の場所をマッピング。 二人に繋げたパスを通して、脳内に直接イメージを送信する。 脳から脳への通信だ。 「うわっなにこれ地図!?」 「私と二人の場所のイメージ、見える?」 「うん、バッチリ!」 二人の様子を確認して、木々の間に目を凝らす。 魔獣を素早く発見して、地図上に出さなくちゃいけない。 でも、この暗い森の中、索敵性能が私の視力頼みなのは少し心もとなかった。 「うーん……耳郎さん、地面の振動で敵の場所を把握とか出来ない?」 「ゴメン、今は人数が多くてどれが誰のか判別できない!」 それを見ていた八百万さんが、何かを寄越した。 「綾目さん、こちらを!暗視スコープですわ。私もパスをお願いします!」 「ありがとう、了解!」 暗視スコープなんて作れちゃうんだ。 八百万さんの個性、すごく便利だ。 スコープ越しなら多少見えやすいか。 「綾目」 近くに来た轟くんが手を差し出す。 「うん!」 それに触れると、パチリとスイッチの入る感覚がした。 「索敵なら俺も加勢しよう」 続いて、障子くんがやってきた。 触手腕の先に沢山の耳と目を複製して、辺りを絶えず警戒してる。 障子くんの個性は大変心強い。 「綾目、俺も個性頼む!」 「俺も!」 「綾目くん!」 「綾目さん!」 わらわらと集まってきたA組と次々にパスを繋ぎ、今までにない数のパスにちょっと焦っていた。 およそ20人。 どれだけ持つだろう……? 「綾目、10時の方向に四足歩行の獣の足音がする」 「!分かった!」 障子くんの淡々とした言葉でスコープを覗くと、生い茂る草木の合間に確かに魔獣の姿が見えた。 マップの同じ位置に魔獣を示すアイコンを表示させる。 パスは繋がってる。送信も問題なさそう。 「あっちか」 「任せな!」 瀬呂くんの肘から伸びたテープが、器用に木々の隙間を縫って魔獣の体を拘束する。 がんじがらめになったところを、砂藤くんがパンチで粉砕した。 よし、行けるぞ私の個性! 電波塔よろしくイメージを送信し続ける私を中心に、生徒達が四方に注意を向けながら進む。 現れてはマークし、マークに近い位置の生徒が速攻を叩き込む。 障子くんの個性と私の個性で、見敵必殺が成立していた。 「爆豪も繋がねーのか?便利だぞこれ!」 「ああ?モブの個性なんざ興味ねえよ!!」 も、モブって言われた。 怒号の持ち主は例の爆豪くんだ。 切島くんに声を掛けられただけであの爆発具合。 入試や体育祭でも垣間見えたけど、中々苛烈な性格みたい。 一人だけ他の生徒達より駆け足気味だ。 個性のパワーも申し分なく、一人でも魔獣を攻略できる実力はあるんだろうけど…… 「綾目、2時の方向」 「!」 その爆豪くんの近くに魔獣が潜んでいると障子くんが告げた。 すぐさまアイコンを表示させると、ほぼ同時に爆豪くんが魔獣と遭遇した。 なにあの個体、今までのより一回り大きい! 「ハッ、図体がデカくなっただけでザコに変わりねえだろ!」 挑戦的に睨みあげて、爆豪くんが右手を振りかぶる。 でも、そのタイミングで爆豪くんの左側から氷結が伸びて、瞬時に魔獣を凍らせてしまった。 「!?」 もちろん轟くんの個性だ。 「てめェ、何勝手に手ェ出しとんだ!!」 「いたのか爆豪。悪い、暗くて気付かなかった」 噛み付かん勢いでバクギレしてる爆豪くんにも、轟くんはマイペースに返す。 「綾目、爆豪の位置も載せてくれねえか」 「そ、そうだねごめん!パス繋がってる人は感覚で距離が測りやすいんだけど……」 「爆豪くん、ここは全員で協力すべきじゃないか?!君も綾目くんとパスを繋ぎたまえ!」 「るっせえ!!」 腕を地面と平行に突き出した飯田くんにも怒号が飛んだ。 なんだか、A組は混沌としてるなぁ。 苦笑いしながらも、暗視スコープで周囲の状況を探る。 さっきの大きな魔獣を倒してから、獣の影が見えない。 さっきので最後だったのかな? でも、山のふもとまではまだまだ遠い。こんな簡単に終わるとは思えないけど…… 「この音は……」 障子くんが訝しげに呟いた。 視界では特に異常は見られないけど、障子くんの耳が何かの音を拾ったみたいだ。 「気をつけろ、何かが来るぞ。これは……地鳴りか!」 その声と同時に、地面一体が大きく揺らぐ。 「うおおお、なんだこれ立ってらんねえ!」 「大地の共鳴……」 思わず立ち止まって地面に縋り付くほどの揺れ。 それが一際大きくなった次の瞬間、そこら中の地面が不自然に盛り上がる。 それはあっという間に巨大な土塊となり、無数の魔獣に姿を変えた。 まるで墓場から蘇るアンデッドのような光景だ。 木々の隙間を狭そうにしながら蠢く魔獣達。 こんなのもうマッピングどころの数じゃない! 申し訳程度にエマージェンシーと表示させた。 「うええ、こんなに沢山!?」 「この数を切り抜けろってのかよ……」 流石のA組もたじろいでる。 「クソ、みんなちょっと離れてくれ!」 左手側で上鳴くんが魔獣に詰め寄り、個性を放つ。 上鳴くんの個性は―― バチィ!! 「痛ったぁ!!?」 瞬間、脳みそがシェイクされるような衝撃が走った。 「綾目さん!?」 突然大声を上げた私に驚いた緑谷くんがすっとんきょうな声を上げた。 な、なにがどうなった? 上鳴くんが放電した瞬間、感電したような痺れが起こった。 上鳴くんの個性は無差別放電、とはいえ距離は十分に取っていたからここまで届くことはない。 現に隣の障子くんはケロっとしてる。 「クソッ、土相手じゃ効かねえのか!?」 「い゛っ!!」 続けて放たれた電気。 またしても刺すような痛みが走り、たまらずパスを切ってしまった。 突然地図が消えたことに全員気付いて、何事かとこちらを振り返る。 「どうした?」 「ごめ、頭がスパーク……」 どうやら上鳴くんの電気がパスを通してこちらにダイレクトアタックしているらしい。 なんてこった。個性同士がぶつかるとこんなことにもなっちゃうのか。 「俺のせい!?」 ショックを受ける上鳴くん。 誰のせいとか、そういうのじゃないと思うけど……痺れて喋る余裕もない。 その間にもどんどん魔獣は現れている。 「どのみちもう地図とか言ってる場合じゃねえだろ!こいつらどうにかしねえと」 切島くんが叫びながら、魔獣を殴った。 他の生徒も自分の身を守るのに必死だ。 こんな大量の敵に囲まれて、膝をついてる私。 これじゃいい的になっちゃう。 と、私を囲うように氷壁が現れた。 轟くんの個性! 「綾目、立てるか?」 轟くんが、こちらを見下ろしている。 デジャヴを感じる眺め。つい最近、同じように見上げていた。 暗い路地裏、灯された紅い炎の記憶。 「……轟くん」 また、轟くんに助けられようとしている。 ……いや、あの時とは違う。 今の私の体は動くんだから。 「い、けるよ……」 ゆっくりと立ち上がる。 パスが切れたお蔭で、痺れは引き始めていた。 近くで大砲のようなものを作っている八百万さんに声を掛ける。 「八百万さん、なにか武器作ってほしい……っと」 引き始めたとはいえ、少しよろけてしまった。 個性の負荷、頭の熱もまだ治まっていない。 結構熱くなってしまった。 人数が増えるとちょっとキャパが心もとないな。 「土塊を相手にするならそれなりの厚さが必要ですわね……綾目さん、こちらを!」 八百万さんの肩から飛び出た武器を手にする。 持ち手部分は握りやすく、滑り防止のグリップが付けられて、先端に行くほど太くなった棒状の金属。 この形状は……金属バット!! 八百万さんのチョイスとはいえ、これを振り回すと傍から見ればヤンキーみたいになりそうだ。 でも、八百万さんは状況を考慮してこれを出してくれたわけだし、実際魔獣相手にはちょうどいいし。 「ありがとう八百万さん!」 辺りを見回す。 氷の防壁の向こうで、みんな散り散りになって必死に戦ってる。 切れたパスをこの混乱した現場でもう一度つなげる余裕はない。身一つでここを乗り切らなきゃ。 金属バット、結構重量があるな。 確かめるように振り回す私に、轟くんが声を掛ける。 「無理すんな。あいつらにはおまえの個性効かねえんだろ」 「うん……でも、大丈夫だよ」 「……?」 体の調子を確かめるように軽くジャンプする。 さっきはふらついたけど、もう平気だ。痺れも熱も引いた。 轟くんの足手まといにはならない。 個性だけしか出来ないわけじゃないんだ。 私だって、できるんだから。 姿勢を低くして、周囲を見渡す。 次々と襲いかかる魔獣、そのうちの一体がこちらに向かっていた。 迎え撃つように駆け出す。 相手の姿を観察する。 胴体は大きく、ただ殴っても効果は薄いだろう。 細くもろい部分……関節を狙う! 距離が詰まり、魔獣が足を上げる。 動きは遅い。 前足による一撃を避けて、その足に向けてフルスイング。 鈍い音と共に、土くれがはじけ飛んだ。 片足を失いバランスを崩した魔獣。 ガクンと下がった胴体、その残りの足に次の攻撃を繰り出した。 個性で吹っ飛ばすなんて芸当が出来ないから地味だけど、それでも攻略できなくはない。 「非行少女みてえ……」 「綾目さんて意外と肉体派なのか……」 必死の形相で金属バットを振るう私を見て、周囲の生徒達が言いたい放題だ。 くそう、必死だけど聞こえてるんだぞう。 呟いてる暇があったら魔獣戦線をどうにかしてほしいんだけど! 「……」 息つく間もない魔獣の波、ひたすらバットを振るって肉体を消耗させる。 そんな中、魔獣を氷結で封じながらも、轟くんがこちらを気にしているのには気付かなかった。 2017.09.16
DADA