仮免試験・試験結果
「炎と風の熱風牢獄か……良いアイディアだ……並のヴィランであれば諦め……泣いて許しを乞うだろう」 高熱を孕んだ風が皮膚を焼くその中でさえ悠然とたたずむのは、プロヒーローの余裕か。 ギャングオルカは静かに語る。 「ただ、そうでなかった場合は?撃った時には既に……次の手を講じておくものだ」 轟が見上げる中、ギャングオルカが手にしたボトルから零れる水が彼の皮膚を潤した。 そして、炎を纏う風の中心から放たれた広域の超音波によって、その檻は脆く崩れ去る。 「で、次は?」 シャチの頭の巨大な口から覗く牙。 ぎょろりと開かれた目が、無情に轟と夜嵐を見下ろす。 様相にも怯まず睨み返す轟だが、窮地を理解していた。 次の手など、ない。 完全に体の動かない轟と、僅かながら"個性"のコントロールが効く夜嵐。 ギャングオルカは夜嵐を超音波で確実に封じた後、悠々とヴィラン達の加勢へ向かうだろう。 歯を食いしばる轟。 だが、麻痺した体ではそれ以上の力が入らなかった。 刹那。 「――」 僅かに視界が揺れた。 ギャングオルカが地震だと認識する僅かな時間で、それは大きな揺れに変貌した。 激しく揺さぶられる視界の中、ギャングオルカを中心に盛り上がった地面が次々に地割れを起こす。 直後、その隙間から吹き上がる突風が彼の行く手を阻んだ。 更に、舞い上がる砂埃に混じってどこからか炎が上がった。 膨れ上がった火の渦が、ギャングオルカ目掛けて降り注ぐ。 反射的に防御姿勢を取りながら、畳み掛けるように降り掛かる災害の出処を探った。 ヴィラン達を足止めした地震や、先程消し飛ばしたはずの檻に酷似している。 受験生の"個性"か――真堂の、夜嵐の、轟の。 否。 「幻覚……!」 ギャングオルカがそう口にした時、背後の幻を突き抜けて現れた緑谷。 「二人から離れて下さい!!」 風を切って繰り出された緑谷の足が、ギャングオルカの腕に阻まれる。 プロテクト越しに伝わる衝撃は本物。 幻覚を見せることで生じた隙に付け入る奇襲作戦か。 地震、風、炎……それは、綾目ゆめの"個性"だった。 吹き荒ぶ風の空気の機微も、踊り狂う炎の光も、砕けた地面の舞う砂も、限りなくリアルに近い。 ギャングオルカの視界を支配するのは、くっきりと浮かび上がる幻だ。 装置越しの荒い映像ではなく、直接繋がれたパスによるもの。 ――あれは直ぐに仕留めた筈だが。 男は思い返す。 真堂の動きを止めた直後、ゆめに接近し同様に超音波を当てた。 ――いや、その時か。 ギャングオルカとゆめの距離が縮まった一瞬で、彼女は男に"個性"を繋いだのだ。 パスを繋ぐ際に難あれど、一度繋いでしまえば距離は関係なく発動できる。 その特性を利用した攻撃だった。 攻撃を喰らいながらも、次の手を打っていたというのか。 緑谷の蹴撃の合間から、ギャングオルカは遠くにいる少女を見た。 笑っている。 満身創痍の有様で尚、不敵な笑みを浮かべていた。 ――面白い。 敵の隙を作ることも、奇襲を掛けることも、次手を考えた上での行動。 プロとなれば当然求められるスキルだが、道半ばの若者にその光明を見た。 若いゆえに未熟な者もいるが、それを反省し取り返さんとする行動力や互いを補う連携力に、内心喜色を滲ませるギャングオルカだった。 ――ならば次は、どんな手を見せてくれる。 ただのヴィラン役としてここにいるのではない。 彼もまた、未来のヒーロー……同業者として肩を並べる者を見極めるためにそこにいた。 その期待を表情に出すことはなく、緑谷へ無感情に視線を向けたその瞬間。 ビー!! 「!!」 会場に鳴り響いた無機質な音は、試験終了の合図だった。 『えー、只今をもちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますがこれにて仮免試験全行程、終了となります!』 「終わった!?」 アナウンスが流れる最中も、警戒を解かず距離を取る緑谷。 ギャングオルカは、ブザー音の残響の中しばし佇んだ後、ヴィラン役のサイドキック達の元へ向かった。 「……」 戦闘の昂りが消えない緑谷はその背中から目を離さずにいた。 やがて終了した実感が湧き始めると、そこに倒れている少年たちを思い出した。 「ハッ!轟くん、夜嵐くんも大丈夫!?」 「悪ィ、運んでくれ……」 弱々しく喉を震わせた轟の元に、緑谷が飛んでくる。 至近距離で超音波を喰らった轟は、セメントで固められたのも相まって体が動かない。 緑谷に支えられて体を起こしながら、夜嵐に視線を向ける。 自力で起き上がろうとしている夜嵐は、視線を上げないまま静かに唇を噛み締めていた。 「……」 直前の記憶を思い返す。 試験の最中だと言うのに、互いにむきになって敵前で醜態をさらした。 エンデヴァーと同じだと言われた時、脳裏で一瞬考えた。 ゆめなら、それは違うと否定してくれるだろうと。 けれどゆめは隣にいなかった。 ざわめく心を鎮められないまま、夜嵐と反発して、そして―― "バッカモノー!!" ストレートな叱咤の言葉。 その言葉をぶつけたのは、他でもないゆめだった。 一次試験の最中垣間見せた狂気はあれど、あの時のゆめは強く前を見ていた。 轟と夜嵐に純然たる言葉を投げかけたゆめは、ヒーローという目標をしっかりと見定めていた。 あの時のゆめの心が本物だったからこそ、その言葉は真っ直ぐに轟達を貫いた。 ならば、あの"野心顔"は―― *** 試験終了のブザーが鳴った後、更衣室でコスチュームから制服に着替えた。 それから競技場へと戻ったけれど、体力を使い果たしてフラフラだ。 「うう、頭熱い……」 "個性"をフル発動していたので、頭はガンガン目もヒリヒリだ。 後は結果を待つだけなので、これ以上酷使することはないと思うけれど。 最終試験、どうだっただろうか。 最初はあまり"個性"を使えなかったから、基本的な救護措置しかしていなかった。 ヴィランが登場してからは……瞬殺だった。 もしかしてろくな活躍してないのでは。 「うう……」 「ゆめちゃん大丈夫?」 隣のお茶子ちゃんが心配そうに声を掛けてくれた。 「あ、うん。ちょっと不安で……」 「わかる。こういう時間いっちばんヤダ」 「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ」 耳郎さんと八百万さんも話に加わり、少しでも気を紛らわそうとしてくれた。 そうだよね、自分なりに一所懸命考えて行動したし、ギャングオルカにだって立ち向かったし。 緑谷くんの奇襲をサポートする"個性"……元祖"アイジャック"、触れた対象の視覚情報を上書きする。 地震、風、炎。直近で見たものだから、リアリティも申し分なく構築できたと自負してる。 多分きっと、ちゃんと見てくれてるよね。 きっと、うん。私の"個性"分かりにくいけど…… そこへ、館内放送が響き、採点結果が準備出来たことを告げる。 『受験生の皆さんは競技場へ集合してください』とアナウンスが話し終えると、競技場に大きなモニターが登場した。 殆んどの受験生はすでに集合していて、あそこに結果が映るのかとにわかに騒ぎ始める。 モニターの前に置かれたマイクの前に試験開始前に見た男性が立って、覇気のない声で説明を始める。 採点方式は持ち点100点から、ヒーロー公安委員会とHUCによる減点方式。 持ち点が50を切った時点で不合格……一度下がってしまったら、後半でどれだけファインプレーをしても回復は出来ないということか。 『とりあえず合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい……』 男性が示したモニターの画面が切り替わって、ずらりと並んだ名前が表示された。 ぱっとみただけで多くの名前が映ってる。 この中に名前があれば合格……! 綾目……綾目…… 綾目……!! 「あ……」 モニターの光が疲れた目に眩しくて、特殊眼鏡をかけても少しかすんで見える。 無機質な文字列を必死に目で追って、ようやく見つけた。 「っったぁー!!」 『綾目 ゆめ』の文字が、確かにそこに在る。 卵から孵ったヒヨっこの中に、私も名前を連ねていた。 「麗日ァ!!」 同時に隣でお茶子ちゃんが飛び跳ねた。 「お茶子ちゃんも!?」 「麗日あったよゆめちゃん!ゆめちゃんも!?」 「うん!」 「ヤッター!!」 嬉しくなってお互い抱き着いた。 何度見ても、私の名前が表示されてる。 受かった。受かったんだ、仮免試験! 私も仮免ヒーロー、そしてヒーロー科!! これからもっと目標へ近付ける。 プロヒーローへ近付いたんだ! 「轟!!」 お茶子ちゃんときゃっきゃしていると、背中から大声で轟くんを呼ぶ声が聞こえた。 振り向けば、夜嵐くんが大股で轟くんに近付いているところだった。 轟くんの前に着いた夜嵐くんは、ぐっと口を閉じたまま轟くんを見下ろす。 無言で見返す轟くん。 二人とも、その表情に喜びは滲んでいない。 つまり、轟くんと夜嵐くんは…… 「ごめん!!」 夜嵐くんが頭を思い切り地面に打ち付けた。 頭を下げる――夜嵐くんの謝罪だった。 「あんたが合格逃したのは俺のせいだ!!俺の心の狭さの!!ごめん!!」 その音量に、周りの雄英生始め受験生達が二人に注目する。 そんな中、轟くんは静かに口を開いた。 「元々俺がまいた種だし……よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気付けたこともあるから」 轟くんに声を掛ける芦戸さん達、心配そうに見守る緑谷くんたち。 私も轟くんに何か声を掛けようとして、けれど今の私が言える言葉は何か考えあぐねているうちに、アナウンスが流れた。 黒いサングラスと黒いスーツの公安職員からプリントを手渡され、内容を確認するよう告げられる。 うーん、68点。 ボーダーラインは50点なので、微妙な点数だ。 全体的に活躍が乏しいと言われている。 ヴィランの対応ではなく、救助の方に回るべきだったと。 確かに私の"個性"は情報伝達に向いてるわけだし、被災者をいち早く発見して伝達すべきだったかもしれない。 ……必殺技、考えたんだけどなぁ。 決して通用しなかったわけじゃないし、役に立てたと思うんだけれど。 減点方式なので、悪いところははっきりするけれど、良かったところは評価されていない。 プリントとにらめっこしているところに、後ろから覗きこむようにお茶子ちゃんの顔が現れた。 「どう?」 「うーん、そこそこ……お茶子ちゃんは?」 「私もそこそこかなぁ」 一通り配り終えたらしく、公安の男性がアナウンスを再開する。 仮免許取得によって出来ること、そこに伴う責任、そしてオールマイトのいなくなったヒーロー界のことにまで話が及んだ。 『そして……えー、不合格となってしまった方々』 更に続いた言葉は、不合格者へのものだった。 今回の試験で落ちてしまった人には、三か月の特別講習を受講した後個別テストの結果如何で仮免許を発行できるという。 それを聞いた轟くんと夜嵐くんの目に力が入った。 『学業との並行でかなり忙しくなると思います。次回四月の試験で再挑戦してもかまいませんが――』 「当然!」 「お願いします!!」 二人の向こうで爆豪くんも顔をくわっとさせているのが見えた。 爆豪くんも落ちてたのか…… *** それから数時間後―― 「おおお……」 ついつい感嘆の声を漏らしてしまった。 今私の手の中にあるのは、ピカピカの四角いカード。 合格者は会場で証明写真を撮り、その場で仮免許が発行された。 これで私もヒーローへ近付いた。 私の目標は、お母さんみたいな人に、そしてヒーローになること。 未だに私の中のヒーロー像ははっきりしていないけど、ともかく一歩進んだ気がする。 「綾目、帰ったら諸々の手続きがある。明後日までに準備しておけ」 「あっ、はい!」 隣にやってきた相澤先生が手短に要件を伝えた。 仮免を取った私は晴れてヒーロー科へ編入する。 そのために色々書類を用意しないといけない。 まずおばあちゃんに電話して、D組の寮からA組に移動することにもなるし……明日一日で終わるかな。 「イレイザー」 傑物高校の先生、Ms.ジョークに話かけられた相澤先生は、足を止めて先生同士の会話に興じた。 そこへ、別方向から元気な足音が近付く。 「おーい!!」 けたたましい足音の持ち主は夜嵐くんだった。 ブンブン手を振りながら轟くんへ声を掛ける。 「轟!!また講習で会うな!!けどな!正直まだ好かん!!先に謝っとく!!ごめん!!」 「こっちも善処する」 夜嵐くんの音量にも動じず、轟くんは淡々と返した。 それを聞いた直後、夜嵐くんの体がぐりんと向きを変える。 「それと!綾目さん!!」 「ひぇいっ!?」 勢い!!すごい勢い!! これに動じないとか大物にも程がある! 「試験の時は見苦しいところをお見せしたっス!」 バッと頭を下げる夜嵐くん。 「綾目さんの叱咤が無かったら、他の受験生まで巻き込んでたかもしれないっス!」 「いや、別に思ったことをしたまでで……」 たじたじになりながらも、両手を振った。 またすさまじい勢いで頭を上げた夜嵐くんは、キラキラと瞳を輝かせながら大きな口で笑う。 「さっすが綾目さん!!俺思ったけど、綾目さんともっと話したいっス!!互いにヒーロー目指す同士として情報交換しませんか!!」 そう言って夜嵐くんが取り出したるはスマートフォン。 「!!」 私の中で稲妻が走った。 士傑高校の授業というのは気になるけれど…… 走馬灯のように走る過去の情景。 中学の頃斜に構えていた私、高校に入学してどんな手段でも上り詰めてやると息巻いていた私、お茶子ちゃん達への罪悪感、エンデヴァーさんの勇姿、お母さん、中学での夜嵐くんの大声、芦戸さんの微笑み、轟くんの真顔、猫ちゃん。なんで猫ちゃん? 「……ゴメン!!」 宇宙を彷徨っていた意識が戻ってきたとき、夜嵐くんに負けない大声で頭を下げていた。 「私ね、実は中学の時から夜嵐くんのことちょっと、いやかなり苦手で!」 夜嵐くんの体が固まった。 「試験の時のアレで分かるかもしれないけど、私エンデヴァーのファンなの!でも夜嵐くんエンデヴァー嫌いでしょ?ちょっとそこは相容れないっていうか……エンデヴァーのこと好きになってからまた声かけてほしいかな!!」 そこまで言い切ってちらりと夜嵐くんを伺うと、笑顔の抜けた顔でぽかんとしている。 そうしてフリーズすること数秒、夜嵐くんの顔がくわっと動いた。 「成る程!!!」 夜嵐くんの"個性"でその巨体が吹っ飛んだ。 なんというオーバーリアクション。 「俺、自分のことばっかで綾目さんの"個性"も好きなヒーローも全然知らんかった。出直してくるっス!!!」 離れたところに着地した夜嵐くんは、十二分な大声で告げて、そのまま走り去っていった。 ……まさに嵐のごとし。 「……すィ☆彼は――大胆というか繊細というか……どっちも持ってる人なんだね☆」 横から出てきた青山くんが評した。 これでよかった……よね。 夜嵐くんは悪い人ではないし、今日のいざこざでちょっと柔軟さを持った気もするし、次に会うときは仲良くできるかもしれない。 次に会うのがいつになるかは分からないけれど。 大きくため息をついたところで視線を感じ、頭を持ち上げる。 すると、轟くんが無言でこちらを見詰めていた。 「あ、えへへ……」 轟くんの前でエンデヴァーについて大声で話してしまったのを笑ってごまかす。 轟くんはそれについては特にコメントもなく、少し目を伏せた。 「……悪かった、あん時」 「えっいいよ何も!」 轟くんまで謝罪するので、ブンブンと手を振る。 僅かに身じろぎをした轟くんは、私の手元の免許証に視線を落とした。 「これで綾目もヒーロー科か」 「あ……うん、そうだよ!編入したらA組の皆にも直ぐ追いつくからね」 そう言った言葉尻が跳ねた。 他人から言われると喜びも大きい。 鼻息荒く腕を持ち上げる私に、轟くんはふと訊ねた。 「なりたいヒーローっての、見つかったか?」 「うーん、それはまだ……」 「そうか」 仮免許を取ったけれど、未だに目標が定まり切っていない。 でも、ヒーロー科で技術や経験を積めば、目指したいヒーロー像も見えてくるかもしれない。 もうじき始まる新学期、そこでの体験を夢想する私の隣で、轟くんが口元を緩める。 夕日に照らされた轟くんが、私を見ている。 「綾目なら大丈夫だ」 大丈夫。 その言葉には、沢山の意味が込められているようだった。 その全ては汲み取れなかったけれど、漠然と信頼感を感じてなんだか照れくさくなる。 「そ、そうかな……」 「けどあいつは止めとけよ」 「あっはい」 頭を掻く私に、轟くんはぴしゃりと言い切った。 私も大概だけど轟くんも相変わらずである。 私がエンデヴァーさんみたいに振る舞うってのは自分でも想像し辛いかなぁ。 *** 赤く染まる空の下、送迎のバスに乗り込んだ。 発進したバスに揺られながら、もう一度仮免許を取り出す。 仮免許の私は少し固い表情で、緊張と興奮が入り混じっているのが見て取れた。 夏休みは後一日。 もうじき新学期が始まる。 --- 後書き。 書き直しました。 アニオリの忍者達はキャラ変わってるかもしれないっす…あと黒い忍者の"個性"は映画をイメージしていただければと思います。 新学期始まるまで原作より一日伸ばしたので、閑話休題的なものを挟みたいと思います。 2018.09.24
DADA