体育祭・最終種目(前編)
「麗日さんどうしたのその格好?」
「うひゃぁゆめちゃん!」
声を掛けられたことに驚いたのか、麗日さんがすごく飛び上がった。
その拍子にちらりと翻るスカート、シャツ、そしてポンポン。
昼休憩が終わり、続々と集まってくる生徒達。
これから競技場で最終種目発表とレクリエーションが行われる。
最終種目に向けて本場アメリカから呼んだというチアリーディングチームがチアッチアにチアっている。
その隣で、ヒーロー科A組の女子たちも何故かチアでチアってチアリズムしている。
どうしたんだろう。
どことなく表情が暗いので、みんなノリノリでやっているというわけじゃなさそう。
ポニーテールの女子が騙されたといった顔をして落ち込んでるし。
彼女も最終種目出場者だったはず。
確か名前は八百万さん……個性は創造、とても万能な能力を持っている。
このチア服を作ったのも八百万さんなのだろう。
めちゃくちゃ落ち込んでいるのを麗日さんが励ましている。
「なんとなく察したけど、よく似合ってるよ」
「そっかなー?ありがとう」
照れくさそうにはにかむ麗日さんを見ると、心がうららかになった。
マイク先生の放送で、最終種目が発表された。
上位4チーム、総勢16名のトーナメント。
1対1のガチンコバトルだ。
毎年最後の種目は1対1と決まっていたけど、トーナメントか……上位に上がれば上がるほど手が読まれる。
「それじゃあ組み合わせのくじ引き……の前に」
ミッドナイト先生が鞭を鳴らして注目を集める。
「今年は更に!特別ルールがあるわ」
というミッドナイト先生の声と共に、画面上のトーナメント表が変形する。
両端に新たに二つの枠が追加されて、計18名のトーナメントに拡大した。
「どういうことだ?18名では対戦数にも差が生じるが」
飯田くんの疑問もごもっともだ。
それに応えるように、ミッドナイト先生が説明を続ける。
今年の普通科はヒーロー志望が多いとのことで特別枠が設けられたという。
ヒーロー科と普通科ではカリキュラムの関係上どうしても実戦経験に差がついてしまう。
その差を鑑みて、普通科の生徒にもヒーロー科と同等のチャンスを与えるべきだとの判断があったらしい。
なるほど確かに普通科のヒーロー志望からすれば願ってもないことだ。
けれど。
「なんだよそれ、ヒーロー科に敵わないからお情けってことだろ?」
「ふざけんなよ馬鹿にしやがって!」
ヒーロー志望でない外野の生徒はブーイングすさまじい。
ただでさえ落ち目を感じてるので余計に不満を感じているんだろう。
「ていうか普通科が2人出るならもういいだろ?」
「普通科ばっかりひいきなんてずるいよね!」
今度はヒーロー科からブーイングだ。
普通科以外の生徒たちも上位目指してがんばってきたわけだし、その怒りもごもっともだ。
加えて今回普通科の上位2名は心操くんと私で、既に出場権を得ている。
繰り上がりで普通科3、4位の生徒がトーナメントに出場できるわけだけど、こうもブーイングの嵐では出場したくても萎縮してしまう。
みんな言いたい放題なのでミッドナイト先生が怒りそうだ。
怒ったところで不満は変わらない。
チャンスを多く与えようという学校の気概は悪くないと思う。
試合の数が多いほど、報道にも熱が入るし。
うーん、打開策を講じるとすれば。
「ミッドナイト先生」
「あら、普通科の綾目さん?」
まっすぐ挙手して発言権を得る。
「通常出場の権利を放棄して特別枠での参加は可能でしょうか?」
つまり、私が騎馬戦で勝ち得たトーナメント出場権を放棄することで、その分順位が繰り上がってヒーロー科の人が参加できるようになる。
ただし私が出場できなくなるのは困るので、特別枠に移動させてほしい。
普通科のチャンスを残しつつ、ヒーロー科の人の不満も抑える手だと思う。
「いいアイディアだけど、そうなると普通科4位の子が出場できなくなるわ」
「ぼ、僕は別にいいです……」
消え入りそうな声で答えた普通科4位の生徒。
さっきの騎馬戦は観戦していたみたいだけど、ヒーロー科の勢いにすっかり意気消沈してしまったみたい。
「そう……では特別に許可します!ナイスアイディアよ綾目さん!」
まだざわざわしているものの、大声での不平不満は消えた。
しかし悪目立ちしちゃったな。トーナメントで目をつけられなきゃいいけど。
いや、観客の目もあるし目立ったほうがいいのかな?
そこへA組の男子生徒がさらに挙手。
普通科特別枠へ物申すのかと思いきや、なんと出場を辞退すると言った。
あの男子、心操くんの個性に掛かってた人だ。
名前は尾白くん。
そのことで思うことがあるらしく、決勝の舞台には立てないと悔しそうに言う尾白くん。
青臭いの大好物というミッドナイト先生はこれも許可し、私の枠と合わせて2人の生徒が繰り上がり出場となった。
ちょっとまごついたけれど、トーナメント出場者も出揃った。
特別枠によって戦闘回数に差が出る分、途中にレクリエーションを挟むらしい。
棄権者が出たり、特別枠があったり、今年の大会は異例に異例の大騒ぎだ。
なんやかんやでくじを終え、トーナメントの対戦相手が発表された。
1回戦は特別枠同士の対戦、つまり私と普通科3位の生徒だ。
その後、轟くんと瀬呂くん、緑谷くんと心操くん……と続いている。
1番か、ちょっとやだな。
普通科3位の生徒をチラリと見ると、なんと最初の種目で私が利用した羽の生えた個性の人だった。
早かったもんね、私が乗らなければ。
ごめんね名も知らぬ男子生徒。
「綾目さんって、あの心操って人の騎馬だったよね」
「うん、そうだったけど……」
緑谷くんが心操くんの個性について聞きたそうにこちらを見ている。
でも、一時とはいえ共同戦線を張った身、お互いの利害の一致の元、個性を教えあったわけで。
「うーん、一応仲間だったし私の口からは――」
「あんただよな?緑谷出久って」
と、タイミングを図ったかのように心操くんが緑谷くんに声を掛けた。
緑谷くんが応えようとした瞬間、尾白くんが尾っぽでその口を抑える。
尾白くん、心操くんの個性について何か掴んだのだろうか。
緑谷くんと共に競技場を後にしていく。
私からは教えられない、と言おうとしたし、尾白くんがアドバイスするならそれでいいだろう。
レクリエーションに参加する生徒、最終種目に向けて調整する生徒、それぞれ散っていく。
私も準備に入ろう。
もうすぐ、もうすぐだよ。
ここにいる観客に、私がいるって見せてやるんだ。
***
レクリエーションは出なかった。今の内に戦略を考えたかったから。
会場の外を歩きながら、頭を回す。
最初の相手は多分大丈夫だ。申し訳ないけど活路は見えている。
次の相手の攻略を考えるなら……轟くんと瀬呂くん。
今までの活躍ぶりを見ている限り、轟くんが勝ち進むと思う。
瀬呂くんはテープを上手く操って飛んだり滑ったりして、拘束するのも得意そうだ。
でも、轟くんの個性で固められたら勝ち目がないだろう。
チャンスがあるとすれば速攻勝負に持ちかけるしかない。
とはいえ轟くんの範囲攻撃、スピードも凄まじいし……
私が戦うときを考えたなら、とにかく氷を避ける術を考えなくちゃ。
なにか弱点はないのかな。
「ん」
「あ」
デジャヴ。
考え事をしながら歩いていたら、張本人に出くわしてしまった。
会場の外で精神統一でもしていたのか、しゃがんで壁に寄りかかっていた。
やばい。
本人に会うまで忘れていたけど、さっきのお父さんホーム画像にしてるよ事件を思い出して顔に熱が集まる。
ダメだこれ思ったより恥ずかしい!
「お、お邪魔しました」
180度回転してその場を離れようとする。
が、なんと向こうから声が掛かった。
「お前、綾目だったか」
「は、はい?!」
反射的に振り返ると、立ち上がった轟くんがこちらをじっと見ている。
表情は固く何を考えているのか読み取れない。
私の技術が通じないやりづらい相手だ。
焦るこちらを知ってか知らずか、声を掛けてきたくせに沈黙を保っていた轟くんは、ややあって疑問を口にした。
「なんで」
「え?」
「なんで奴を壁紙にしてんだ?」
短い言葉に含まれるのは、疑問、不理解……怒り?
焦っているのでその意味まで頭が回らない。
「な、なんでって……ファンだから」
何を言わせられてるんだろう。
「ファン?」
ますます意味が分からないとちょっと表情が現れた。
その様子が不思議で、焦りが治まる。
これは、どうやら何かあるらしいぞ?
頭をフル回転させながら言葉を選ぶ。
「別におかしいことじゃないよね……?だって、エンデヴァーはNo.2のヒーローだもの。憧れる人だっているよ」
ああ、轟くんの顔が分かりやすく変わった。
そういう顔もするんだ。
この顔は、苛立ち、憎しみ、あと諸々の感情。
なるほど反抗期か。
父親と年頃の息子っていうのはむつかしいらしい。
「有り得ない。あんな奴のどこが」
吐き捨てられた言葉にムッとした。
確かに大きくなってからニュースで入ってくる内容は若干横柄な様が目立つエンデヴァーだけど、事実として事件解決数は圧倒的だ。
子供心に憧れたのは真実だし、今だってそれは変わらない。
……いや、今は押さえよう。
それよりも布石を打った方がいい。
まだなにか言いたそうにしていた轟くんを制すように言葉を続ける。
「不思議に思うなら最終種目で聞いてみて。今はお互い邪魔せず行こう」
それだけ言い残して今度こそその場を離れた。
後ろの気配を探っても、何かひっかかりがあるように揺れている。
これは光明だ。
轟くんの中に多少の疑問が出来たなら、それが挙動の妨げとなる。
あの速攻が鈍れば多少はやれるかもしれない。
そして何より、轟父子の関係……
少々卑怯だけど、付け入る隙になりそうだ。
2人に何があったかは分からないけど、なり振り構ってられない。
だって、勝たなくちゃいけないから。
***
あっと言う間にレクリエーションも終了し、競技場の真ん中にステージが用意された。
セメントス先生の個性、とっても便利だ。
『ヘイガイズアァユゥレディ?!色々やってきましたが!結局これだぜガチンコ勝負!!』
マイク先生の放送で盛り上がる会場。
1回戦は普通科同士のバトルなので大盛り上がり、という程じゃないけど。
『自身の出場権を譲って特別枠参戦!その胸中や如何に?!普通科綾目ゆめー!!』
大分適当なことを言われた気がする。
目立った活躍もしてないし言うこともないんだろうな。
ステージの所定地に立ってお互い向き合うと、場の空気が変わった。
少し緊張するな。
相手の男子生徒は意気揚々と羽を羽ばたかせている。
カッコイイ個性だなぁ。場内の人にも分かりやすいし。
逆に言えば、戦法を読まれやすいってことだけど。
さて、私の戦法が通じるかどうか。
「よろしくね」
にこりと笑いかければ、相手もつられてお辞儀する。
『START!!』
マイク先生が叫ぶ。
でも、言葉を続ける。
「特別枠だなんだって大騒ぎだったけど、こういう舞台に立てるってすごく光栄なことだよね。最初の試合だし、健闘を讃えるってことで」
右手を差し出しながらステージの中心へ歩き出す。
『綾目、友好の証を求めに行ったぞ?』
相手の男子は面食らったらしい。
開始と共に飛ぶ気満々と開いた羽を中途半端に閉じてしまった。
ステージの中心まで行って、ニコニコしながら右手を差し出し続ける。
出鼻をくじかれた男子も、全く敵意を出さない私に観念して、中央へ歩み寄る。
『最初にしては和やかなムードだな。いや最初だからか?いいのか綾目、握手した瞬間空中に持ってかれるかもしれないぞ?』
マイク先生のちゃちゃ入れを流し、中央へ寄った2人が固い握手を交わす。
「健闘を祈るよ」
頷く男子生徒。
学生らしいきらきらした瞬間じゃなかろうか。
しかし。
「そう言えば、ずっと気になってたんだけど……君の背中、何乗っけてるの?」
「え?……うわああああ!!」
私の言葉に促されて振り返った男子が絶叫した。
「うわあなんだこれ?!!こいつがあの時から!!ひ、やめ、やめろおおお!!」
握手も放り投げて必死に背中をかき回す男子が、たまらず羽を広げて空に飛び上がる。
危ないよ、目が見えない状態で飛んじゃ。
「なに?!前が見えな、やめ、やめろ!やめてくれえ!!」
空中で方向感覚を失った男子は、そのまま場外へとすごいスピードで飛び出し、あえなく壁に激突した。
結構痛々しい音が響き、会場はすっかり静まってしまった。
『な……何が起きたんだ?』
「えーっと……翼くん場外、綾目さん勝利!」
会場も何がどうなったのか分からず、パラパラと拍手が零れるだけ。
恐怖に震える男子の絶叫が会場の空気を重たくしてしまったらしい。
ここまで盛り上がらないとは……ちょっと惨いことをしてしまったかな。
なんにせよ勝ちだ。
派手じゃなくても勝ち上がれば認められる。
壁に激突した男子は担架で運ばれていった。
うわごとのように「背中に……背中に……」とつぶやきながら。
私がステージを降りた辺りで、やっと会場がざわつき始める。
「何が起きたんだ……」
「手から放電?」
「でもあれ、痛がるっていうか怖がってたよな」
「普通科の生徒が綾目の個性は"心を読む"って言ってたけど」
チラリと観客席の生徒を見ると、緑谷くんが見えた。
口元に手を当ててブツブツしてるらしい。
その両隣の麗日さんと飯田くんも頭に疑問符を浮かべている。
眉を八の字にしてこちらを見てくる麗日さんに、「ごめんね」と口パクしてから会場を後にした。
騙してごめん。でも、勝ちたいんだ。
***
ゆめが会場を去った後、次の対戦準備が始まる。
轟と瀬呂の試合が終われば、次は緑谷の番だ。
が、当の本人は先程の試合を思い返ししきりにブツブツと口を動かしている。
「ゆめちゃんの個性、たしか"心を読む"って言ってたよね」
「ああ、それにしては先程の男子生徒の様子はおかしい。まるで何かに怯えているようだった」
「すっごく背中気にしてたし、何か憑いてたんかな?!」
「幽霊とでもいうのか?!幽霊の心を読み取り彼に何か告げた……有り得るだろうか」
緑谷の両脇で麗日と飯田が議論を交わし合う。
それを聞きながら、緑谷は心の中で疑問を形にしていた。
ゆめの個性は第一種目でも垣間見ていた。
"心を読む"。幽霊の心さえ読めるのか?機械にも作用するのか?
否。
違う。
疑問が徐々に確信へと変わる。
恐らく彼女は、嘘をついていた。
初めから、この日のためにずっと。
先ほど麗日に向けた音のないメッセージ。
あれはつまり――
「デクくんそろそろ準備しなくていいん?」
「あっ次か!でも途中まで見てから……」
麗日に声を掛けられ我に返る。
ゆめの個性も気になるが、自分の試合ももうすぐだ。
しかし次は轟と瀬呂の試合、見逃すわけにはいかない。
そう思ってステージに目を向けた瞬間。
一面の氷。
***
ステージを後にして階段を上り、生徒の観客席へ戻る途中、なんとエンデヴァーが廊下の曲がり角から登場した。
ほほほ本物のエンデヴァーだ!
お母さんから話を聞いたりテレビでしか見たことがないけど本物はすごい!圧がすごい!
「む、君は……」
うわああエンデヴァーに見下ろされてる背ぇ高い!!
すごいメラメラしてる。近くにいると暑い!
「綾目と言ったか。成程」
名前覚えられてる?!
何故?!
「次の試合、楽しみにしている」
えっなんか、声掛けられた?!
すごい!なんで?轟くんと当たるからってこと?!
カラ回る私を置いてズンズン立ち去るエンデヴァー。
向かう先は選手入場用の入口。
選手……轟くんにエールでも送りに行ったのかな。
なんやかんや息子には構いたいお父さんなんだろうか。
あわわ、そうだ次は轟くんの試合。どちらか勝った方が次の相手、見ておかなくちゃ。
観客席に急ぐ途中、廊下で轟くんとすれ違う。
1度こちらに目を向けたけど、すぐにそらして入場口に向かっていた。
彼の中で私がどういう扱いになっているのか気になるところではあるけれど。
とりあえず試合を見させてもらおう。
そろそろ観客席というところでマイク先生の放送が始まった。
適当な生徒紹介を喋り、STARTを高らかに宣言する。
ヤバい、始まっちゃった。
急いで生徒用の観客席へ出た瞬間、物凄い冷気に襲われた。
目の前にそびえ立つ壁。
会場の半分を覆わんとする巨大な氷塊。
なに、これ。
これが、轟くんの個性?
なんとか合間を掻い潜ってステージを見下ろすと、カチンコチンに凍らされた瀬呂くん。
轟くんを捉えただろうテープは砕け、勝敗は一目で分かった。
湧き上がるのは歓声でなくドンマイコール。
さっきの試合とも異なる微妙な空気。
左の個性で氷を溶かす轟くんの表情が険しい。
エンデヴァーさんに激励されたのを反抗期で突っぱねただけ、とは言い難い。
あの父子の確執、思ったより込み入ったものなのかもしれない。