自主訓練
麗日さんと訓練の約束をした当日、なんとA組の授業中にヴィランが現れた。
聞いた話によると大量のヴィランが連合を名乗って襲来、ワープ系個性のヴィランによって生徒達が救助訓練用の演習場……USJのあちこちに飛ばされててんやわんやだったらしい。
妙な姿で複数の個性を持ったヴィランもいたけど、オールマイトのパンチで吹っ飛ばされて、A組の生徒は多かれ少なかれ怪我はあったけれど、皆命に別状はないとか。
そんなわけで訓練はもちろん中止、学校も一日臨時休校になってしまった。
ヴィランに襲われるとは災難な。でもそこを生き残ったのはすごい。
A組はとんでもない実力者揃いなのかもしれない。
これはうかうかしてられない。
とにかく自主トレに励もう。
***
「というわけで、遅くなったけど第一回A組D組混合訓練を始めます!」
「よろしくお願いします……?」
「張り切って行こう!」
「よ、よろしく」
麗日さんの元気な号令につられて礼をした。
日を改めて開催された訓練。なんだか長い名前がつけられていた。
運動場の一角を借りての訓練だ。派手な個性は使えないけれど、基礎訓練を行う場として申し分ない。
ピッシリ姿勢でお辞儀をしたのはいつぞやの眼鏡男子、そしてその隣で私と同じようにつられて腰を曲げるそばかす男子。
「えーっと麗日さん、彼らはいったい」
「教室で会った以来だ、改めて挨拶しよう。俺は飯田天哉、A組の委員長を務めている。麗日くんにD組の生徒と放課後自主訓練を行うと聞いて、ぜひ参加させてほしいと申し出たところ快い返事をもらったのでね」
「緑谷出久です……僕も麗日さんに誘われて」
説明口調で独特の腕の動きをする飯田くんと、女子と会話するのに慣れてなさそうな緑谷くん。
麗日さんのクラスメイト。それは願ってもないことだ。
二人の個性がどういうものか知っておいて損はない。
体育祭まで二週間を切った今、麗日さんの伝聞情報だけでは足りないと思ってたところだし。
「綾目ゆめです。ヒーロー科の人に比べると見劣りしちゃうけど、今日はよろしく願いします」
「自分を卑下する必要はないだろう!普通科でありながらヒーローを志し、自主訓練に取り組む君の向上心はとてもすばらしいものだ」
とてもはきはきしてるなぁ、飯田くん。
内外共に真面目ですと言わんばかりだ。
「皆の個性はどんなものなの?」
「俺の個性は"エンジン"。その名の通り足にエンジン器官がついている」
飯田くんのでっぱったふくらはぎから、排気口のようなものが飛び出ている。
「わっすごい。じゃあ走るのがすごく速いんだ!」
「基本性能はそうだな。個性を利用したキックも特技の一つだ」
キック……飯田くんのがっしりとした足から繰り出される一撃。
超スピードで近づいてからの瞬殺。
彼を対策するにはどうにか動きを封じないといけないな。
「僕の個性は……超パワーの一撃というか……」
おどおどと語る緑谷くん。視線がさ迷っているのを見るに、何かあるらしい。
自分の個性に対して自信がない?
うーん、というより……自分の個性という認識がない?
「あ、もしかしてあなたが『デクくん』?」
「ぇえっ?!なんでそのあだ名……」
「麗日さんがべた褒めだったから……すごいパワーのデクくんがいるんだよって」
というと緑谷くんは焦って顔を隠してしまった。
隠し切れない耳が真っ赤になっている。
なるほど、女子に不慣れな上、麗日さんのうららかパワーにテレテレになっているとみた。
「私の個性は前にちょっと見せたけど、"ゼログラビティ"。触ったものを浮かせるよ」
テレテレになっている緑谷くんにお構いなしにタッチする。
と、緑谷くんの体がふわっと浮かび上がった。
緑谷くん焦ってるし。麗日さんは案外バックリ行く人だな。
麗日さんが両手の指をくっつけると個性が解除されて、緑谷くんが地面に戻る。
「綾目君の個性はどういったものだ?」
「う、うーん……あんまり目立つ個性じゃなくて。麗日さん、すごく期待してくれるところ悪いんだけど。あと緑谷くんはそろそろ帰っておいで」
「えっ?!あっごめん!!」
焦って顔を擦る緑谷くん。
分かりやすい人だから、言い当てやすい。
「私の個性は"人の心を読む"っていうやつで、そういうと大抵の人は気味悪がっちゃうんだけど」
「えっ?!そうなの?!」
「心を読む……?そんなことが可能なのか」
「えっ?!ど、どうやってというか今までの読まれてたのかな」
三者三様。皆驚いたのは共通だけど、素直にびっくりしてる麗日さんに、疑問も浮かべる飯田くん、そしてめちゃくちゃ焦りだす緑谷くん。
「条件が厳しくて、いつでも読めるってわけじゃないの。読めるといってもまあ大体こんな感じかなって雰囲気しか分からないし」
「そ、そうなんだ……」
あからさまにほっとする緑谷くん。
緑谷くんの場合は表に出すぎて分かりやすいんだけど。
でも、これで彼の個性に何かあるのは明らかだ。
さっきの焦りは麗日さんへの少年心がばれたことに対する焦りじゃない。
その前、一番隠したがっていたのは自分の個性について。
気にはなるけど今はあまり詮索しないでおこう。
それよりも、自分の個性の秘匿に注意しなくちゃ。
「どういった条件で発動できるんだ?」
「そうだね、大抵は相手の目を見て会話する必要があるんだけど、相手が意図的に言葉と思考をバラけさせたりするともう分からなくなっちゃう」
「なるほど……裏表ない人にしか通用しない。さらにそういう人の心を読んでも話していることとほぼ同じなら秘密を探れるわけじゃないでも心理把握能力は上手く使えば相手の優位に立てることは確実だし会話を続ける限り嘘を見抜ける尋問向きの能力だ警察機構で重宝されそうだけどヒーローとして活躍するためには相手に会話を続けさせる話術が必要になるなそれに会話の通じないブツブツブツブツ」
「うわっ緑谷くんどうしたの」
「デクくんのクセ!個性の研究に余念がないんだよ」
す、すごいな……突然ブツブツ言いだして何かと思ったけど、緑谷くんの考察能力は高いらしい。
私の"個性"のための知識と同じ、個性以外の技術。
すごいパワーの個性を持っていながら、その力に頼りきりじゃない。
即座にこれだけ考えられるほど考察訓練、並々ならぬ努力を今までしてきたんだろう。
でも、不思議だな。
一流のヒーロー一家に育てられたわけでもなく、自分の力を奢ることなくここまでできるなんて。
まるで――
「緑谷くん、そろそろ訓練を始めたいんだが!グラウンドもいつまでも借りられるわけじゃない。綾目さんのためにも効率的に動こう!」
「あっそうだねごめん!」
そうだった。この時間の本編は特訓にあるんだから、今からはそっちに集中しよう。
「今日の授業は身体被害を最小限に抑える対人戦闘訓練だったし、同じように対人訓練でいいかな?」
「綾目くん、対人の経験は?」
「おばあちゃんに格闘技……?みたいなのは教わったけど」
「おばあちゃん……?」
「ふむ、では初日の授業のように2人チームに分かれるとしよう。相手を傷つけないようにとなると個性の使用は制限される。身体的に男女の差は生じるので、混合チームを組むべきだろう」
「じゃあ綾目さん、ぐーちーしよう!」
駆け寄ってきた麗日さんの言葉が一瞬分からなかった。
「ぐ……?ぐっぱじゃなくて?」
「えっグーとチョキ出すやつだよ?!」
「ええっグーとパーじゃないの?」
「ええーどうしよ!」
「ジャンケンしたまえ!勝ち負けで決めよう!」
さすが名門雄英高校、全国から集まる少年少女の間では、二組に分かれるアレの掛け声もまばらだ。
飯田くんがいなかったらこの不毛なやり取りが永遠に続いていたかもしれない。
ジャンケンの結果、私と緑谷くん、麗日さんと飯田くんのチームに分かれることになった。
ルールは授業と同様にはできないけれど参考にして、緑谷くんが用意していた紐を一本ずつ持って、相手に結んだら行動不能とする。
二人とも行動不能になったチームの敗北だ。
相手を怪我させず、自分も怪我は負わないように、障害物の多いグラウンドの地形を利用して戦う。
授業じゃないからリカバリーガールのお世話になるわけにもいかないし。
さて、ここからはチームに分かれて作戦タイム。
こういうときは相手の行動を予測して奇襲するのがいいだろうけど……
「奇襲戦法は授業ですでに見てるから同じ手は使えない。それに向こうには飯田くんがいる。この4人の中だと一番体格が良いからそれだけで有利になるな」
緑谷くんの状況分析は的確だ。
観察眼に長けているし、一分一秒を無駄にしまいという気概を感じる。
本当にすごいな。
麗日さんから聞いた話じゃ、デメリットはあるものの一発当てればそれだけで決定打となるような個性を持っているとか。
そんな個性があったらもっと自信過剰になってもよさそうなのに。
「綾目さんはどう思う?」
「へっあっうん、ええと?!」
いけないいけない、今は訓練中だ。
10分間の作戦タイムが終わればそれぞれの行動が開始になる。
「そうだね……戦力差のある相手に奇襲が無理なら、どっちかが囮になって誘い込むしかないけど」
「囮か……問題はどっちがどこに誘うかだね。最初の授業はビルを丸ごと使った屋内戦闘だったけど、今は屋外で遮蔽物はアスレチックしかない。体格が良い人を誘うなら狭いところだけど、アスレチックに誘ったらすぐにバレるな」
「あ、じゃああそこの――」
***
開始時間。スマホから風が吹いたような独特の音が鳴る。
SNSの通知で開始を知らせるのは学生らしいといえばらしい。
物陰から様子を伺おうとした瞬間、エンジンが駆動する音と共に飯田くんが突進するのが見えた。
対人でなければ個性の使用はアリだ。
個性無しでも有利な飯田くんは、正面からやりあうのは避けたい。
でもそれは向こうも考えること、飯田くんを主力に立ち回ろうとするだろう。
作戦は立てた。あとは上手く誘導するだけ。
物陰から躍り出て、飯田くんの前に立ちはだかる。
「綾目くんが出るか」
人影に反応して急停止した飯田くん。息は殆ど乱れていない。
「遠慮しなくていいよ。ヒーロー科の実力を教えて欲しいから」
「そういうことならば遠慮なくいかせてもらおう!」
実直な人だ、飯田くん。
人の言葉を素直に受け取り、自分なりに返してくれる。
飯田くんが得意とする足を繰り出すが、遠慮なくといいつつスピードは緩んでいる。
女子という遠慮もあるかもしれないけど、すん止めするつもりだろう。
でもそれはちょっと甘いんじゃないかな。
「しなくていいって言ったのに」
ボディ目掛けてあがった足に絡みつくように体を落とす。
勢いが殺される前に掴み取り、そのまま状態をひねって引く。
相手の勢いを利用した投げだ。
「何っ?!」
体格差のある相手に投げられたのに驚いたのか、受身を取った飯田くんの反応が遅れる。
すかさず捕縛しようと腕を伸ばした。
「させん!」
地面に倒れた状態で体をひねって回避し、そのまま転がるように起き上がる。
「うーん、惜しい!」
「くっ動けるじゃないか綾目くん!」
「うん。言ったでしょ?格闘技を教わったって」
「言っていたが、祖母というから護身術レベルだと思っていたよ!」
「いやぁ、うちのおばあちゃんプロヒーローでね。おばあちゃんって言っても実の祖母じゃないんだけど」
「そうだったのか?!プロヒーロー直伝の技ならば納得だ」
誤算を誘った発言ではあったけれど、まっすぐな人を騙した気分になってちょっと罪悪感を感じる。
しかし飯田くんがこの認識なら、同じチームの麗日さんも私を甘く見ていたはず。
お互い飯田くんを主軸に立てた作戦なら、こちらの囮作戦は読まれているだろう。
囮を相手にしている間に不意打ちを狙うもう一方を麗日さんが捜索しているに違いない。
ここで利点となるのが、相手チームの私に対する認識が甘かったところ。
「ふっ!」
「速い……けど!」
さっきより勢いの乗った蹴りをぎりぎり避けて後退する。
個性がなければそこそこ渡り合える。
飯田くんに緑谷くんをぶつけると思っていた向こうは焦っているはずだ。
現に飯田くんの意識が時々逸れる。麗日さんの方がどうなっているか気にしてるんだ。
クラスメイトの力を把握してる緑谷くんなら麗日さんを押さえるのは早い、と思う。
あとは飯田くんに追い詰められる前に間に合ってくれれば……!
「っとぉ!」
顔面すれすれのキック。
「ッ、すまない大丈夫か!」
「いいよ、避けてみせる!」
一瞬緩んだ飯田くんの勢い。
挑発するつもりで足払いを繰り出す。
当たったものの、相手の強靭な脛に私の足にもダメージが入った。
なんと強力な個性……もう足を狙うのは止めよう。
じりじりと追い詰められていく。
緑谷くん、まだかな?!
「飯田くん!」
「麗日くん?!」
飯田くんの向こうから届いた声。
そこには、麗日さんと緑谷くんの手首が仲良く紐で結ばれている光景が。
「なんで?!」
「どういう状況だ!その場合は二人とも捕縛ということになるのか?」
「うーんそれで行こう!」
緑谷くん、真っ赤になって顔から汗が止まらない感じだ。
女の子を取り押さえるのって確かにちょっと大変かも、色んな意味で。
申し訳ないことをした。ちょっと考えが至らなかった。
とにかくこれで残るはお互い一人ずつ。
飯田くんのキックに追い詰められ、グラウンドの端まで来てしまった。
これは圧倒的不利だ。
「さあ、観念してもらおう」
すごい、刑事さんみたいな台詞がよく似合うな飯田くん。
ヒーローを志す者としての見事な立ち振る舞い。
では、こちらも動くとしよう。
「……実はね飯田くん。私達、捕縛用の紐をなくしちゃって」
「何……?」
突拍子もない言葉に思考が止まった、という顔だ。
真面目な飯田くんには効果的、思考が止まれば動きも止まる。
不意打ちは即座に、的確に。
「どこにいったのかと思ってたけど、見つけたから取ってくるね」
「どういうことだ……なっ!!」
飯田くんに正面きって突進、すると見せかけて直前で方向転換。
アスレチックの支柱へ走る。
グラウンドに設置されたアスレチック。
子供の遊具レベルのものだけど、ロープでタイヤを吊るしたものがあった。
捕縛用の紐で支柱に縛れば、簡単な罠の設置が完了だ。
捕縛用の紐は二本、縛ったタイヤは二つ。
これを緑谷くんと同時に外すのが計画だったけど、今は一人。
両側の支柱のうち片側の紐を引っ張れば、重力にしたがってタイヤが飯田くんに向かっていく。
「く、うおおお!」
乗用車レベルの小さめなタイヤとはいえ、勢いがついたものは危険だ。
思考が追いつかなかった飯田くんは咄嗟にタイヤを掴む。
大きな隙。
「取った!」
飯田くんの腕に紐を掛けると同時に、訓練が終了した。
***
そして始まる反省会。
「今回は緑谷くん、綾目さんチームの勝利だ」
「うーん悔しい!おめでとう!」
「いや、僕なんて殆ど動けなかったし……」
「その点に関してはごめんね緑谷くん……」
立てた作戦。
私と緑谷くん、二人の捕縛紐を罠の設置に使用して、飯田くんをそこに引き込む。
囮役は最初緑谷くんが引き受けようとしてくれたけど、それだとお互い拮抗する恐れがあった。
体格の利点がある飯田くんと、知識や機転の良い緑谷くん。そして体格の似通った女子二人。
麗日さんとのバトルを早急に制し、飯田くんを二人係で押さえ込むのが良いと思ったので、囮役は私に変更。
けれど捕縛用の紐を罠に使ってしまったので、麗日さんを捕縛するには麗日さんが持っている紐を奪う必要があった。
女子を取り押さえた上で体をまさぐる……この字面だけでどれほどギリギリがご理解いただけただろう。
「グラウンドの遮蔽物を身を隠すのに使うだろうと踏んでいたが、罠にするとまで予想できていなかった。反省点だな」
「とはいえ相手が飯田くんだったから設置できたようなものだよ。怪我しないってルールだから危ないものは用意しちゃダメだったよね」
「綾目さんの発想だったんだ。意外だね!結構危ない遊びもしちゃう感じ?!」
「遊びじゃないからこその発想だろう!確かに今回の条件を考えればあれは少々やりすぎになる。麗日くん相手なら使っていない手だろう?」
「そうだね。もしあそこが麗日さんだったら……」
A組の三人はとても思考が柔軟だった。
実践を想定した行動予測、もしものケースを沢山考えている。
これもヴィラン襲撃事件の影響かな。
A組……かなり手強そうだ。
わいのわいのと言い合っていたら、あっという間に貸し出し時間が過ぎてしまった。
グラウンドを管理している先生に鍵を返却して、制服に着替えて校門に集まる。
夕日に照らされた少年少女に向かっておじぎした。
「今日はどうもありがとう。すごく充実した時間だった」
「こちらこそ!綾目さん流石ヒーロー志望だね、あんなに動けるなんて知らなかったよ」
「この訓練、やはり体育祭に向けてのつもりかい?」
「う、うんその通りです」
やっぱりそこに行き着くよね。
緑谷くんがハッとしたような顔をした。
「綾目さんもヒーロー志望……みんな将来のためにがんばってるんだ」
「デクくん、どうしたの?」
「い、いや大丈夫!綾目さんは、個性に頼らずにヒーローを目指してるんだ?」
うん?
……そうか、心を読む個性、と話している以上その考えに行きつくのかもしれない。
緑谷くん達に話した発動条件、個性の内容を鑑みれば肉体労働はあまり重要じゃないと思うだろう。
でも、違う。
「ううん、私は私の個性でヒーローになるよ」
絶対に。
私の個性は、弱くなんてないと、知らしめるために。
「そ、そっか……不躾なこと言ってごめんね」
緑谷くんの顔色が悪くなってる。
あれ、そんな変なこと言ったかな。
「綾目さん、すごい顔になってるよ……」
「それほど本気なんだな、ヒーローを目指しているのは」
麗日さんと飯田くんもちょっと引いてる。
顔?顔がどうなったの?
手で触ってみても良く分からなかった。
「うーん、"野心顔"って感じ?」
「野心顔?!」