夏休み最終日・その2
部屋王、それは少年少女のセンスとプライドを賭けた戦い。 割り当てられた寮の部屋という空間で、己の魂をつぎ込んだインテリアを競い合う。 容赦のない評価の荒波に揉まれながら、その先にある栄光を掴み取れ。 渾然と輝くのは前回王者砂藤力道。それに対する挑戦者は綾目ゆめ。 今、戦いの火ぶたが切って落とされる――! ――というものかはさて置き。 「部屋王?」 聞き慣れない単語に首を傾げたものの、よくよく聞いてみれば、部屋王とは即ち部屋の見せ合いっこらしい。 成程、皆が部屋の掃除をしてたのはこういう訳だったのか! ワクワクしている人やソワソワしている人、疲れた顔をしている人……様々な反応を見せているけれど、どうやら全員参加らしい。 ちらりと視界を掠めた轟くんは、皿の上に一口分残ったケーキを口に運んだところだった。 見せ合いっこということは、轟くんの部屋もお訪ねしちゃうのかな……ちょっとそわそわ……ってそうではなく! 部屋王なんて初耳だ。人を招くつもりのインテリアにはしてない。 「私は見学というわけには……」 「A組の伝統行事だからね、当然ゆめちゃんにも参加してもらいます」 おずおずと尋ねた私に、フンスと鼻を鳴らすお茶子ちゃん。 「伝統も何も、この夏寮制になったばかりじゃあ……」 「これから伝統にしていくんよ!」 むむむ、郷に入っては何とやらか。 「前の優勝者は砂藤……けど今回ケーキはもう食った後だ」 「女子票が集中することはないな」 上鳴くんの言葉に真剣な顔で頷く瀬呂くん、割と本気で臨んでるのかな…… その後ろで、心底詰まらないと欠伸をした爆豪くん。 「くっだらねー、寝る」 「待て待て爆豪、おまえ前回だって不参加じゃねえか」 立ち去ろうとして引き止めた切島くんに、爆豪くんは鋭い目付きで振り返った。 「うるせぇ、俺に指図すんな。大体このパーティだって気に食わねぇ、俺達ゃ仲良しごっこやってんじゃねえぞ!」 張り上げた声がホール中に響く。 まーまーと宥める切島くんの様子からしてよくあることみたいだけれど、爆豪くんの言うことも一理ある。 ここは雄英高校、プロヒーローになるための場所だ。 夏休み最後の一日、爆豪くんにとってはパーティまでが許容範囲だったのかもしれない。 盛り上がっていた空気が若干萎みかけた時、ぽつりと放たれた一言。 「部屋、散らかってんのか?」 爆豪くん含め、その場の視線が一気に声の元へ向いた。 そこにいたのは轟くん。 「ああ……?」 爆豪くんのこめかみに青筋が立ったけれど、轟くんは全く気にしていない。 抑揚の少ない声でそのまま続ける。 「よっぽど見せたくねぇワケでもあんのか」 よっぽど見せたくねぇとは、いったい爆豪くんの部屋に何があるというのか。 あんまりにも真剣な声色なので、周りのオーディエンスにもシリアスが伝染する。 まさかヤバイもんでも栽培してるのかとか、高価な壺でも置いてんのかとか、大事な祖母の形見でもあるのかとか、好き勝手にざわめき始める。 峰田くんが「エロ本か?」とひっそり口走ったところで、爆豪くんの怒りのボルテージが頂点に達した。 「んなわけあるか!!」 バーン! と爆豪くんがぶっ叩いたのは、彼の部屋の扉だった。 爆ギレした爆豪くんは、どうだと言わんばかりに扉を全開にする。 「これのどこが散らかっとんだ!!」 皆の興味が集まった爆豪くんの自室は、怪しいものは何もない、綺麗に整頓された部屋だ。 「おお、流石の天才肌」 「エロ本ねえのか……」 しげしげと眺めるクラスメイト達に、ハンと鼻を鳴らす爆豪くん。 「すぐにとっ散らかすてめーらとは違うんだよ」 「マジかよレベルが違いすぎた……」 がっくりと肩を落とした上鳴くんは、普段は部屋を散らかしてしまうタイプなのかな。 ぱちくりと瞬きをした轟くんに、爆豪くんがずいと顔を寄せる。 「これで分かったか」 素直に頷く轟くん。 「ああ、普通だな」 その一言は余計だった。 再び爆豪くんの眉間に深いしわが刻まれる。 「んだとこの半分野郎が!てめえの部屋はどうだってんだよ!!」 「俺の部屋?」 噛み付かん勢いの爆豪くんと全くブレない轟くん、テンションの差で風邪を引きそうだ。 「気になるんなら見に行くか」 「行ったらぁ!」 息巻く爆豪くんが大股でエレベーターへ向かい、その後を轟くんが歩く。 振り回されるオーディエンス達もぞろぞろと爆豪くんの部屋を後にする。 あっちに行ったりこっちに行ったり、忙しない展開だ。 というか今から轟くんの部屋に行くの? 轟くんが寝起きしたり勉強したりして生活してる部屋……って、なんだか緊張してきた。 轟くんの部屋、どんな部屋なんだろう―― 「和室だ!!!」 ドアノブを捻ったらそこは和室だった。 フローリングの床は畳に、壁は砂壁、窓は障子、照明も箪笥も全て和物で纏められた統一感のある完成度の高い部屋。 完成度というか最早他の人とステージが違う気がする。 目を擦っても瞬きしてもまごうことなき和室だ。 目を白黒させる私の後ろでしみじみしている芦戸さんと葉隠さん。 「期待通りの反応だねー」 「ビックリするよね。これ一日でこうなってたんだもん」 「即日!?すごいね!!」 すごいっていうかとんでもない。 まさか轟くんに"匠"的な第三の"個性"でもあったのか!? 「……がんばった」 当の本人からのコメントはその一言だけだった。底知れないぞ轟くん。 爆豪くんもこのインパクトには流石に文句もつけられないらしく、入口でわなわなと震えていた。 「……ッソがぁ!」 「壁爆破すんなよー」 悪態をついて壁を殴った爆豪くんの背中に、切島くんが言葉を投げかけた。 「よーし、じゃ五階からちゃっちゃと回っちゃおう」 「いっぺん見たしスムーズに行こう、スムーズ!」 芦戸さんと葉隠さんの号令で、部屋王はスタートした。 〜砂藤ルーム〜 「甘い残り香がする」 「ここでケーキ作ってたからな」 〜瀬呂ルーム〜 「わー凝ったインテリア」 「どうよ、新しい家具とかちょいちょい仕入れてるんだぜ?」 「こだわりの男だ……」 〜切島ルーム〜 「熱い!!!」 「男らしいだろ!!!」 「うん……切島くんらしいね」 〜障子ルーム〜 「物がない……サボテン?」 「部屋が寂しいからと芦戸が寄越した」 〜尾白ルーム〜 「普通だ」 「綾目さんもそう言うんだね……」 〜飯田ルーム〜 「本がたくさ……眼鏡多い!!」 「激しい訓練時の破損を想定してね!」 〜上鳴ルーム〜 「ごちゃごちゃしい!」 「片付け間に合わなくてさー」 「アンタの部屋、ただでさえ物多いんだからすぐ散らかるんじゃないの?」 〜口田ルーム〜 「うさぎちゃんだ。可愛い」 「……」 〜常闇ルーム〜 「かぁっ……こいい……心臓の奥がギュッってなるカッコよさだね……!!」 「な……に……?」 「綾目さんにウケた」 「綾目のかっこいいの基準が分からん」 〜青山ルーム〜 「ウッ目が」 「まばゆさに酔いしれてよ☆」 〜緑谷ルーム〜 「オールマイトグッズが沢山!」 「また増えてない?」 「新しいのが出るとつい買っちゃって……」 「プロだね……」 〜峰田ルーム〜 「なんで入らねえんだよ!すごいんだぞ俺の部屋!!」 「次は女子部屋だね!」 「うー……」 〜耳郎ルーム〜 「わぁ、楽器が沢山!」 「あんま見ないで、ハズい……」 「全部整備されてる……すごいや耳郎さん」 「あ、アリガト……」 〜葉隠ルーム〜 「でっかいくまさん!」 「でっかいでしょーモフっていいよ!」 「モフモフ……」 〜芦戸ルーム〜 「華やか!」 「カワイイでしょー!」 〜麗日ルーム〜 「味気のない部屋ですが……」 「下宿してるとこんな感じだよね」 〜蛙吹ルーム〜 「蛙モチーフ、可愛い!」 「ケロッ嬉しいわ」 〜八百万ルーム〜 「ベッドが五割……!」 「お恥ずかしいですわ……」 「おや、この本は」 「気になるのでしたらお貸ししますわ。ぜひ読んでくださいな」 「本当?ありがとう」 ……とサクサク見て回った結果、最後に残されたのが私の部屋。 「まだ誰も見てないもんね。楽しみ!」 葉隠さんがウキウキと腕を持ち上げた。 扉の前に集まった皆を前にしてるけれど、やっぱり恥ずかしい。 ちらりと後ろの様子を盗み見ると、ばっちり轟くんと目が合ってしまった。 興味なさそうにしてるのかと思えば、予想外にじっとこちらを見てくる。 「う゛……」 視線に圧され、意を決してドアノブを捻った。 「大層なものは無いですが……」 ゆっくりと開いた扉の向こうに、皆の視線が向く。 壁に沿って並ぶ本棚や洋服ダンス、膝くらいの高さのベッド、勉強机、テレビ、カーペット。 なんてことはない、ただの部屋だ。 「おお……」 しげしげと眺める上鳴くん。 本棚に納まった本を見て、八百万さんが口を開く。 「図鑑、百科事典……綾目さんも色々な本をお持ちですのね」 「"個性"の資料にね。気になるものがあればどうぞ」 色々なものを想像して幻を作り出す"個性"だから、はっきりとしたイメージを持つことが大切だ。 実物に触れるのが一番だけれど、写真や絵も想像のヒントになる。 「エンデヴァーのポスターだ!」 壁に目を向けた緑谷くんが声を上げた。 「ハイ……」 だってファンだもの。 ファンサービスの少ないエンデヴァーはNo.2というポジションの割にグッズが少ない。 そんな中でヒーローグッズ専門大手メーカーが出した完成度の高いこの見事なポスター、飾らずしてなんとする。 興味深そうに眺める緑谷くんの後ろでは、轟くんが目を細めていた。 その時、部屋の中程で立ち止まった切島くんが小さく叫んだ。 「オイ、これって……!」 その指が差したのは、テレビラックの下に納めたもの。 「あっ、それは」 「スフィッチじゃん!すげー」 「綾目さんってゲームとかするんだ」 取り出した切島くんの手元のそれをしげしげと眺める尾白くん。 スフィッチ……某大手ゲームメーカーの最新ハードだ。 発売当初は都心では長い行列が出来たり、各地で売り切れ続出だった代物。 ピクリと耳を震わせた飯田くんが、眉間にしわを寄せた。 「ゲーム機だって?勉学に励むべき寮にそんなものを持ち込むなんて……」 「待って飯田くん!何も遊びのためだけじゃないんだよ」 小言を始めかけた口に向かって、手の平を突き出した。 「私の"個性"って幻覚だから、ゲームからもイメージの着想を得られるんだ」 「ゲームから?しかし……ゲームの世界なんて現実的なものじゃないだろう」 「確かにそうだね。でも……対ヴィランを想定するなら、リアリティも大事だけど、インパクト重視の猫だましも効果的だと思う」 ゲームの世界には、現実にはありえないような動きで迫力を生む演出がある。 例えばこのゲーム、二人のプレイヤーが互いにキャラクターを操作して戦う対戦ゲームだ。 ゲームを操作するのも面白いけれど、派手な演出が印象的で視覚を楽しませる。 キック一つとっても、オーラを纏ったり一瞬足を大きくしたりして強そうに見せている。 現実では、"個性"でもない限りただのキックに風は纏えないし肥大化することもない。 でも私の"個性"なら、そういう演出を加えることが出来るので、とても参考になるのだ。 ……と、つらつらと説明を並べた。 「むう……いや待て綾目くん、何故コントローラーが二つもある!?」 納得しかけた飯田くんだったけれど、取り出された二つのコントローラーを発見した途端目が吊り上がった。 く、これ以上言葉を並び立てても、普段ゲームをしない人に理解してもらうのは難しいだろう。 かくなる上は! 「それは……やってみれば分かるよ!」 そう言って、その手にコントローラーを乗せた。 「俺が!?し、しかしこういったものは未経験だ」 「大丈夫大丈夫、誰だって最初は未経験だから!」 突き返されたコントローラーを強引に押し付けて、本体の電源を入れる。 テレビ画面に映し出されたゲームタイトル。 「あっ、このゲーム!」 それに目ざとく反応した緑谷くん。 「知っているのかい緑谷くん!?」 慣れない手つきでコントローラーを握った飯田くんに尋ねられ、緑谷くんは得意の早口で捲し立てる。 「うん、日本のプロヒーローをファイターにした大人気シリーズの対戦格闘ゲームだよ。オールマイトを始めとしたエンデヴァーやベストジーニスト等の超人気ヒーローを取り揃え、実際にヒーローが使う必殺技を元にモーションが組まれた至高の傑作。これはシリーズ初参戦となる期待のルーキーシンリンカムイやマウントレディを加えた最新作だ。最近発売したばかりで店もネットも品切れ状態で……」 「そ、そうなのか……ヒーローのゲームなんてものもあるのか」 「飯田くん、まずはキャラクターセレクト!初心者は一番使いやすいオールマイトがおススメだよ。私はシンリンカムイ」 「あ、ああ……?」 「移動は左の十字キーかスティック、右の四つのボタンで攻撃。攻撃にはいくつかパターンがあって……」 回り始めた私の口は止まらない。 唐突に私による飯田くんへのゲーム講座が始まった。 2018.11.14
DADA