体育祭・第一種目
A組の人たちと自主特訓をしたり勉強したりして過ごすうちに、あっという間に体育祭当日だ。
普通科やサポート科、そして経営科の生徒も参加する大きな大会。
将来のサイドキックをスカウトしたいプロヒーローや、お祭り騒ぎを盛り上げたいマスコミがこれでもかと押しかける。
なんといっても今年の注目クラスは1年A組だ。
ヴィラン襲撃事件は大きくニュースに取り上げられてたし、"エンデヴァーの息子"、"ヘドロ事件の少年"など注目株は沢山いる。
私と接点があるのは麗日さん、緑谷くん、飯田くんの三人だけど、たまーにA組の教室に行ったときに見ただけでも、個性的な人が多かった。
『どうせてめーらアレだろこいつらだろ!?ヒーロー科!1年!A組だろぉぉ!?』
A組の入場と共に湧き上がる歓声。
その後に続くB組、以下普通科、サポート科、経営科。
入場行進から既にひいきが大きい気がする。普通科の面々は不満たらたらだ。
毎年観てる体育祭、予選を勝ち抜き本選で競い合い、たった一人が勝者となる順位戦。
何度か行われる競技の中で、どうやって上位に食い込むかがポイントだ。
主審のミッドナイト先生が進行を務め、選手宣誓が行われる。
A組の、例の"ヘドロ事件"、"入試の爆破する人"、"緑谷くんとガチバトル"の爆豪くんがトンデモ宣言をして、生徒から大ブーイングを喰らっていた。
1位になる、か。
もちろん私だって、1位を狙っていく。
さっそく第一種目が始まる。
映写機に映し出された文字は障害物競争。
難しいところだな。
私の"個性"、どう使おうか。
せっかくここまで隠してきたんだから、上手く使っていかなくちゃ。
ぞろぞろとゲートに向かっていく生徒達。
「ゆめちゃん!」
「あ、麗日さん」
「お互いがんばろーね!」
「うん、負けないよ!」
人ごみでわちゃわちゃしながら麗日さんと言葉だけ交わすと、あっという間に流されてしまった。
こうも人がひしめき合ってると、誰が何をするか分からない。
スタートゲートが狭すぎる。
範囲攻撃の個性でもあったら一発だ……?
ふと視界の端に見えた、紅白揃っためでたい髪の毛。
エンデヴァーの息子、轟くん。
麗日さん情報によると、ヒーロー科の中でも屈指の実力者。
遠目からだと分かりづらいけれど、何か考えている目だ。
麗日さんの言葉を思い出す。
対人訓練のときも、ヴィラン襲撃事件のときも、氷の範囲攻撃をしていたらしい。
となると――
スタート。
と同時に地面が凍りつく。
ひしめき合った状態で、咄嗟に前の人の肩を掴んで飛び上がった。
ごめん前の人。お陰で足が固定されるのを防げた。
これだけの範囲を瞬時に凍らすなんて、本当にトンデモ個性だ。
でも回避できた。
固まった人の間をぬって、滑る足場を脱出する。
もう前の方では障害物が登場していた。
あれは、入試の時の仮想ヴィランだ。
0ポイントの超巨大お邪魔虫ロボを筆頭に、4種のロボットがコース上をひしめき合っている。
こんな大量の機械誰が作ってるんだろう。費用とか。
と、その中の一機が攻撃を仕掛けた瞬間、一気に凍りついた。
その足元を抜けていくのは轟くん。
あんな大きなやつまで凍らせちゃうの?!
不安定な状態で凍った機械はバランスを崩し倒れる。
うわあ、下敷きになった生徒もいただろうに。
ロボの上空を文字通り飛び越えて行く生徒も数名。
両手を爆破させながら飛び上がるのは、例の爆豪くん。
他にも、腕から伸びるテープでくっついたり、たくましい尻尾を利用して飛び跳ねたり、蛙みたいにくっついたり。
あれ全部ヒーロー科か。とんでもないな。
ぼーっと見てないで、私も行かなくちゃ。
他の生徒が小さなロボ相手に四苦八苦している間に、大きなロボの前に行く。
『対象を補足、攻撃開始』
律儀な機械音声と共に、ロボが腕を振りかぶる。
とんでもなく大きい分、動きは大振りだ。
ロボ相手なら、"個性"も使いやすい。
しかも今回は入試と違って"動きを止めなくて良い"。
初撃を交わして手で触れる。
瞬間、"個性"が発動する。
バチリと電気が走ったような感覚。
とはいえ、これは自分にしか分からない。
周りから見たら何もなかったように見えるだろう。
『対象のロスト、対象を再検索』
よし。
動きの止まった機械の横をスルッとすり抜け先へ。
「なんだあの機械、動きが止まったぞ?」
「あの女子が何かしたのか?」
「ちょうどいい、あそこから抜けるぞ!」
『対象の再検索失敗。対象を変更……新規対象を補足、攻撃開始』
便乗しようとした生徒が、再び動き出したロボに吹っ飛ばされる。
動きが止まったわけじゃない、ただ私を見失っただけだ。
いい感じに妨害も出来たし、この調子ならいけるかもしれない。
前を急ぐ私は、後ろで緑谷くんが見ているのに気付かなかった。
***
緑谷出久は驚いていた。
普通科D組のヒーロー志望、クラスメイトの紹介があって何度か顔を合わせたことのある少女の様子を見ていたからだ。
小型ロボットを上手くかわして大型ロボットの前に出たかと思うと、彼女が手で触れた瞬間、大型ロボットが動きを止めた、ように見えた。
(綾目さんの個性って人の心を読むんじゃなかったのか?)
ゆめが通り過ぎた後、大型ロボットは何事もなかったように攻撃を再開している。
心を読むといっても、その原理までは聞いていない。
相手の脳波を感知できるような個性だったら、機械の電流をいじって操ることも出来るかもしれない。
でもそれならば、人間も同じように操れることになる。
操っているわけではないが、人間にも機械にも作用する個性だったのだろうか。
彼女の個性、"心を読む"。
実体がないし、はっきりと読めるわけではないと言っていたため、確実に個性が発動しているところを確認したことはない。
確かに彼女は、時折こちらを見透かしたかのような言動を取ることがある。
個性と聞かされていたからドキッとするだけにとどまっていたけれど。
状況や台詞を思い返してみると、その内容は予測の範疇を超えていないと思える。
(まさか、綾目さんの個性って)
何かに行き着きかけたところで、小型ロボットの機械音声が耳に届いた。
いや、今はレースに集中しなければ。
緑谷出久は大型ロボットの破片を手にする。
***
第二関門、すごい綱渡り。
これは自力で行っても疲れるだけだな。
どうしよう……
と、ちょうどいい具合にいかにも空を飛ぶ系個性の生徒がやってきた。
翼を広げていざ飛ばんというときに、そっと背中にぶら下がる。
「ウッ?!」
自分一人分の体重を想定していた彼は、予想外の重量にバランスを崩す。
なんとか立て直して空を飛ぶ男子生徒。
しきりに背中を気にしているけれど、私と目が合うことはない。
体力ギリギリ、といった具合で綱渡りの終点に到着すると、そのままへばってしまった。
ごめんね名も知らぬ男子。そしてありがとう。
さて、なんとか他人の個性に便乗できたけど、大幅にタイムロスしてしまった。
そ知らぬ顔で先を急ぎ、ついたのは最後の障害物。
地雷原。
ううん、これは地味に走るしかないか。
前の人が引っかかってくれている分、後ろは走りやすい。
もそもそと進みながら前の人の肩をぽんと叩けばびっくりして飛び上がる。
腰を抜かした人を抜かすという地味な行為を繰り返して、そこそこ上位に登ったところで、前方で首位争いをしている2人が見えてきた。
地味に走っていた轟くんの後ろから、例の爆豪くんが爆破で追い上げて、2人の小競り合いが続いている。
飯田くんなんて地雷を踏むのも構わず突っ走ってるし、麗日さんの話には上がらなかったあれはB組の女子生徒かな?髪の毛のような弦のようなものを四方に伸ばして上手く地雷を避けてる。
追い付くのは厳しいけど、このまま走ればなんとか次の競技出場に食い込めるかな。
と、突然。
後ろから爆音が。
あちこちで地雷による小さな爆発音はしていたけれど、こんなに大きな爆発は有り得ない。
爆心地から吹いた突風に煽られてよろけて、危うく地雷を踏みかけた。
「?!」
地面の上を高速で移動する影。
上空を何かが飛び越えていった。
飛行系の個性じゃない。
爆炎に乗って空を飛んでいるのは、最初の障害物のロボットの外装……?
いや、上に人が乗ってる。
緑谷くんだ!
思わず後ろを振り返ると、地雷源の入口辺りは小さな穴ぼこだらけになっていた。
そして中心に大きな穴の空いた跡。
さっきの爆音は、地雷をかき集めて一気に爆発させた音だったのか。
緑谷くん、流石の発想力だ。
あっと言う間にトップ2名に並び、いや、追い越した!
足を引っ張り合ってた2人も緑谷くんを追わんと個性フルスロットル。お陰で氷の道ができた。
緑谷くんの飛ぶ勢いが落ちて抜かされそうになったタイミングで、再び地面に外装を叩きつけ、爆発で前に躍り出る。
す、すごい。あっと言う間に1位だ。
その後も続々生徒がゴールして行き、なんとかスタジアムに帰ったときには、結構な人数が揃っていた。
うーん、大丈夫かな。
「おーいゆめちゃん!」
この声は麗日さん。
声のした方角を見れば、難しい顔をした緑谷くんと、ショックな顔をした飯田くん、そして勇ましい感じの麗日さんが揃っていた。
「麗日さん、お疲れ様。緑谷くん1位おめでとう。いやーすごいね!」
「い、いやぁ……」
1位は嬉しいけどまだまだ安心できない、といった顔だ。
緑谷くんの戦法は、どうやら序盤で轟くんが潰したロボットの外装を使ったものだったみたいだ。
地雷を集めたり、外装で殴ったり、その場のものを有効活用してるといえばそうだけど、逆に言えば個性を全く使用してない。
前に緑谷くんの個性はデメリットがあると聞いていたけれど、相当なダメージを負うものなのかな?
それだと試合回数が多くなるときつそうだけど……
「あの、綾目さん」
「ん、なあに?」
疑問に思ってたら逆に向こうから話しかけられた。
「さっきのレース、序盤に綾目さんを見掛けたんだけど……」
緑谷くんがなにか言いかけた瞬間、観客が湧き上がる。
どうやら最後の生徒がゴールしたらしい。
「ようやく終了ね。それじゃあ結果をご覧なさい!」
主審のミッドナイト先生の言葉と共に空中に映像が浮き上がる。
1位から順に映し出され、流れるような順位発表の中、綾目ゆめの名前を発見した。
33位。
まずまず、なのかな?
「予選通過は42名!残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい、まだ見せ場は用意されているわ!」
……ということは、予選通過だ。
よし、及第点は突破した。
本番はここからだ。
ミッドナイト先生が口上たっぷりに発表した第二種目は騎馬戦。
予選の順位に合わせて各自にポイントが割り振られ、2〜4人で自由に作った騎馬の総点数を取り合うと。
そしてなんと、予選1位の持ちポイントは1000万。
1人だけ桁がとんでもない。
1位の持ちポイントが発表された途端周りの空気が変わり、緑谷くんの瞳孔がカッぴらいた。
これは嵐の予感。
そう言えば、さっき緑谷くんが言いかけていたのは何だったんだろう?
タイミングを逃しちゃったな。