仮免試験・試験
「綾目」 「あ、おはよう轟くん」 TDLでの必殺技考案訓練が始まって早五日目、轟は前日と同じようにゆめに声を掛けた。 女子と会話しているゆめに近付くと、何故か女子が会話を切り上げて去っていく。 それについてどうかしたのかと問うと、ゆめは曖昧な表情をして「向こうが勝手に……いやなんでもないんだよ、本当に!」などと言葉を濁すばかりだった。 なんでもないとゆめが言う以上、轟も気にしないことにした。 それに、もっと気になることが他にある。 「もう訓練も五日目だね……調子はどう?」 「ぼちぼちだな」 何気ない言葉を交わすだけの短い交流だが、出来るだけ声を掛けるようにしている。 その中で、確かめたいことがあったからだ。 「あ、そうだ。轟くんは必殺技名ってどんなのを考えてる?」 「技名?……考えてねえ」 「ええっ、そうなの!?」 特にこだわりのない轟がさらりと返すと、ゆめの声が裏返った。 大層驚いているゆめは、昨日も訓練の途中で何やら必殺技名について盛り上がっていたらしい。 かっこいい"個性"にはかっこいい必殺技、そして技名も大事だと熱弁し始める。 「轟くんの"個性"はかっこいい技名がピッタリだと思うよ!カタカナでもいいけど漢字一文字とかでも様になりそうだなぁ……!」 「そういうもんか」 自分の"個性"を興奮気味に褒めるゆめの姿を見て、職場体験の時の会話を思い出した。 ゆめは度々『かっこいい"個性"』について嬉しそうに話す。 その筆頭は自分の父親である男の事だがそれは置いておくとして、他のプロヒーローや同級生の"個性"についても語っているのを聞いたことがある。 自分自身の"個性"を真正面からもてはやされるとどうにもむず痒くなるが、好きなものを好きだと述べ、他人を素直に褒めるのはゆめらしい。 ――そうだ、今の彼女は"ゆめらしい"。自分の懸念が杞憂だったのではないかと思える程に。 朗らかに笑うゆめは、少女の表情だ。 好きなものに目を輝かせ、自分もがんばりたいと語る。 しかし、ゆめがゆめらしくするほど、轟の中の疑念が余計に際立った。 なら、あの夜見た"野心顔"は、一体なんだったのか。 この夏休みの激動の中でも掻き消えなかった強烈な表情は。 ゆめの顔を見るたびに呼び起される記憶が掠める。 疑問への答えはない。なぜなら当の本人が忘れてしまったから。 けれどそれならば、このもどかしさはどうすればいい。 真っ白な布にわずかに零れ落ちたしみのように、いつまでも消えることなく浸食する。 轟が吐露した苦悩の溜息は、人知れず空に溶けた。 *** B組の担任、ブラドキング先生が交代を告げる。 A組の生徒がそぞろに去っていく中、私は青い顔で立ちすくんでいた。 ま、まずい。まずいぞゆめ。 訓練が始まって早五日が過ぎたのに、未だに必殺技の形が見えない。 緑谷くんから考え方のヒントはもらった。 先生からも色々とアドバイスもいただいてる。 けど、そこから先が繋がらない。 今までコスチューム……"個性"をサポートする服を着て闘ったことがないから、どうしてもイメージが明確にならない。 そもそも私の"個性"は戦闘向きじゃないんだ。必殺技なんてできっこないのでは? ……いやいやいや、考えるのを放棄しちゃだめだ! ここが正念場、ここを超えたら編入が待ってるんだから! 「ねえ、そこに突っ立ってると邪魔になるんだけど。さっさと出て行ってくれないかな」 「えっ、あ」 頭を上げると、怪訝な表情でこちらを睨む男子生徒がいた。 燕尾服のようなコスチュームで、小奇麗だけどヒーロースーツとしては逆に目立ちそうな格好をしている。 確か、B組の物間くんだ。 見れば、A組は皆撤収して、B組が支度を始めている。 置いていかれちゃったらしい。最近ぼーっとしすぎだな私。 「ごめん、すぐ出るね」 使った道具をかき集めていると、物間くんの視線が突き刺さる。 「……君って普通科の綾目さんだったっけ? A組とつるむと悪目立ちしたい癖でもつくのかな。編入するならB組にしときなよ」 「は、はあ」 それは私が決められることなのだろうか。 物間くんは顔を少し後ろに傾けて見下ろすような姿勢でつらつらと言葉を並べる。 「少し他のクラスより目立つことをしたからって調子に乗るような連中さ、舞い上がって子供じみてるよね。君ももしもA組がすごいとか思ってるならそれは誤りだ。雄英一年で本当にすごいクラスは僕等フッ」 「!?」 突如物間くんの口の回転が止まった。 中華風なコスチュームを着た拳藤さんが滑らかに落とした手刀によるものだった。 「悪いね綾目、時間取らせた」 「あ、ううん。こちらこそお邪魔しました……」 軽く挨拶を交わし、拳藤さんは慣れた手つきで物間くんを引きずっていく。 なんだったんだろうかあれは。 ぽかんとしている私に、背中から声が掛かる。 「綾目、まだここにいたのか」 「轟くん!」 どうやら姿の見えない私を探して戻ってきてくれたらしい。 先生方にも早く出て行くように促され、慌ててTDLを後にした。 うう、恥ずかしい。 とぼとぼ歩く私の隣で、轟くんが尋ねる。 「練習量が足りてねえのか?」 練習量……えっと、ギリギリまで残って訓練してたと思われたのかな。 実際は悩み過ぎて周りが見えてなかっただけなのですが。お恥ずかしい。 「練習というかそれ以前に、必殺技が中々出来上がらなくて……」 「そうか」 轟くんは短く言葉を切って思案する。 その横顔を眺めること数秒、轟くんがぽろりと零した言葉は、単調で、単純だった。 「……おまえの"個性"って機械にも使えるんだよな」 「ん? うん、"個性"を伸ばす特訓でもよく使って……」 「よく分からねぇが、おまえの"個性"って電波みたいなもんなのか?」 「電波というか……線のない有線接続というか……ん?」 ――そうか。 ばらばらだったピースが集まって、一つに合わさっていく。 届きそうで届かなかったところへ、手が届いたような感覚。 オールマイト先生との試験、緑谷くんの話、そして、轟くんの一言。 「分かった、かも!!」 「ん?」 突然大声を上げた私に、道行く生徒の視線が刺さった。 「……ん゛んっ!」 咳払いで誤魔化して、努めて恥ずかしくなさそうな顔で轟くんに向き直る。 「ありがとう轟くん、ちょっと工房行ってくるね!」 「あ、おい」 それだけ残して、はじけるように駆け出した。 善は急げだ。 サポート科の工房に行って、コスチュームの改良……付属品の追加をしなければ。 轟くんのお蔭でこんなにあっさりと悩みが解決してしまった。 轟くんは、いつもいつも私に的確なアドバイスをくれる。 それが嬉しくて、もどかしくも感じる。 まだまだだな、私は。 もっともっと頑張らなくちゃ。 前を向いて、スピードを上げた。 *** 「君のコスチュームはうちでは改良できないよ」 「えっ!?そんなぁ!」 開発工房に私の声がこだました。 パワーローダー先生が言い放った言葉に仰天すると、先生は淡々と理由を述べる。 「改良には説明書がいるんだ。コスチュームはヒーロー一人一人の能力に合わせた特注品。元々どういう機能が備わっているのか正確に把握しておく必要がある。でも君の場合は説明書どころかコスチュームすら届いてないんだから、デザイン事務所に追加依頼するしかない」 的確な説明をいただき、納得せざるを得なかった。 がっくりとうなだれる。 「事務所へ依頼となると……届くのは遅くなるんでしょうか」 「今でもギリギリの納品だって話だからな。大雑把な案はこちらで整えるとして、すぐに依頼を掛けてもまあ……最低三日は延びるだろうね」 三日……一週間でも調整が間に合うか際どいところなのに、更にきついスケジュールになるのか。 ううん、苦しいところだけどそれしかない。 今のままじゃ一歩足りなくて、その一歩をようやく踏み出せそうなんだ。 絶対に免許を取りたい。ヒーローになるために。 「……お願いします」 先生に深々と頭を下げた。 「あいよ。まずは君の"個性"の調査から始めようか。今まで感覚でやってきたんだろうけど、機械と組み合わせるんなら数値が必要だ」 「は、はい!」 顔を上げた瞬間、工房の扉が勢いよく開かれた。 「面白そうな話ですね!!」 運がいいのか悪いのか、ちょうど席を外していたサポート科の発目さんが戻ってきて鬼のように絡まれたけれど、それはまた別の話。 *** そして……あっという間に試験当日。 試験会場についたバスが止まり、昇降口からA組に混じって外に出た。 国立多古場競技場――ここで、どんな試験が行われるのか。 「うう……」 連日の特訓と自主トレーニング、発目さんとの共同研究で体力の限界が訪れて、昨日は自主トレもせずに休んでしまった。 ヒーローコスチュームが届いたのは、結局試験前日……つまり昨日だ。 正直言って試運転は殆んどできていない。 ぶっつけ本番、ということになる。 「大丈夫綾目さん、酔った?」 不安が口から洩れていたらしく、緑谷くんに拾われた。 「あ、ううん、車酔いではなく……」 そろりと持ち上げたスーツケースに、緑谷くんがハッとする。 「あっそうか、ごめんね! ええっと僕も全力でフォローするよ!」 「うん、ありがとう……」 慌てて励ます緑谷くんに、疲れた微笑みを返した。 その隣から、ひょこりと頭を覗かせた轟くん。 「必殺技、出来たか?」 「うん、お蔭様で!あ、実践はまだだけど……」 訓練に明け暮れた日々を思い返してグッと拳を握った。 轟くんは、「そか」と短く返事をした後、小さく笑った。 その表情がとても柔らかでびっくりしたけれど、なんだか緊張が落ち着いた気がする。 雑談もそこそこに、相澤先生の言葉が始まった。 ピリッとした空気で物々しく語る先生。 「この試験に合格し仮免許を取得できればおまえら志望者は晴れてヒヨッ子……セミプロへと孵化できる」 「頑張ってこい」と先生が締めくくった時、A組の皆の顔が引き締まった。 これから始まる試験。 ちらりと轟くんの顔を盗み見た。 真っ直ぐに前を見ている轟くんは、経験と実力を糧に自信を持っている。 私にはまだないけれど……追いついてみせる。 ここで合格して、轟くんやA組のみんなへ、ヒーローへ近付くんだ。 「っしゃあ、なってやろうぜヒヨッ子によォ!!」 「いつもの一発決めて行こーぜ!」 盛り上がるA組、切島くんが号令をかける。 「せーのっ、"Plus"……」 そこへ、不意に加わる一人の影。 「"Ultra"!!」 誰よりも派手な音量で掛け声を挙げたのは、学外の人だった。 学帽を被った男子生徒、いったいどこの……? ――アッ。 一瞬、全身が硬直した。 「どうも大変失礼致しましたァ!!!」 突然の乱入者にザワつく雄英生に向かってものすごい勢いで頭を地面に打ち付けたのは、見覚えのある男子。 な、何故夜嵐くんがここに?! 「えっ、綾目さん?!」 思わず緑谷くんの後ろに身を潜ませた。 見間違いではない。 あの顔、あの背丈、あのテンション、間違いなく夜嵐イナサくんだ。 夜嵐くんとその後ろにいた人達が着ているのは、士傑高校の制服。 つまり夜嵐くんは士傑に進学していて、私達と同じように一年生で仮免試験を受けに来たというわけか。 「一度言ってみたかったっス!!プルスウルトラ!!自分雄英高校大好きっス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス、よろしくお願いします!!」 礼儀正しさと勢いを二乗したようなトークに、A組の面々もたじろいでいる。 士傑の人が「行くぞ」と促したので、ほっと息をついた時、夜嵐くんと視線がかち合ってしまった。 げ。 「あっ」 瞬間、夜嵐くんのテンションが再び爆発した。 「綾目さん!! やっぱり綾目さんも来てたんスね!!!」 ズカズカとこちらまでやってきて大声で挨拶する夜嵐くんに、苦笑いを返す。 「あ、あはは……奇遇だね」 「そんなことないっス、体育祭の時から綾目さんも絶対試験受けると思ってたんで!!」 そう、体育祭でテレビに映れば、自分がヒーローを目指していることは嫌でもバレてしまう。 いやしかし夜嵐くん、声が大きい、勢いが、すごい! 思わず仰け反る私に、目を丸くしたお茶子ちゃんが訊ねる。 「ゆめちゃん、士傑の生徒さんと知り合いなん?」 なんと返せばいいか考える間もなく、夜嵐くんが口を開く。 「俺は綾目さんの中学時代の同輩っス!! 綾目さんは中学の頃からヒーロー目指して毎日訓練して、努力家で好きっス!!」 「いや、そんなこと……」 「えっ?!」 "好き"という単語にドキッとしてる芦戸さん。 けれど、芦戸さんが期待するような意味合いではない。 好き嫌いが顕著で、思ったことを真っ直ぐ態度や言葉に表す……良くも悪くも夜嵐くんはそういう人なのだ。 去年まで、夜嵐くんと同じ中学に通っていた。 ヒーローを目指していたのはもっと小さな頃からだけど、小学生、中学生と上がるにつれ、周囲に隠すようになった。 五歳の頃に浴びせられた他人からの視線は、成長しても簡単には変わらずで。 家族でもない人達が不安そうな顔をするのが嫌で、ヒーローを目指すなんて言いたくなかった。 けれど見返してやるという気持ちだけはどんどん大きくなって、いつしかそれが周りとの壁になった。 あたりさわりのない笑顔を浮かべて、本当の"個性"を隠して、学校では一人。 ――だったのだけれど。 どこで聞きつけたのか、私がヒーロー志望だと知った夜嵐くんが、今みたいに勢いよく絡んできたのだ。 ヒーロー志望なんて大抵の人がそうなのに、分け隔てなくというか、底抜けの爆発力で誰にでも突撃する人だ。 まさに嵐みたいな勢いの夜嵐くんは上手くかわそうとしてもかわしきれず、同じクラスになったこともないのに微妙な縁が出来てしまった。 「綾目さんと同じ会場になれて嬉しいっス。お互い健闘しよう!!」 「うん、じゃあね……」 キビキビした所作で歩き去っていく夜嵐くん他士傑生達を見送って、大きな息を吐き出す。 夜嵐イナサくん。 はっきり言って、彼のことは苦手だ。 本人に悪気はなく、実際悪い人ではないのだけれど、夜嵐くんとは絶対に分かり合えない部分があった。 ――フレイムヒーローエンデヴァー。 私の"好き"が夜嵐くんの"嫌い"だった。 エンデヴァーさんの人気がオールマイトに及ばないのは承知してる。 高校に入った今、色んな考えの人がいて、実の息子であっても憎んでしまうこともあるって分かった。 でも中学の頃の私は、それを受け入れきれなかった。 小さい頃、大好きな人が聞かせてくれたヒーローの事を否定されたくなかった。 なんとなく気落ちする私の前で、葉隠さんが相澤先生に夜嵐くんについて尋ねる。 「昨年度……つまりおまえらの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも拘わらず、なぜか入学を辞退した男だ」 「ていうかトップの成績って……」 驚く緑谷くんの言葉はそこで途切れた。 けれど、内心私と同じことを思っていただろう。 実力は、轟くん以上なのかと。 中学生の頃の夜嵐くんがヒーローに情熱を持っていたのは良く知っている。 それでも尚、雄英入学を辞退したのは…… 緑谷くんの向こうにいる轟くんにちらりと視線を向ける。 無表情でただ前を向く轟くん。 夜嵐くんについて、特に感じることもないって顔だ。 ……ううむ、妙なことにならなければいいけど。 2018.09.24
DADA