仮免試験・特訓
日本全国の人々、果ては海を越えた国外の人々までもを震えさせた大事件から数日、未だに収まらない騒動もそこそこに、新たな生活が幕を開けた。 世間からの風当たりが強くなった雄英高校が取った行動は、生徒の安全を確保するために全寮制を導入するというもの。 ヒーロー科は勿論、普通科やサポート科の生徒達が皆敷地内の寮へ集う。 とはいえ普通科はまだ夏休みの真っ最中、既に寮に引っ越した人は少ない。 多分、保護者の許可が取れていない生徒もいるだろう。 私はといえば、入院中にこちらに来ていたおばあちゃんと先生方で話があったらしく、二つ返事で許可が降りた。 おばあちゃんは、雄英に入ってからの私の成長を認めてくれているのだ。 少し照れくさいけれど、嬉しいし、もっと頑張ろうと励みになる。 *** トレーニングの台所ランド……略してTDLにて、私は再びA組生徒達の前に立っていた。 「本日から綾目も合流する。林間合宿同様互いに良い刺激にするように」 「改めて、よろしくお願いします」 ヒーロー科は残りの夏休みの期間中、実技訓練を行う。 夏季休暇の終わり頃にある、仮免取得試験に向けた最終調整といったところだ。 ヒーローにとって重要な能力の一つ、戦闘力。 それを高めるために必要なもの、必殺技を編み出すための特訓だ。 必殺技があれば……すなわちどんな状況下においても安定した行動が取れれば、それだけで戦闘力は跳ね上がる。 "個性"を伸ばして、必殺技を身につけることがこの訓練の目的だ。 それにしても、TDLはまずそうだ。 「ゆめちゃん!」 「また一緒になれて嬉しいわ」 「お茶子ちゃん、梅雨ちゃん」 笑顔で駆け寄ってきた二人に心をうららかにしながら応える。 「必殺技なんてわくわくするね!」 「どんな技が出来るか楽しみだわ」 「そうだね、私もどんな技を作ろうか……」 TDLの床はセメントス先生の"個性"で様々な姿に隆起し、その上で既に生徒達が特訓に励んでいる。 必殺技の考案、簡単にはいかないだろう。 けれど、こうして友達と励み合い、刺激し合えば何かが閃く気がする。 必殺技が完成して喜ぶ未来の自分の姿を思い浮かべてみた。 「綾目」 「はいッ!?」 そこへ突然背後から掛けられた声に、肩を跳ねさせた。 振り返れば紅白揃っためでたい髪の男の子。 「と、轟くん……」 「コスチューム、やっぱねえのか」 「あ……うん、そうだ、です」 頬を掻きながらぎこちない笑みを浮かべる。 名前を呼ばれたとき、声を聞いただけで轟くんだとすぐに分かった。 そうすると、心臓が一度大きく鼓動を鳴らす。 それというのも、林間合宿の出来事を未だに引きずっているからだ。 今も蘇る、三日目の夜の記憶。 暗い森の中、手を繋いで歩いた小道。 あの場面を思い出すと、胸の奥がソワソワして、なんだかふわふわした心地になる。 けれど……あの夜から怒涛の出来事の連続で、無くしたもの、終わってしまったものも沢山あって、自分の気持ちがよく分からなくなった。 私はあの時、どんな心地でいたんだろう。 私は今、どんな風に向き合えばいいんだろう。 答えを探しても、失った記憶がそれを邪魔する。 「……綾目?」 もやもやした思考のせいで、轟くんの言葉を聞き流してしまっていた。 「あ、ごめん。ええと、なんだっけ?」 「本番も体操服で行くのかって」 「ああ、コスチュームはね……いだっ」 「て」 「ソコ、楽シクオ喋リシテル場合ジャナイゾ」 立ち止まっていたら、二人揃ってエクトプラズム先生に小突かれてしまった。 ここにはおしゃべりをしに来たわけではないので、ごもっともなお叱りだ。 というかお茶子ちゃんと梅雨ちゃんがいつの間にかいない。何か離れたところでにやにやしてるし。 キックがヒットした後頭部を擦りながら、轟くんはこちらを一瞥する。 「悪い綾目、また後で聞かせてくれ」 「うん……また」 そう言葉を残して、轟くんはコンクリートの山へ向かう。 轟くんの姿が体育館の奥へ消えた後で、はあ、とため息を一つ。 三日目の日、襲撃の際何があったか覚えていない。 けれど、何かあったのは確実だ。 警察の人や先生、そして轟くんから聞いた話は嘘ではないと思う。 でも、実感が湧かなかった。 入院している時にお見舞いに来てくれた轟くんの、何か言いたげな目。 私が覚えていないから、話すのを止めたことがあるんだろう。 失った記憶に何があったのか。 覚えていたら、何を言おうとしていたのか。 轟くんが私の何をどう思っているのか、分からない。 宙ぶらりんのような心地がして、落ち着かなかった。 *** 「俺の場合、高さを目線に合わせると射出口が上向くんだよ。だから腕で向きを調整して、高さは的の少し上を狙う感じで……」 「なるほど……ありがとう、参考にさせてもらう」 「おう、頑張れよ」 訓練の時間が終わり、出口へ向かう生徒達。 その中にいた疲れた顔をした瀬呂くんを捕まえて話を聞いていた。 先に出て行く背中を見送って、散らかしたロープを片付けていると、またしても声が掛かる。 「……何してんだ?」 「あっ轟くん、お疲れ様」 また後で、の言葉通りやってきた轟くんは、私の手にしたロープを不思議そうに見詰めていた。 やや細めのロープをしゅるしゅると纏めながら説明する。 「これ、訓練に使ってたんだ」 「訓練?」 「うん。先っぽに重りが付いてるでしょ? これを的に投げる訓練」 先程瀬呂くんから聞いていたのも、投擲のアドバイスだ。 訓練時間の半分はそれに費やして、もう半分は"個性"の強化訓練を行っていた。 それを聞いた轟くんは、ほんのり目を見開いた。 「ロープメインにすんのか?」 今の私の戦闘スタイルは、"個性"によるサポートと肉弾戦がメインだ。 そこからロープスタイルに転向する……というわけではない。 「ううん、これはあくまで"個性"の補助に使うだけで……詳しくはコスチュームが届いてからのお楽しみかな」 「作ったのか」 「うん!」 そう、私のコスチューム。 林間合宿で受けた傷が完治して、病院を退院した後に相澤先生から話があった。 本来なら、普通科の生徒は作ることのないヒーローコスチューム。 その製作依頼を出すことになったので、盛り込みたい機能やデザイン案を列挙するように指示された。 そして、同時に私の編入条件が確定したと告げられた。 この訓練の先にある、仮免取得。 それをもって私は晴れてヒーロー科へ編入できる。 オールマイトが引退して雄英高校の風当たりも強くなったこの時期、編入させるのもそう簡単ではなかったと思う。 それでも、この学校は私の意志を尊重してくれた。 だからこそ、それに全力で応えたい。 急いで案を作成して、提出したのが三日前。 コスチュームが届くのは、急いでも試験の一週間前だ。 一人一人の"個性"に合わせた繊細な仕事だ、すぐにはできるものじゃない。 一週間では試運転で終わってしまうだろう。 だから、コスチュームが届く前でもやれることをやっていた。 「そうか、おまえも新技考えてんだな」 「いや、技って言うほどのものじゃないけど……轟くんはどう? 必殺技、できた?」 「技はまだだが……今は左右の同時発動の練習だな。左の温度調整もある程度形になってきたし」 「けど、まだあんま上手くいってねえ」と淡々と答える轟くん。 そういえば、轟くんの"個性"は"氷結"と"炎熱"のハイブリッドだけど、同時に発動したところはあんまり見たことがないかも。 体育祭、職場体験、林間合宿と思い返してみても、交互に発動したり、片方だけだったりが多い気がする。 「そっか。でも炎と氷の同時発動って……かっこいいね!」 轟くんが両の"個性"を巧みに操る様を想像して、その画面の迫力に目を輝かせた。 想像の域を出ないけれど、本物はもっとすごいに違いない。 その特訓の成果、ぜひとも見てみたいものだ。 「おまえ……相変わらずだな」 「え? そ、そう……?」 期待を膨らませる私を見て、轟くんがフッと息を吐く。 笑った、のかな。 表情が柔らかくなっている轟くんに、なんだかよく分からないけれど微笑み返した。 あれ、もしかして呆れられたのか……? *** TDLでの訓練が始まってから今日で四日目。 近頃妙に気になることがある。 「おはよー耳郎さん……」 「おはよう綾目、眠そうだね」 「うん、ちょっと夜更かししちゃって」 「毎日訓練あるのにやるねー……と、じゃね」 何かに気付いた耳郎さんが、さっと身を引いた。 「……」 振り返った耳郎さんの視線は私のやや後方に向けられている。 つまり…… 「綾目」 「轟くん、おはよう」 相変わらず表情の乏しい轟くんは、朝いちばんでも別段変わりなさそうだ。 気になることはこれ、轟くんがよく声をかけてくれるのだ。 「綾目のとこはどんなだ、寮」 「んー、大きさは一緒だと思うけど、まだ人が少なくて静かだよ」 「そか」 訓練時間中は各々集中してるけれど、開始前だとか、終わった後だとか。 嫌なことじゃない、むしろ嬉しい。仲間として。 しかし轟くんが近付いてくるとニマニマしながらA組女子が散っていくのがとても気になる。 轟くんは全く気にしてないので、それはそれで気になるというか…… 「じゃあな」 「うん、じゃあ……」 軽い挨拶を交わして、それぞれの定位置に向かう。 話す内容は寮のこととか、夏休みの課題のこととか、訓練の進み具合とか、なんてことない世間話。 なんでこんなに声を掛けてくれるんだろう。 何か意図があるのかな。 やっぱり林間合宿のことが関係あるのかな…… 期待のような、不安のような感情がもやもやと立ち込める。 ううん、それでも今は訓練だ。 集中、集中…… *** 訓練開始から数時間後。 あちこちで破壊音や爆発音が飛び交う中、顎に手を当てて考え込んでいた。 「うーん……」 必殺技開発は難航していた。 私の"個性"は敵相手なら発動するまでが苦労するので、ついついそこに意識が向いてしまう。 それに対する対処は一応考えてあるので、区別しないといけないんだけど…… 発動した後使う必殺技ってなんだろう? 相手に見せる幻覚をパターン化するとかだろうか? でも、幻覚は状況によって様々に使い分けないと、すぐに幻だとばれてしまう。 むしろ必殺技という枠にはめてしまうのは良くないような。 どんな技にするか、それは最重要項目だけれど、必殺技において重要なことはもう一つある。 すなわち、技名。 「黒影を纏うことで弱点であるフィジカル・近接をカバー……名付けて――『深淵闇躯』!」 「言いづらくない?技名は言いやすさも大事よ」 「アイヨ!」 常闇くんの編み出した必殺技、深淵闇躯(仮)にミッドナイト先生のつっこみが入る。 的確なアドバイスだ。 言いやすく、かつ分かりやすく、それでいてお洒落な……ちびっこ達が思わず真似をしたくなるようなもの。 小さい頃、テレビで見ていたヒーロー……おおむねエンデヴァーの勇姿を真似していた記憶が蘇る。 ヒーローと同じ技名を口にすれば、自分もすごい"個性"が使えるような気がしていた。 ああいうものを、自分が生み出す側になりたい。 かっこいい感じの技名が欲しい! 「技名……技名……」 「考えてるなー綾目さん」 「調子どうよ?」 「上鳴くん、切島くん」 一人唸っているところへ声を掛けられた。 A組のムードメーカーの二人組は、一息入れたところらしい。 「お疲れ様、良い技考えられた?」 「へへ、まあな。なんなら見せてやるぜ?」 得意げに笑う上鳴くんが持ち上げた右腕には、何やら装置が取り付けられている。 調子良さそうだな、上鳴くん。 二人ともどんな技名を考えたのか、参考に聞いてみよう。 「うーんそれより……技名ってどんなの考えてる?」 私の問いに、切島くんがぱちりと一つ瞬きをした。 「技名? さっきからブツブツ言ってたのってそれか」 「それよりって……まあ技名は大事だよな、大声出して叫びたくなるようなやつ?」 目を閉じて深く頷く上鳴くんに、切島くんが同意する。 「かっけぇの付けたいよな」 「英語の組み合わせとかな! 飯田のレシプロバーストみてえなやつ」 「あ、いいよねそれ! あと、文字で書くときは漢字で書いたりして」 「そーそー、黒い影と書いてダークシャドウとか」 「閃光弾と書いてスタングレネードとか」 「『約束されし勝利の剣』と書いてエクスカリバー、みたいな……」 「それなんか違くね?」 話が盛り上がり始めたところへ、一際尖った爆発音が届いた。 盛り上がったコンクリートの一つ、その上に居た爆豪くんが新たな必殺技を編み出したらしい。 爆豪くんの事はどうにも苦手だ。 林間合宿の後会ったときすごい勢いで絡まれたのが怖かったし、記憶がないと言ったら爆ギレされたし、それから私を見るたびに舌打ちしてくるので、当然良い印象はない。 でも、爆豪くんの戦闘センスは本物だ。 新技が出来て得意げにしている爆豪くんを見ると、難航していた自分の現状を思い出した。 そうだった、だべってる場合じゃない。おしゃべりはこのくらいにして特訓に戻ろう―― そう思ったとき、ボゴンと鈍い音がした。 それは、コンクリートの割れる音。 爆豪くんの"個性"によって穴が空いたコンクリート壁がひび割れ、大きく傾く。 重力に従って落ちるそれが、やけにスローモーションに見える。 その下に、人がいる。 やせ細った金髪の男性……本当の姿のオールマイト先生! 「あ、オイ上!!」 焦りの混ざった爆豪くんの声。 照明に照らされて、コンクリ片の影がオールマイト先生の体に落ちる。 迫る塊を見上げる先生。 不意を突かれて、体が動かないのか。 危な―― 刹那、高々と跳躍する影。 あれは……緑谷くん!? オールマイト先生の上に躍り出た緑谷くんは、鋭いキックでコンクリ片を粉砕した。 粉々になったコンクリ片は誰も怪我させることなくバラバラと落ちていく。 す、すごい。いつの間にあんな技を。 緑谷くん、体育祭のときは酷い怪我を負うような"個性"だったのに、いつの間にかそれもなくなってる。 パンチメインだと思ってたけどさっきのキックはすごかったし、目まぐるしい進化を遂げてるみたいだ。 それに引き替え私は、まだ何も出来ちゃいない。 「何緑谷!?サラッとすげえ破壊力出したな!」 「おめーパンチャーだと思ってたわ」 「上鳴くん、切島くん」 一緒に見ていた上鳴くんと切島くんが、関心したように緑谷くんへ近づいていく。 私も教えて欲しい。 緑谷くんの成長の理由を、私の進化のヒントを。 「さっきのキックすごかったね緑谷くん!」 「綾目さんまで。破壊力は発目さん考案のこのソールのおかげだよ」 緑谷くんが持ち上げたのは、彼のコスチュームであるシューズ……の形状がちょっと変わってる? 飯田くんに体の使い方を教わってスタイルを変えたとのこと。 「まだ付け焼き刃だし必殺技と呼べるものでもないんだけど……」 「いいや! 多分付け焼き刃以上の効果があるよ。こと仮免試験ではね」 「?」 オールマイト先生の言葉に首をかしげる緑谷くん。 よく分からないけれど、仮免試験の内容的に有利なのかな? 上鳴くんと切島くんもそれぞれコスチュームを改良して、必殺技の助けにしているとか。 なるほど……"個性"の足りない部分をコスチュームで補完して、必殺技にまで昇華するというのもありか。 「この俺のスタイルチェンジは群を抜く! 度肝ブチ抜かれっぞ見るか!? いいよ!? すごいよマジで!!」 「そこまでだA組!!!」 「タイミング!」 B組生徒がぞろぞろと入ってきたので、訓練は切り上げることになった。 コスチュームのサポートによる必殺技……ありかもしれない。 といっても、私のコスチュームはまだ手元にない。 色々と想定して要望を書いたとはいえ、実際に着てみないと足りないところも分からないし、必殺技にするなら改造も必要になるだろう。 ……想像で考えるしかないのかな。 うーん、まだ道のりは長そうだ。試験、間に合うかな。 --- 後書き 林間合宿女子会でかっこいい"個性"について熱弁する夢主を書こうとして書いてなかった。 というわけで大分書き直しました。 2018.01.11 -> 2018.02.15
DADA