体育祭・第二種目
第一種目が終わったと思ったら、あっという間に第二種目の準備に入った。 映し出された順位を見直す。 1位から緑谷くん、轟くん、爆豪くん……轟くんと爆豪くんはすでにチームを固めている。 どうやら飯田くんは轟くんチームに入ったらしい。 緑谷くんは案の定孤立している。 1000万ポイントなんて、どうあがいても集中狙い確定だしね。 チームを組んで死守するより、取りに行く方がいい。 ざっと見たところ、形になってきたチームは同じクラスメイトで固まっているみたいだ。 お互いの個性を把握しているし、作戦が立てやすいだろう。 そうなってくると、私も余ってくる。 私以外のD組はいないし、さらに言えばD組でも浮き気味だし…… さっきのレースで目立った個性を見せてるわけでもないし、声を掛けてくる人はいない。 まだ固まっていなさそうなチームに入れてもらおうか。 そうすると絶対に私の個性について聞かれるだろう。 嘘を通すか、本当を言うか…… 「アンタが綾目か」 「うん?」 諦めていた声が掛かって、条件反射で振り返った。 そこに立っていたのは、あまり見覚えのない男子生徒。 紫の無造作なヘアスタイルと、半分死んだような目をした長身の男子。 「普通科だろ。よくここまで残ったな」 なんだか腹に一物抱えた感じの目だ。 同族の気配がする。 「あなたも普通科だね。C組だったっけ?」 開会式での整列を思い出すと、隣のクラスで見かけたような気がした。 「そうだよ。知ってた?今年の普通科はヒーロー科編入志望が例年の数倍らしい。まあそのほとんどが脱落したみたいだけど」 ニヤリと含みのある笑みを浮かべる男子が言いたいことはなんとなく分かる。 彼はヒーロー科編集志望でここまで勝ち残った。そして同じく普通科の私を同士と見込んで声を掛けたんだ。 つまり、スカウトされてる。 さっきのレースでは、私の個性ははっきりと発動させていない。 上位争いをしていた人たちみたいに派手な個性じゃないし、不透明な点は多いだろう。 それは向こうも同じなんだけど。 「……いいの?」 「予選を生き残るほどだ。隠してるものがあるんだろ?」 隠してるといえば、とても隠しているけれど。 普通科のメリットは、個性があまり周知されていないこと。 パワーある個性で押せ押せなヒーロー科を制するには、普通科同士で組むのもいい手だ。 向こうから話しかけてきたことを考えると、この男子にも秘策があるとみた。 なにより彼は、静かに見えて懸命に勝ちを狙いに行っている。 私だってここで負けるつもりはない。 「うん、いいよ。私の個性は――」 *** 準備の合図と共に騎馬を組む。 騎手はC組男子改め心操くん。 馬は右が私、左と前は確かA組の生徒だ。 心操くんの個性を聞いたとき、驚きと共にちょっと寒気がした。 現に私以外の馬役は心操くんの個性にかかっているようだし。 正直私のいる意味あるのか?というような強力な個性だけれど、サポートくらいにはなると思う。 何がトリガーになるかまでは教えてくれなかったけれど、私を操っていないところを見るに本当に戦力として考えてくれているらしい。 周りの騎馬をざっと見て、簡単な戦略を考える。 一番狙われるだろう緑谷くんの騎馬は、麗日さんとごちゃごちゃした格好の女子、それと真っ黒い頭の男子。 彼は確かA組だったな。 麗日さん情報によると、体からスタ……実体のある影のようなものを出して戦う中距離万能スタイルらしい。 不思議眼鏡女子は、格好から見るにサポート科か。 緑谷くんや麗日さんもなにやらアイテムを装着してるし、逃げと防御を重視した布陣だろうか。 対して1位を狙う気まんまんの例の爆豪くん、轟くんの騎馬。 あの三勢力はどういう形であれぶつかり合って、個性を把握した者同士のガチンコバトルとなるだろう。 「流石にあの辺を狙うのは厳しそうだね」 三つ巴の乱闘をしてる間に棚ぼたできれば万々歳だけど、それを考えるチームはいっぱいいるだろうし、三者とも対策してるはず。 さっきのレースでも猛威を振るった範囲攻撃や威力のある個性。 できれば巻き込まれたくない。 となるとねらい目は。 「ぶら下がった餌に目が行ってるやつらだ」 心操くんの笑った顔、ちょっとやらしい感じだ。 *** 結果から言えば、なんと3位にランクインした。 とにかく派手に暴れまわる上位争い組が何かと目立っていたし、途中まで調子づいていたB組チームもいたけれど、いつの間にやら緑谷くんチームが4位に、B組チームはランク外に落ち込んでいた。 最終的に1位を取ったのは轟くんチーム。 とにかく個性がすさまじく、騎馬の人の放電とか、飯田くんの超加速とか、そしてなにより轟くんの氷結がグラウンドを凍てつかせていた。 A組はなんて集団なんだ。 私達の立ち回りがどうだったかと言えば、殆ど心操くんの独壇場だった。 戦法としては、序盤は様子見、むしろハチマキを取られて身軽になった。そして終盤、点数がある程度固まったところで上位の騎馬に不意打ちを掛けるもの。 相手の騎手が心操くんと相対すれば、あっという間に動きを止める。 心操くんの個性が掛からなかった騎馬は私の個性でフォロー。 突然奇声を上げて急停止した先頭と何が起こったのか把握できない後方とでちぐはぐになるわ、騎手は心ここにあらずだわ、相手の騎馬はてんやわんやだった。恨まないでね。 「心操くんのお陰だよ、ありがとう」 「別に、俺が勝ちたかっただけだから」 個性が解けたらしいA組の人たちにも興味がなくなったと言わんばかりにぷいっと顔を背ける心操くん。 まあ、今回は一時的な共同戦線だ。次の種目ではライバルになるわけだし。 心操くんは背中を向けて、ふと何かを思い出したように顔だけ振り返る。 「本当に目立たないんだな、綾目さんの個性って」 「えっそうデスネ」 心操くんの半分死んだような目でサクッと言い放たれた言葉にダメージを受けた。 目立たないって自称したけど他人から言われると傷付くね!いい笑顔だね心操くん! 「ゆめちゃーん!」 「麗日さん、と緑谷くん達」 喜びいっぱいに手を振りながら麗日さんがかけてくると、心操くんは挨拶もそこそこに離れていった。 「最終種目まで残ったね!3位なんてすごいよおめでとう!」 走った勢いのまま飛びついてきた麗日さんによろけつつも受け止める。 「ありがとう!麗日さんと緑谷くんもおめでとう」 「いやぁ私なんて、デクくんのアイディアに乗っかっただけだったし」 「そんなこといったら私も騎手の人にあやかっただけだよ」 お互い謙遜し合っていると、麗日さんに追いついた緑谷くんが登場した。 「綾目さん、3位おめでとう」 「緑谷くんこそ、あんなに狙われてたのに生き残るなんてすごいね」 「うん……宵闇くんが最後に粘ってくれて。僕の力だけじゃない、チームのみんなのお陰だよ」 緑谷くんも謙遜している……わけではない。 本心でそう思っているんだろう。 緑谷くんは、実力が足りないと自己分析してる。その理由は分からないけれど。 けっして悲観しているわけではないけど、何か枷になっていることがあるのかもしれない。 なにはともあれ、最終種目出場権を勝ち取ったのは事実だ。 轟くんの個性のお陰で氷壁の向こうで何が起こっていたのかはよくわからないけど、点数を見るに轟くんが緑谷くんのハチマキを奪っている。 終了直前に爆豪くんがすごい勢いで文字通り飛んでいったけど、間に合わなかったみたいだ。 最終種目は個人戦になるだろう。 出場者はほとんどA組。 さっきの試合は結構周りを見る余裕はあったけれど、いつも授業で個性をぶつけあってるA組とは情報量に差がある。 なんとか話を聞き出さないと。 マイク先生の放送の元、一時間の昼休憩になった。 食堂へ向かう人波の中、自然と寄り合ういつもの面子。 「飯田くんあんな超必持ってたのズルイや!」 「ズルとは何だ!あれはただの"誤った使用法"だ!」 上位のチームに入った麗日さんと飯田くんと緑谷くん。 是非とも話を聞かせてほしいところだけど…… 「あれ?緑谷くんは?」 「デクくんどこ行ったんだろ?」 いつの間にか姿が見えない。麗日さんもきょろきょろしている。 「トイレでも行ったんじゃないか?先に食堂へ行こう。早くしないと大変混み合うだろう」 「んーそうだね!ゆめちゃんも一緒に食べよう!」 「ぜひ!さっきの試合の話とか聞かせてほしい!」 *** 食堂のカウンターでご飯を受け取って麗日さんについていくと、女子生徒の隣に腰かけていた。 大きなお目目と綺麗な黒髪が特徴的な女子。 確かA組の人だ。 「……あなた、時々お茶子ちゃんに会いに来る子ね」 こちらに気付いた女子が、一度口を閉じた。 改めて掛けられた言葉は、何気ないものだったけど、何かあっただろうか。 「こんにちは。綾目ゆめって言います」 「私は蛙吹梅雨。よろしくね……綾目ちゃん」 「蛙吹さん……蛙の個性の人だよね!第一種目のとき見てたよ、ぴょーんってロボを飛び越えたり、綱にくっついたり」 「そう、ありがとう。綾目ちゃんも最終種目に出るのよね、すごいわ」 「いやぁそんな……」 蛙吹さんと言葉を交わしながら、麗日さんの隣に座る。 「前の席に失礼する」 飯田くんがトレーを持ってやってきた。 その後ろに、これまたA組の男子生徒。 片やマスクで口元を多い、個性的な腕をした生徒、片や体全体の形が変わる個性の生徒。 無口そうな二人だ。 障子くんと口田くん……この二人は惜しくも最終種目出場はならなかった。 A組だらけになっちゃったけど、良い機会だ。 沢山話を聞かせてもらおう。 「さっき言ってた飯田くんの超必って?」 「ああ、あれは誤った使い方なんだがレシプロバーストと呼んでいる」 「ふむふむ……」 *** 昼休み終了直前、D組の控え室に戻ってスマホをチェックしていた。 どうやらおばあちゃんの家でも体育祭の放送を観ているらしく、たくさんのエールが飛んできていた。 まだ目立った活躍はしていないから、ちびっ子たちはもっと目立てと言いたい放題だ。 おばあちゃんの優しさが滲み出る言葉に笑みをこぼす。 「優勝目指してがんばります、と」 返信して、スマホを鞄に戻そうとする。 あ、でも次は最終種目発表で、その後レクリエーションだ。 出番があるまで持っておこうかな。 スマホには家族からの声援、そして待ち受けにはファンのヒーロー、これ程勇気をくれるものはない。 ホーム画面でキメキメのエンデヴァーを見てニヤケながら控え室の扉を開ける。 「お」 「わっ」 タイミング悪く廊下を歩いていた人がいたらしく、前方不注意だった私は控え室から出るやぶつかってしまった。 手元から飛んでいったスマホが廊下を滑る。 「ごめんなさい!気付かなくて……」 相手の足元に滑ったスマホを拾ってくれた人。 その待ち受けを見詰めているのは。 「あ」 「……」 とととと轟くん?!! 紅白の髪、火傷の痕、画面を見て俯いてるから表情は見えないけれど、怒ってるような気がする。空気が。 「あわわわ拾ってくれてありがとう!じゃ!!」 歩きスマホダメゼッタイ!! 半ばぶんどるようにスマホを取り、ダッシュで逃げる。 うわー恥ずかしい!息子さんにホーム画面エンデヴァーにしてるってバレちゃった! なんかやたら恥ずかしい!! ああもう、やだなぁ次の試合で何か言われたらどうしよう。 お父さんのファンです!ってむしろ開き直っちゃおうか。 この時は恥ずかしさが先行して気付かなかった。 轟くんの表情、その意味に。
DADA