夏休み最終日・その3
「弱攻撃、強攻撃、そしてとどめの必殺技!コンボコンボまたコンボで相手の体力を0にシュゥゥー!!超エキサイティン!!」 『FINISH!!』 画面の中で勝利のポーズを決めるシンリンカムイ。 それを見ている飯田は口を開けて呆けている。 ゆめが説明を開始して三十分が経過していた。 観戦に飽きた面々は既に撤退している。 この場に残ったのは飯田、緑谷、轟、切島と彼に呼び止められた爆豪だけだった。 飯田のチュートリアルが終わるとゆめとの対戦が始まったが、直ぐに勝敗が決した。 「訳が分からないままに負けたぞ……」 「ご、ゴメン飯田くん。つい力が入っちゃって……」 ずり落ちた眼鏡を持ち上げる飯田に対し、やってしまったと頭を下げるゆめ。 「飯田くん、僕もやっていいかな」 飯田に代わりコントローラーを握ったのは緑谷だった。 「緑谷くんもやるんだ?」 「触ったことはあるんだ。受験とか高校に入ってからは余裕がなくてできなかったけど……」 控えめに言いつつ、緑谷は迷いなくオールマイトを選択した。 自他共に認めるオールマイトオタクの緑谷は、出演するゲームだってプレイ済みらしい。 「綾目さんのプレイスタイルはさっきの戦闘で少し見えた。遠距離型のシンリンカムイは近付かれると対処できないはず。オールマイトはバランスタイプのキャラクターだから近付く隙さえ生み出せば……」 『Ready……Fight!!』 再び始まるシンリンカムイVSオールマイト。 緑谷の分析の成果かオールマイトの動きが飯田に比べ格段に向上したが、ゆめのシンリンカムイの前には脆く崩れ去った。 「くっ……つ、強い」 「え、えへ……どうにもコントローラーを握ると加減ができなくって」 申し訳なさそうに頭を掻くゆめ。 緑谷のコントローラーは次の人物へと渡る。 「分かるぜ綾目さん、相当の修羅場を潜ってきたんだってな……だが、俺だって経験数は負けちゃいねぇ!次は俺の番だ!!」 そこまで様子を見ていた切島が、ついにコントローラーを手に取った。 切島は格闘ゲームは経験者らしく、ゆめに好戦的な目を向ける。 それに応えるように、ゆめは唇の端を釣り上げた。 「すごい……切島くんと綾目さんの間に流れる闘志は僕達の時と比べ物にならないよ!」 「そ、そうなのかい?」 解説を始めた緑谷に、飯田が首を傾げる。 「悪いけど、負けるつもりはないよ」 「そりゃこっちの台詞だぜ」 互いのキャラクターが選ばれ、バトルが始まる。 繰り広げられる凄まじい攻防、画面に釘づけになる観戦者達、白熱する空気。 轟はその輪から一歩離れた場所で、ゆめの部屋の本棚を眺めていた。 生き物の図鑑や風景写真集、ゲームの設定資料集やら神話集まで様々だ。 何気なしに手に取ってみたものをパラパラと捲ると、刀身が炎や氷で出来た剣のイラストが出てきた。 蘇る体育祭の記憶、氷の剣を手にしたゆめの姿。 成る程確かにゆめはこう言ったものからイメージを得ているらしい。 本を棚に戻して、飾られたコルクボードに視線を映した。 大きな集合写真の中では、女性を中心にして沢山の子供たちが笑顔を向けていた。 その中にはゆめの姿もある。 その表情は大人しく、屈託のない笑顔の幼子達に囲まれて、歳上らしく振舞っているように見えた。 背景には大きな建物。どうやらゆめの暮らしていた孤児院の写真らしい。 中心の女性がゆめが"おばあちゃん"と呼んでいる人だとすれば、随分若く見える。 別の写真にはその呼称に相応しい老婦人が一人だけ写っていて、これこそがおそらく"おばあちゃん"だろう。 しかし、この老婦人は集合写真には写っていない。 不思議に思いつつも特に追求するでもなく、轟は次に目を向ける。 本棚の一列は様々な雑貨が飾られ、そのうちの一つに視線が吸い寄せられた。 小さな写真立てに、古い写真が飾られている。 若い女性と男性が並び立ち、女性の腕の中には幼子が抱かれている。 柔和な笑みを浮かべる女性は、見覚えのある面影だった。 ゆめに似ている――そう思ったとき、これが彼女の両親の写真だと気付いた。 ゆめが憧れたという彼女の母親は、ゆめに似た優しげな女性だった。 その隣に立つゆめの父親は、自分のあれと比べるととても穏やかな顔をしている。 温かな空気が轟にも伝わってくるような写真だった。 円満な家庭で、両親に愛されて育ったのだろう。 ――それが壊された時、ゆめは。 「だぁー負けたー!!」 「勝ったあ!」 大きな声に意識が引っ張られた。 轟が振り返ると、テレビの前で頭を抱える切島とガッツポーズをするゆめが居た。 ――随分と楽しそうにしている。 格闘ゲーム、一対一の対戦ゲーム。 ゆめにこういった特技があるとは知らなかった。 ヒーロー志望として対ヴィランを想定した戦闘訓練を行うこともあるが、轟の中のゆめの印象は柔らかな微笑みを浮かべる女の子だ。 林間合宿の時垣間見た"野心顔"――その違和感は、仮免試験を経た今、少し収まっている。 詰まる所、轟にはあまりゆめが格ゲーをするイメージが無かった。 それがどうだろうか、眼前の彼女は切島との対戦に燃えている。 体力ゲージを削り切りもぎ取った勝利にガッツポーズなんてして。 「強ぇな綾目さん……」 「切島くんもね」 互いの健闘を讃え合っている様は、まるで歴戦の戦士のようだった。 「擬似的な対戦経験を積むことで実践でも応用できる……更にコミュニケーションツールにも成り得る……確かにゲームとは侮れないものだ」 飯田が自分の中で何かを結論付けたらしく、大きく頷いた。 「だが!明日から新学期だ、君達ほどほどにしたまえ!ゲームは九時までだ、いいね!?」 「「はーい」」 ビシリと腕を突き出して、飯田は部屋を後にした。 ゆめはまだやる気らしい。切島もまだやりたそうにしているし、緑谷も観戦する体勢でいる。 「んじゃ俺は負けたし次は――」 負けた切島は、一度コントローラーを譲ろうと後ろを振り返った。 その時、轟の中にある興味が湧いた。 ゲームというのは、そんなにも楽しいものなのか。 轟の知らないゆめの姿を、もっと知りたい。 もう少し近いところで見てみたい。 そう思って、コントローラーを借りようと腕を持ち上げた。 「くだらねー。ゲームの中で張り合ってどうすんだっての」 しかし轟の思考が声になる前に、今まで観戦を決め込んでいた爆豪によって遮られた。 飽き飽きだと言わんばかりに頭の後ろで腕を組み、切島の負けを見届けたところで漸く帰ろうとしたのだった。 一瞬笑顔を引っ込めたゆめが、直ぐに口を開く。 「くだらない……かどうかは、やってみれば分かるよ」 微笑みを浮かべながら、爆豪にコントローラーを差し出すゆめ。 しかし爆豪は受け取らない。 「誰がやるか。実践で強ぇやつが強ぇ、当然だろうが」 そう吐き捨てた爆豪が腰を上げる。 立ち去る背中に、ゆめがぼそりと呟いた。 「……怖いんだ」 爆豪の足が止まった。 「あ?」 「負けるのが怖いんだね、爆豪くん」 「調子乗んなよニセ眼鏡……」 びきりと青筋を立てた爆豪が大股で部屋に戻り、切島の手からコントローラーをぶんどった。 ゆめが他人を煽るとは、よほどこのゲームが好きらしい。 先程自分も意図せず似たようなことをしていたくせに、全く自覚していない轟だった。 「爆豪、このゲームやったことあったか?ゲーセンでもスマホ弄りながら見てるだけじゃねーか」 「なめんな」 切島が掛けた言葉も鼻であしらい、爆豪はオールマイトを選択する。 再びシンリンカムイを選択したゆめが、コントローラーを握り直す。 「行くよ」 「死ねやぁ!!」 『Ready……Fight!!』 そして始まる激闘、その末に――勝敗は決した。 「マジかよ、天才肌すぎる」 「かっちゃんが勝った……」 画面いっぱいに映し出されたのは、勝利のポーズを決めるオールマイト。 ゆめがラウンドを先取したものの、対戦中に爆豪の動きがめきめきと上達し、最終的に二ラウンドを獲得したのは爆豪だった。 ゆめは悔しがるでも驚くでもなく、ただじっと画面を見つめている。 「ハ、見たか雑魚が!俺に勝とうなんざ千年はえぇ」 どうだと見下ろす爆豪に横目を向けたゆめは、黙々とコントローラーを操作した。 再び表示されたキャラクターセレクト画面に爆豪の眉がひそむ。 「強いね爆豪くん。正直油断してたよ」 「負け惜しみか。再戦したって俺の勝ちは変わらねえ」 「……それはどうかな」 そう言ってゆめが選んだのは。 「エンデヴァー!!」 緑谷が驚きの声を上げる。 画面に表示された父親の姿に、一瞬轟の顔が固まった。 「キャラ変えたところで負けるかって……」 「いや、違うよかっちゃん。多分あれが綾目さんのメインキャラだ!」 「アァ?」 「シンリンカムイはこのナンバーからの新キャラ……発売から数か月しか経ってない、練習量も少ないキャラだ。長く続くタイトルなら、元々使っていたキャラだっているはず。おかしいと思っていたんだ、綾目さんがエンデヴァーを使わないなんて!綾目さんは本気じゃなかったんだ!」 「マジかよ!それであの強さだったってのか!?」 切島の驚愕の声も意に介さず、ゆめはゆっくりと微笑んだ。 「やろうか爆豪くん……私の本気を見せてあげよう」 「手ェ抜いてたんか……半端なマネしやがって!!メインだか何だか知らねぇが、ぶっ殺してやる!!」 爆豪もまた怒りのボルテージをマックスにしてコントローラーを握った。 「遠距離攻撃型のシンリンカムイと近距離型のエンデヴァー……型が違いすぎる!どんな攻撃なのかまったく読めないッ!!」 「こりゃあ楽しみだぜ!!」 画面の中で相対するNo.1とNo.2のヒーロー。 盛り上がる観戦者たち、闘気を高めていく対戦者たち。 『Ready……Fight!!』 *** 『君達、今何時だと思っているんだ!!!』 突然部屋中に響き渡った飯田くんの声。 大音量のそれは、緑谷くんのスマホのスピーカーからだった。 はっとして時計を見上げたら、飯田くんが去り際に言った九時をとっくに過ぎていた。 「もうこんな時間!」 電話向こうの飯田くんは、終了時間を宣言して部屋に戻った後、念のため部屋の巡回をしたらしい。 九時を過ぎても緑谷くん達が戻っていないことを知って、こうして電話を掛けてきたという真面目ぶり。 ゲームの方は、ちょうど私の勝利によって通算二十三回目のバトルが終わったところだ。 バトル数を重ねる度に腕を上げる爆豪くんの追い上げが凄まじくて、ついつい熱中してしまった。 ずっと観戦していたらしい緑谷くんは目を擦りながら腰を上げる。 「すごく面白かったよ、ありがとう」 「ご、ごめんずっと私ばっかりやっちゃって……」 「僕じゃあんなに上手く出来ないから。でも今後よかったらオールマイトを使ってみてほしいな!」 そう言った緑谷くんの瞳に光が宿った。 流石オールマイトオタク、ブレない。 「悪ィ綾目さん、長居しちまった!」 「待てやニセ眼鏡、勝ち逃げする気か!?」 立ち上がった切島くんと、コントローラーを握ったまま怒る爆豪くん。 「練習したいなら貸すよ」 「るせぇ!てめぇの手は借りねぇ!!」 ならゲーセンに通うか自分で購入するかしてください。 緑谷くんに続き、ぷんすかしている爆豪くんをなだめながら切島くんが立ち去った。 そしてこの場に残ったのは轟くんと私となった。 ――というか轟くん!?なんで!? ゲームに興味あったのかな……だとしたら悪いことをしてしまった。 熱中しすぎると周りが見えなくなる。 ゲーム中は叫んだりしてしまうし、変なこと口走ってなかっただろうか。 急に気恥ずかしくなって、今更身なりを気にした。 「邪魔したな」 轟くんは特に何の感想を述べるでもなく、そのまま立ち去ろうとする。 「あ、うん……また明日からよろしくね」 別に変に思われなかった……ということでいいだろうか。 へらっと笑みを浮かべつつその背中を見送ろうとして、何かが頭の隅に引っかかった。 また明日。 そう、明日から新学期で、私はA組となる。 それはそれは楽しみなことだ。 約二名謹慎中ではあるけれど、ヒーロー科のクラスで皆と共に切磋琢磨できるのだから。 明日……新学期…… 「あっ!!」 夏休みの宿題!! 思い出した瞬間血の気が引いた。 八百万さんに聞こうとして、サプライズパーティからの部屋王ですっかり忘れてた。 隣の部屋とはいえ、今の時間に突撃するのは気が引ける。 「どうした?」 声を上げた私に、轟くんが振り返った。 そうだ、目の前に轟くんがいる。 「轟くん……物理ってお得意?」 「物理?……人並みには」 「夏休みの宿題で、教えてほしいところが……あるのですが……」 尻すぼみになった声。 あと数時間で夏休みが終わろうというこのタイミングで、口にすることの恥ずかしさを自覚した。 それを聞いた轟くんの目が丸くなる。 「終わってなかったのか」 「うぐ、ソノトオリデス……」 宿題も終わってないのにゲームにかまけていたなんて、どう思われても仕方がない。 自分の不甲斐なさに情けなくなってきた。 「……分かった。俺で良ければ力になる」 しょんぼりした私に、轟くんはありがたい言葉を掛けてくれた。 「あ……ありがとう!」 いそいそと折り畳みの小さなテーブルを取り出して、その上にテキストを広げる。 向いに腰を下ろした轟くんに示すように、問題文を指差した。 「この問題が全然分からなくて……」 それを覗き込んだ轟くんが少し考える。 「こいつか。……問題文に色々書いてあるけど解くのに全部使う必要はねぇ。ひっかけだな」 そう言いながら、轟くんは指で問題文の一部を隠した。 「こいつは省いて、これとこれで体積を出して、そっから公式を当てはめれば……」 轟くんがつらつらと述べるままペンを走らせる。 残った要素を幾つかの行程を経て加工し、なんとか回答を導き出した。 「と、解けた……!ありがとう轟くん!!」 空欄の埋まったテキストに感動し、ぱっと顔を上げる。 「ああ」 短く応えた轟くんの顔が、存外近いところにあった。 「!!」 心臓がドキリと音を立てる。 小さなテーブルで同じテキストを覗いていたんだから、当然と言えば当然だ。 睫毛の一本まで数えられる距離に、全身の穴から汗が噴き出す。 「どうかしたか?」 互いの距離も意に介さず、小首を傾げる轟くん。 頭の動きに合わせて流れる髪の、さらりという音さえ聞こえてきそうだ。 「なななんでもないです!」 がばりと上半身を逸らして、誤魔化すように笑った。 「へ、へへへ……本当にありがとう、またお礼するね」 「いらねぇ、礼って程のもんでもないだろ」 轟くんはあっさりと立ち上がった。 慌ててるのは私だけ。 悲しいような恥ずかしいような気持ちになりながら、轟くんを出口まで見送る。 敷居を跨ぐ直前、轟くんの足が止まった。 「……いや」 「ん?」 何かを思いついたように短く言葉を切った轟くんが、不意に振り返る。 「今度、アレ教えてくれ」 「アレ?」 轟くんの指が持ち上がり、室内の一点を差した。 それは、テレビラックの中に納まったゲーム機。 「あ、ああ格ゲー?いいよ、勿論!」 やっぱり興味があったのか轟くん。 好きなゲームのプレイ人口が増えるのはとても嬉しいと快諾した。 轟くんは飯田くん同様ゲーム自体経験がないらしい。 一から教えるとなると、丁寧に説明していかなくちゃ。 私はどうにも手加減するのが下手くそなので、最初はトレーニングモードからかな! ふんすと息巻く私を見て、轟くんが小さく笑った。 「また練習に来る」 「うん!……うん?」 今、何て言った? 頭の中で噛み砕いている間に、轟くんは「おやすみ」と一言残して今度こそ立ち去った。 玄関に突っ立ったままの私は、エレベーターが降りる音を聞き届けて、漸く部屋の中に戻る。 ふらふらとおぼつかない足取りで、辿り着いたベッドにぼふりと倒れ込んだ。 「……」 また練習に来る? 練習に、来る? 轟くんが再び私の部屋に……来る!? テレビに向かっている二人、隣に座った轟くんが画面を見据える姿を想像してしまった。 不意にこちらを向いた轟くんが、真っ直ぐ見詰めてくる…… 「わああああ」 何考えてるんだ私!! 恥ずかしさで悶絶する。 枕に埋まった顔から漏れた声は、隣の部屋には聞こえなかったと思いたい。 机の上には回答の埋まった物理のテキスト。 明日から新学期が始まる。 2018.11.25
DADA