準備
入学3日目、今日の昼休みは大騒ぎだった。 マスコミがセキュリティをつっきって乱入してきたとかで、学校中にサイレンが響き渡った。 特に混雑していた食堂はすし詰め状態のてんやわんやだったらしい。 そのころ私は一緒にご飯を食べる友達も居らず、一人寂しく中庭でコンビニのパンをかじっていたわけだけど。 オールマイトが教師として就任したとニュースが報道されてから2日間、校門に群がっていたからなにかやらかすとは思っていたけど。 なんてパワフルな仕事なんだろう報道関係者。 好きじゃないけど。 放課後、入学初日から担任にヒーロー科編入希望を宣言したおかげか、ヒーロー科の担任と対談する機会をもらえた。 これ幸いと張り切ったものの、面談室で1対1になると冷や汗が噴き出す。 真っ黒な服と首に巻いた謎素材の布、無造作に伸びた髪が特徴的な人。 A組担任の相澤先生……ヒーローネームイレイザー・ヘッド。 ドライアイなのか血走った目が怖い。 立ち振る舞いも教師然としてるわけでなく、マイペースなようでいて観察眼は鋭く、対面してるとなんだか居心地が悪くなる。 雄英の先生方は教師の前にプロヒーロー、自分のペースを貫く個性派は多い。 「綾目ゆめ、ヒーロー科編入志望だってな」 「は、はい」 先生の目つきはじろりという効果音が似合う。 思わず背筋を正した。 「入試の成績を見せてもらったが……ヒーロー科も受けてたな」 相澤先生が手元でめくっているのは生徒のデータだろうか。 「お前の個性じゃヒーロー科の実技試験で成績が残しづらかった。それを踏んで普通科も受けたんだろ」 「……そうです」 「分かってると思うが、ヒーロー科は実技が重要になってくる。入試の時と同じだとついてこれんぞ」 うっ、痛いところを。 今のヒーローにとって、パワフルな個性というのは重要だ。 対ヴィランにしろ、自然災害の救助活動にしろ、個性による現場を動かす力というのは必須。 だからこそ、体育祭で成績を残して個性の有用性を示さなきゃいけない。 入学式の翌日受けた体力テスト。 身体能力は悪くないけど、あくまで個性なしの場合。 個性ありのテストとなると伸び悩んでしまう。 「その……個性を有効活用するためにも聞きたいんですけど」 「なんだ」 「入学早々個性把握の体力テストを実施したと聞きました。その中に私のような個性を持ってる生徒はいましたか?」 「綾目の個性は珍しい部類だからな、お前と似たやつはいない」 「そうですか。ちなみにテストの成績優秀者はどんな……?」 「勤勉だな綾目。今から敵情視察か」 肩がびくっと跳ね上がった。 それを見た相澤先生の口角が上がる。 さすがプロヒーロー、バレバレだ。 あわよくばA組の生徒の個性を知りたいと思ったけど。 「事前の情報収集もヒーローにとって必要なことだが、お前の場合は個性の使い方を考えた方がいい。咄嗟の判断力、応用力も磨くことだな」 「うっ、ハイ。アリガトウゴザイマス……」 *** 面談後のD組の教室はすでに生徒がいない。 A組、B組はまだ授業中だ。 なんだか面接みたいで緊張した。 けど、入試時の筆記試験の成績は申し分ないと言われた。 ヒーロー科への編入は、実技次第だ。 判断力、応用力……こればかりは実践経験がものをいう。 実践なんてそれこそヒーロー科に比べたら機会が殆んどない。 自主トレだけでは限界があるし、ヒーロー科の授業を参考に出来たらいいんだけど。 ヒーロー科の生徒と接点が持てたら…… 「あっそういえば」 入学初日にぶつかった女子生徒、名前は確か麗日さん。 ヒーロー科って言ってたな。 垣間見た個性は人を浮かす力……なにかと便利そうだ。 彼女からコネクションを広げることはできないかな。 A組の教室の前でうろうろしてみる。 授業は終わったらしく中は賑わっている。 ヒーロー科、かぁ。 試験のときの記憶を頼りに中の生徒を想像してみる。 同じ試験会場で特に目立ってたのは爆発した髪型の男子だったな。 目つきがヴィランみたいで襲ってくる仮想ヴィランを手当たり次第爆破してた。 あんな人と同じクラスは正直お断りしたい。 いやいや、でもA組には麗日さんみたいなうららか女子もいたし。 よし、と意気込んで扉に手をかける―― 直前、向こう側から誰かが開けた。 「あ」 「ん?」 腰の引けた中途半端な状態で固まる私を見下ろす男子生徒。 さらりと指どおりの良さそうな髪は、頭の中心でぱっくりと色を変えている。 紅白揃ってめでたいカラーリング。 前髪の下からこちらを見下ろす瞳の色もまた左右異なる、いわゆるオッドアイだ。 そこまででもかなり目立つ容姿だけど、さらに眼を引くのは左目周りの肌の色。 相当古い焼け爛れたような痕がついている。 それを差し引いてもかなり整った顔立ち。 涼やかな目元のクールボーイ…… 「……そこで固まられると出られねぇんだが」 「あっごめん、なさい」 変な姿勢から元に戻ると、男子生徒はさっさと下駄箱へ向かっていく。 見とれていた。というよりは、萎縮した。 蛇に睨まれた蛙の気持ちだ。 表情は無関心を貫いて、その眼は涼やかを通り越して冷たい。 目の前にいるのにどこか遠くを見ているような、眼前の私以外の別の何かと戦っているような。 それにしても、あの顔どこかで…… 「君、A組の誰かに用があるのか?」 今度は妙にしゃきしゃきした眼鏡の男子が出てきた。 そのガタイのよさ、姿勢のよさ、声の大きさ、勢いその他もろもろに圧倒される。 あ、この人、ヒーロー科入試のときに発言してた人だ。 思わず後ろによろけつつ、「麗日さんいますか」とか細い声を出す。 ヒーロー科っていうのは人を圧迫するのが得意なのかな。 「麗日くん?彼女ならまだいるが」 「あ!あの時の綾目さん?」 名前に反応して寄ってきたらしい麗日さんが、大きい男子の腕の下から覗くように姿を現す。 そのうららかな笑顔に緊張していた心が緩まるようで、ほっと息を吐く。 「数日ぶりだね。時計は大丈夫?」 「うん!もうバッチリというかスマホで確認すればよかったって気付いたよ」 照れた笑顔もとてもうららかだ。 なにか用事と尋ねられて、本題を切り出そうと口を開いてから考えた。 クラスメイト以外の生徒が珍しいのか、室内からの視線を感じる。 「ちょっと相談があるんだけど、ついてきてもらっていいかな」 「うん?いいよ!じゃあデクくん達はごめんけど先帰ってて」 「あっうん、また明日!」 眼鏡の男子の後ろから様子を伺っていたそばかすの男子生徒が麗日さんに声を掛けられてビクッとしていた。 さっき出ていった男子とも声を掛けてきた男子とも違う属性。ヒーロー科、個性派揃いだ。 *** 「実は、ヒーロー科の授業に興味があって」 「えっそうなんだ!綾目さんってヒーロー志望?」 「う、うんまあ……」 「すごい!一緒だね!」 嬉しそうににかっと笑う麗日さんが眩しくて直視できない。 麗日さんは他人を肯定するのが上手い人だ。 しゃべってるだけでなんだか誉めそやされてる気分になって照れてしまう。 「それでね、私普通科だから自主訓練しないとって思うんだけど、どうやったらいいか分からなくて」 「それでヒーロー科の授業を参考にしようってことやね!んー、でも自主的にするのは難しいかなぁ。訓練の時は校内の施設を利用してるから」 「そうだよね……そこが雄英ヒーロー科の魅力なんだけど」 そこはイメトレで補うしかないか。イメージは得意分野だし。 授業でどんなことをやったか、A組の生徒はどんな個性を持ってるのかを聞ければ上々だ。 「この前初めてやった訓練はね、対人戦闘訓練だったよ!2人1組のペアになって、ヒーロー側とヴィラン側に分かれて戦ったんよ」 とても興味深い。ヴィラン側の思考とヒーローとしての行動を学べるいい訓練だ。 「そん中でもやっぱりすごかったのがデクくんと爆豪くん、2人の戦闘がすごくって私なんてオマケみたいな状態だったよ。あと個性がすごかったのは轟くんかな!」 爆豪くんというのは爆破的な個性を持った男子、つまり入試の時にすごかった人だ。 デクくんらしき個性の人は入試の時には見かけなかった。会場が違ったのかな。 この2人が派手にバトルしていたらしい。 幼なじみとかで私怨が入り混じってるような気がするけど、爆豪くんの圧倒的戦闘センスとデクくんのトンデモ威力のパンチがクラスで話題になったとか。 爆発とパワー……どっちも面と向かいたくない個性だ。 「それでね、轟くんは……なんか一瞬だった!氷でビル全体を覆っちゃってヴィラン側を動けなくしちゃってたよ」 なにそれ、そんな強力な個性アリなの? ヒーロー科推薦入学者らしく、その実力はお墨付きというわけか。 轟くん……轟……? 「轟くんってあのエンデヴァーの息子?!」 「えっ?!あっそうなんだっけ?!」 麗日さんは今知ったみたいな反応だけど、フレイムヒーローエンデヴァーの本名も轟姓だったはず! 今年のヒーロー科に入ってるって噂は聞いてたけど本当だったんだ。でも氷? エンデヴァーといえば燃焼系ヒーロー。 火こそ原初の力なり、炎でヴィランを圧倒するタイプだし、その息子も個性を継いでるって聞いてたけど。 「そういえば炎を使ってるところ見たことないね。でも訓練も昨日が初めてだし、みんなの個性はまだこれからって感じ!」 そうか……まだ情報は出揃ってないけど、大分有益なことを聞けたと思う。 ただ、問題はそれをどうやって対処するかだけど。 「ね、綾目さんがよければ放課後一緒に訓練しようよ!」 「訓練?」 「うん。さすがに施設を使う大掛かりなのは出来ないけど、習ったことを教えるだけでも私は復習になるし、綾目さんはヒーロー基礎学の勉強になるし!対人戦闘なら実践もできるね!」 「本当?すごくありがたい!」 麗日さん、なんて素敵女子なんだ! ヒーロー科はただでさえ普通科より授業数が多いのに、そこを押してまで訓練だなんて。 「よーし、そうと決まれば明日の基礎学から早速始めよう!放課後時間ある?」 「うん、7限の間は勉強しとけばいいし、体操服とか用意すればいいかな?」 「うんうん、教室で待っててくれたらいいけど、念のため連絡先教えてほしいな」 「そうだね、えーっとスマホスマホ……」 ポケットから取り出して、ホームボタンをポチリ。 待ち受けのエンデヴァーを見てふと思い出す。 このキツそうな眼。 ファンサービスの少ない、というかほぼない野心ギラギラのヒーロー。 こう説明すると本当にファンなのかと疑われるものだけど、小さい頃の影響が大きくなった今も残っているようなものなので致し方ない。 「あ」 「ん?どうかした?」 「う、ううん、ちょっと思い出しただけ」 同じ眼だ。 さっきA組の扉ですれ違った男子。 赤く染まった髪の方、火傷痕に囲まれた、冷たい眼。 エンデヴァーと同じ色、同じ熱。 あの人が、轟くん。
DADA