仮免試験・一次選考
その後も他校の生徒に絡まれたりしつつ、試験説明会の会場にやってきた。
その前に、全員ヒーローコスチュームに着替えているわけで……
「ゆめちゃんのコスチューム姿、初めて見るわ」
手首の装置を気にしていると、梅雨ちゃんに声を掛けられた。
そう、今の私はヒーローコスチュームの姿である。
体にフィットして動きやすく、爪先や膝にはサポーター、肘も守られ格闘を想定した作りになっている。
勿論"個性"もカバーすべく、あらゆる機能を搭載している。
手首にはリストバンド、腰にはベルトと吊られたポーチ、背中にはリボン、そして頭にはヘッドホンサイズのヘルメットと目元を覆うシールド。
色々ついているけれど、着なれていないのでそわそわしてしまう。
「う、うん……私も見慣れてないデス」
「届いたの昨日だったんよね……でもでもゆめちゃんなら大丈夫!」
お茶子ちゃんの励ましに、硬い笑顔で応える。
うん……シュミレーションは何度もした、大丈夫大丈夫。大丈夫……多分。
深呼吸して落ち着かせていると、ふと視線を感じてそちらに顔を向ける。
「綾目のスーツ……イイ」
にやけた顔の峰田くんがいたので、真顔で逆方向を向いた。
ら、轟くんと目が合った。
「!」
視線が合ったまま、無言で時間が過ぎていく。
「……」
ええっと、コスチューム姿が珍しいのかな。
でも真顔で見つめられるとソワソワする。
何か声を掛けようかと口を開いたタイミングで、マイクに乗って男性の声が会場に響いた。
「えー……ではアレ、仮免のヤツを……やります」
試験の説明が始まったみたいだ。
正面に備えられたマイク台に登壇した男性が、気だるげに口を開く。
その説明によれば、今この場にいる受験者全員で勝ち抜け戦を行うという。
受験者はそれぞれ体の三か所にターゲットを装着して、支給された六つのボールを相手のターゲットに当てる。
二人倒せば条件達成、先着百名のスピード勝負だ。
百名……シビアな数に生唾を飲み込んだ。
数多の"個性"入り乱れる乱闘、そしてそのフィールドは。
説明会場の壁と天井が割れ、青空が顔を出す。
競技場一面には、ビル群や工場、大きな山に川……あらゆる地形が展開していた。
「先着で合格なら……同校で潰し合いは無い……むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋……! 皆! あまり離れず一塊で動こう!」
緑谷くんの言葉に同意する。
「連携を取るなら私の"個性"も使おう!」
林間合宿の時と同じ要領だ。
私が差し出した手に皆が次々触れていく中、爆豪くんが悪態をついた。
「フザけろ遠足じゃねえんだよ」
「バッカ待て待て!!」
すたこらと走り去る爆豪くんを追いかけて、切島くんと上鳴くんも離れていく。
「俺も、大所帯じゃ却って力を発揮出来ねぇ」
「轟くん!!」
同じくすたこらと去ろうとする轟くんに緑谷くんが慌てて呼びかけた。
「待って、パスだけでも繋いでおこう!」
轟くんの制圧力の高い"個性"は、確かに仲間を巻き込む可能性も高い。
けれどこの試験では、無数の受験生が参加している。
轟くん一人で御しきれない相手だっているかもしれない。
離れたところにいても、私の"個性"で連携が出来れば補えると思う。
「……分かった」
短い返事をした轟くんが、私の差し出した手に触れる。
すぐに小さくなる背中。
パスが繋がった感覚を確かめながら、走り出したA組を追いかけた。
そして――開始の合図が響き渡る。
『3、2、1……START!』
瞬間――!
***
スタート直後に始まった大乱闘スマッシュボールズ。
敵味方の必殺技入り乱れる激戦かと思いきや……一人の受験生の"個性"が文字通り場をひっくり返してしまった。
地震みたいな大きな揺れのせいで、地面はひび割れあちこち隆起している。
情報の割れている雄英高校を狙った一撃だった。
私も例外なく巻き込まれ、A組の皆と引き離されてしまった。
幸いパスは切れていないので、一番近くの人と合流しようと走る。
地割れの酷いグラウンドから離れ、工業地帯へ入った。
その時。
前方、建物を繋ぐパイプや給水塔の上に現れた複数の影。
それは色とりどりの忍者衣装に身を包んだ受験生だった。
「雄英生だな。こんなところに一人でのこのこと現れるとは」
「こちらには轟が来たはずだけど……」
お揃いのスーツを着た見るからにチームの受験生達は、どうやら轟くんを狙っていたらしい。
ってことは、このパスは轟くんのだったか。
距離を詰めようとしない彼等は、私の"個性"もリサーチ済みなんだろう。
「綾目……"個性"は"アイジャック"……対象に触れなければ発動できない"個性"など、我々の敵ではない!」
勇ましい掛け声と共に、奥にいた黒い忍者がパイプに触れた。
するとパイプが不自然に曲がったかと思うと、私目掛けて猛スピードで伸びてきた。
「!」
眼前に迫るそれに、思わず手を突き出す。
蛇のようにうねったパイプが手首に絡み付き、勢いよく工場の壁に突き刺さった。
「この"個性"!?」
金属製のパイプにがっちりと手首を固められ、身動きが取れない。
「こいつは俺がいただく……」
黒い忍者が地面に手をつくと、地面がぼこりと盛り上がる。
細長く伸びた先端に器用にボールを挟みこみ、そのまま蛇のようにこちらへ伸びた。
「……!」
鳴り響く甲高い音。
同時に伸びた塊の表面が凍りつく。
分厚い氷で覆われた塊は動きを止め、私にぶつかることは無かった。
「この"個性"は……」
黒い忍者が、苦々しく呟いた。
地面に下ろした手に力を入れると、氷に覆われた塊がしゅるりと縮こまる。
「綾目!」
頭上から降ってきた声。
建物の屋上から現れたのは、轟くんだった。
「轟くん!」
轟くんの姿を捉えた忍者達が、即座に体勢を整える。
「やっぱりいたね、轟。お前たち、手筈通りに行くぞ!」
赤い衣装の忍者が懐から取り出したのは、白銀色のボルトとナット。
轟くんに向けて放った途端、それは何十倍ものサイズに膨れ上がった。
「!」
轟くんが振り上げた腕から、炎がボルトへ放たれる。
しかし、速度は殺せたものの、高温に焙られてもその形に変化は無かった。
あのボルトは特殊合金、熱に強い素材で作られているみたいだ。
ならばと生み出した氷の壁に、巨大化したボルトやナットが幾つも積み重なる。
続け様に生まれた大きな衝撃に耐えきれず、氷の壁に亀裂が走った。
「チッ!」
砕けた氷の陰から、炎を放つ轟くん。
しかし、赤い忍者の脇で控えていた他の忍者が動いた。
二人掛かりで浴びせた水の"個性"が、轟くんの炎を相殺する。
氷には巨大化の"個性"、炎には水の"個性"、轟くんを狙っていただけに、ピンポイントに攻略を組み立てている。
更に。
「なッ!?」
後ろに控えていた黒い忍者が地面に手を触れた瞬間、轟くんの足元の地面が隆起する。
草結びのように足を捉えられ、轟くんがバランスを崩した。
「今だ、畳み掛けろ!」
黒い忍者の声に応じるように、地面から無数の金属の柱が伸びる。
蛇のように頭をもたげたそれらは、一直線に轟くんへ放たれた。
「――させない!」
片手が封じられているけれど、轟くんに全員の意識が向いたこの隙なら。
コスチュームの腰に付いたポーチから、ボールと同じくらいのサイズの球体を取り出した。
遠距離攻撃同士の戦い、これだけの距離なら。
敵陣目掛けて球体を思い切り投げ飛ばした。
「何だっ!?」
轟くんに向けて"個性"を放たんとしていた忍者達が、一瞬動きを止める。
――今だ!
球体に向けて、"個性"を発動した。
「ぐあっ!」
「何……?」
「くそ、何だこれは、目がぁ!」
忍者達が頭や目を押さえて悶え始める。
う……上手く行った!
実戦は初めてだけど、想定通りに行ってるみたいだ。
「何だ……?」
「轟くん!」
「!」
攻撃を止めた忍者達を訝しんでいた轟くんが、私の呼び声にハッとする。
轟くんの足元から広がった氷が、忍者達の足を縫い付けた。
「クソっ!」
巨大化の"個性"の赤い忍者は自分の足元にボルトを投げ付けそれを破壊する。
黒い忍者もまた、壁に沿って走るパイプから生み出した金属の塊で氷を砕いた。
しかし目が見えていない今、下手な動きは出来ない。
その隙に私の元へやって来た轟くんが、熱でパイプを変形させた。
「ありがとう……」
「あっちか!」
「!」
炎の熱を感じた忍者が水の"個性"を打ってくる。
黒い忍者が触れたパイプが不気味に蠢き、大きく振り回った。
どちらも空振り。
しかし、向こうの方が手数は多い。
轟くんと頷き合って、一旦忍者達から距離を置いて身を隠した。
工業地帯は入り組んだ造りをしていて、手近な建物の影に潜む。
轟くんの氷はボルトによって砕かれたらしい。
忍者達は目を擦りながらフラフラしている。
その様子を伺いながら、轟くんが口を開いた。
「綾目、おまえの"個性"か」
「うん、これのお陰」
ポーチから取り出した球体の装置を轟くんに見せた。
試験に使うボールと同じ程度のサイズ感、つるりとした表面からは感じにくいけれど、この中には無数の回路が詰まっている。
轟くんからヒントを得て、発目さんに開発してもらった道具。
これに私の"個性"を繋げることで、無線のように"個性"を広範囲に分散させることが出来る。
範囲はある程度調節可能で、人や機械を無差別にジャックする。
試しにと手元の球体にパスを繋げて、数秒"個性"を発動すると、轟くんが驚いて瞬きをした。
轟くんの視界には、モザイクがオーバーレイしたようになっている筈だ。
先程投げた球は忍者達の中心に落下して、彼等の視界に同じくモザイクを掛けている。
分散された薄い"個性"なので視界を完全にブラックアウトすることは出来ず、また発動させる対象を選択出来ない。
まだまだ改善点は多いけれど、試験までにはなんとか形になった。
「必殺技、か」
「うん!」
轟くんが感心したように漏らした言葉に、試験中なのにちょっとはしゃいでしまった。いかんいかん。
私の必殺技で足止めできる時間はそう長くない。
さっくりと戦略を立てなければ。
「それにしてもなんでこんなとこにいんだ、緑谷達と一緒じゃなかったのか」
「それが、かくかくしかじか……」
分断された経緯を簡単に説明する。
スタート直後の集中砲火、分断された後も現れる雄英狙いの集団。
多分、仮免試験において雄英潰しが恒例になってる。
「で、わたしから一番近いパスを辿ってみたら轟くんだったの」
言いながら指し示したのは、コスチュームのシールドに映った三重の円と、その上を動く複数の点。
私を中心に、遠隔パスを繋いだ人達の距離を示している。
林間合宿の魔獣の森で構築したイメージと同じものだ。
このシールドは、私が遠隔パスを繋げたら自動的に点を映し出してくれる優れものだ。
私の頭とメットが接触していないと使えないけれど。
「ってことは、今この辺りにいるのは俺と綾目だけか」
「そうなるね」
轟くんがシールドに映る映像を見て言った言葉に、頷いた。
多勢に無勢だけれど、この映像を見る限り近くに雄英生はいない。
あの忍者達は私達で対処しなくちゃいけない。
「あいつらは俺狙いの"個性"だ。綾目なら抜け道はあるか?」
氷には衝撃、炎には水。
そして、どちらもをサポートする黒い忍者の"個性"。
忍者達の動きは対轟くんを徹底している。
だからこそ私の行動で統率を乱せるかもしれない。
これまでの"個性"の打ち合いで見えたのは、轟くん一人に対し、赤い忍者を始め複数の忍者で確実に対応している点。
そして、黒い忍者がその均衡を崩す一手を打ってくる。
複数人を相手取って拮抗してる轟くんもナチュラルにハイレベルだけれど、あの黒い忍者が居る限り押されてしまうだろう。
「問題はあの黒い忍者だけど……」
黒い忍者の"個性"は、恐らく金属を意のままに操るもの。
そして、工業地帯のパイプや地面はどれも金属製、あの黒い忍者にとって絶好のロケーションという訳だ。
轟くんの氷結で固めても、熱で変形させても、次々と攻撃を繰り出すことが出来る。
でも、弱点もある。
パイプや地面を変形させた時、黒い忍者は手で触れていた。
触らないと発動できない"個性"だ。
赤い忍者が飛ばして来たボルトが黒い忍者の"個性"で変型しなかったのもそれを裏付けている。
なら、私の打てる手はある。
「巨大化の"個性"と、水の"個性"の人達を引き付けてほしい。あの黒い忍者は私がなんとかする」
「任せていいんだな」
「うん」
轟くんが目を合わせて頷く。
それを見て、私も気合いを入れた。
轟くんとの共闘だ。
2018.09.24