体育祭・最終種目(後編)
あっと言う間に試合は進み、第1回戦が終了した。
心操くんを下した緑谷くん、例の爆豪くんに果敢に立ち向かった麗日さん、それぞれの信念がぶつかり合う試合は、見ているこちらも熱が入った。
飯田くんに関してはサポート科女子がやりたい放題だったのでなんとも言えない。
商売根性逞しいな彼女。
そして、あっと言う間に第二試合……というか特別枠分のエクストラマッチだ。言うなれば1.5試合だろうか。
この一戦が終わるとレクリエーションを挟む。
出場者は私、相手は轟くん。
正直さっきのあれを見せ付けられて勝てるとは思えない。でも、負ける訳にはいかない。
勝機は少ないけれど、ゼロじゃない。眺めていたスマホを閉じ、控え室を後にした。
入口からステージへ。
マイク先生の口上を聞き流しながら。
同様に轟くんもステージへ上がると、会場中から拍手が湧き上がる。
流石に盛り上がり方が違うな。
轟くんが一度チラリと目線を逸らして、改めてこちらに向き直った。
先程の視線の先にはエンデヴァーさんがいる。常に燃えてるから目立つ人だなぁ。
No.2の息子、A組トップの実力者、前種目2位1位、沢山の期待を集める轟くんは、重圧なんて一切感じさせない佇まいだ。
いや、むしろなんというか。表情が出にくい人だけど、それゆえに感じるものがあるというか。
「さっきの話だが」
開始前に向こうから口を開く。ということは、それほど気になってたのか。
若干トゲがあるように聞こえる。これはかなり重症とみた。
「ファンの話?」
「ああ。俺には分からねぇ、あんなクズのどこがいいのかなんて」
クズ。クズっていったよお父さんのこと。
家族の問題だけど、それはそれ、私が憧れたのは別の話だ。
「ええっと、元々は母親がすごいミーハーでね、私がちっちゃい頃からグッズとか集めまわってて。それに影響されたのもあるんだけど……」
「……」
無言を返されると恥ずかしいんだけど……
「う、うーん。分からないって顔してるね。でも、私は轟くんのことが分からない。私はエンデヴァーのこと、テレビの中とかお母さんの話でしか知らない。その中の彼は、沢山の事件を解決してきたすごいヒーローだった。漫画の世界みたいなかっこいい個性で、画面いっぱいに炎が吹き荒れるたびに男の子みたいにはしゃいだよ」
轟くんの目が、少し見開かれた。
驚いてるんだ、自分の中にない考えだって。
この二人にはよっぽど深い溝があるらしい。
炎。
エンデヴァーはその圧倒的な炎の個性で実力を誇るヒーローだ。
「轟くんは、使わないんだね」
今までの試合を見てきた中で、轟くんが左の個性を使うところを目にしていない。
個性に触れただけで、轟くんの空気が険しくなったのを感じる。
「俺は右だけで勝つ」
冷たい目。
私を見据えているけれど、私を見ていない。
視線は一瞬だったものの、意識は観客席に向いている。
どうやら轟くん、この体育祭中ずっとお父さんを意識しているらしい。
何があったのかは知らないけれど、ちょっと失礼じゃないかな。
いいよ。そんなにお父さんが気になるのなら。
使わせてもらう。
『START!!』
長いやり取りが終わったのを見計らってマイク先生が高らかに宣言する。
即、轟くんの先制。右の氷が地面から伸びる。
でも、小ぶりでやや遅い。
さっきのやりとりでリズムが崩れたか、これならギリギリ避けられる。
本当にギリギリだけど危なっ!
避けたと思ったらすぐに次の手が飛んでくる。
小技で隙を与えないつもりか。
多分、普通科女子っていうので遠慮してるところもあるんだろうけど。
意識も父親とか、更に言えば次の試合に向かいがち。
めちゃくちゃなめられてる。
ちょっとムッとする。
でも、好都合だ。
なめてるなら隙が生まれる。
「轟くん、私の個性は知ってる?」
ポーカーフェイスで分かりにくいけど、微妙に反応した。
心を読む、というのは耳に入っているらしい。
それならさっきの試合でなんか違うぞという疑問も生まれているはず。
それを確かめるためにも小出しの連撃か。
ううん、正直避けるので精一杯だ。
けど。
「悪いけど……上だよ!」
轟くんが言葉につられて一瞬意識が上に向いた。
空いた!
突進して一気に近づく。
即座に反応した轟くんが氷を放った。
ぶつかる前に直角に折れ曲がる。
飯田くんとの訓練のときと同じ動きだ。
轟くんの背後から距離を詰める。
腕を伸ばすのと、轟くんが振り返るのはほぼ同時。
指先が掠めた。即反転。
反射的に氷の盾を作って距離を取る轟くん。
危ない。
ギリギリ……靴の先が凍った。
「なに……?」
疑問の声と共に、轟くんの動きが止まった。
ゆっくりと靴を脱ぎ捨てて、氷の裏側から表へ。
轟くんは周囲を見回している。
さっきまでの連撃が止み、観客がざわめき始める。
そっと近づいて一言。
「上だよ、轟くん」
バッと見上げた轟くんの目に映ったのは、不意打ちのように落ちてくる私。
反射的に飛び退いたそこに、腕を突き刺すように降り立つ。
「おっと失敗。じゃあね」
私の姿が蜃気楼のように揺らぎ霧散する。
「……」
轟くんが消えた私の姿を探して首を回す。
その様子にざわざわと騒ぎ出す観衆。
『おっとこれは?轟いきなり綾目を見失ったかー?』
なんていうマイク先生。
さすが先生、個性を把握した上で私に不利にならないような言葉選びをしてくれてる。
「どこに行った……?」
実際、すぐ傍にいるんだけどね。
「私の個性、驚いてくれたかな」
言葉と共に、姿を現したのはステージ中央。
氷の間に立つ私が、轟くんの目に映る。
すかさず伸びる氷の個性。
さっきより随分威力が強い。
当たる直前、姿が消える。
そして再び姿を現す。今度は出来たばかりの氷山の頂上。
「それがお前の本当の個性か」
「そうだよ。小耳に挟んだかもしれないけど、"心を読む"っていうのはあくまで技術。私の個性を補うためのもの」
読心術、というほどのものでもない。
他人の視線、挙動、言動を見て心理を推測する。
ざっくりとした感情の機微しか分からないし、表情や動作に出にくい相手には使えない。
つまり轟くんはやっかいだ。
さて、お分かりいただけただろうか。
私の本当の"個性"。
私の個性は"アイジャック"。
触れた対象の視覚をまるっとジャックする。
つまり、幻覚を見せる個性だ。
ジャックできるのは生物、機械。微量な電気を通すものならほぼ可能。
体育祭の最初から解説すると、まず障害物レース。
大型機械に接触しアイジャックを発動。
私をターゲットにしていた機械の視界から、私の姿を消してしまえば簡単に抜けられた。
ちなみに入試のときもジャックは出来たけど、行動不能にするには壁にぶつけるとかしないといけなくて、誘導する前に例の爆豪くんとかに破壊しつくされてしまった。
続いてのすごい綱渡り。
飛行系個性の男子生徒をアイジャックし、背中によじ登る。
重さとかはごまかせないけど私の姿を見えなくしてしまえば正体はばれない。
他人から見れば志村後ろと指さす状態だっただろう。
地雷原レースも、前方の生徒に触れて地雷原が爆発するイメージを見せ付ければ、音がなくてもそこは向こうの脳が勝手に補完してくれるので飛び上がってひっくり返っていた。
騎馬戦はほぼ出番なし、最後の騎馬に飛び出す壁の幻覚を見せてびっくりさせただけ。
そして先ほどの一回戦、運悪く巡り会った飛行系少年に、背中に憑いてる何かの幻覚を見せれば大混乱。
障害物レースの出来事が布石になるとは思わなかった。
空へ飛び出すと同時に視界を完全に塗りつぶしてしまえば、あの事故に繋がるわけだ。
彼はあとでお見舞いに行こう。
ということで、試合に戻る。
何も無い氷山の頂を睨む轟くん。と、その後ろで同じ角度に頭を上げる私。
幻覚を見せる対象と視点をほぼ同じ視界にしたほうがイメージしやすいからね。
外野からみたらすごいシュールなんだろうな。
麗日さん、緑谷くん、飯田くん、嘘をついてごめん。
普通科のクラスメイト、さっきの普通科男子、怖がらせてごめん。
でも、全部勝つため。
この時のために用意してきたこと。
この大会で優勝して、誰よりも一番のヒーローになるために。
ずきりと軋む罪悪感は、今は蓋をする。
さて、ここからどうやって相手を場外に押し出すか。
轟くんは私の姿を見失い、それが突然現れたのにもう既に冷静になってる。
私の個性がよくわからない以上、下手に打ち込んでこない。
なんとか動揺を誘って追い詰めたいところだ。
幻覚の私が腕を前に伸ばすと、氷山から棒状の氷が細長く伸び出て手元に届く。
それを掴んで引き抜くと、形が剣に変わった。
アイスソードのイメージ。
肉弾戦に持ち込んでみよう。
本体の私でもう一度轟くんに触れてから、そっと距離を取る。
触れた後2分間ほどしか幻覚は持たない。
さらに言えば幻覚だとバレたら簡単に攻略される。
慎重に、かつ手っ取り早く終わらせないといけない。
本体の私が轟くんから距離を取った直後、幻覚の私が氷の山から轟くんに一直線。
相手の行動を予測してイメージを構築する。
まず剣を振りかざす。と、氷の障壁でガードされた。
予想通りだ、氷の剣が脆く崩れ去るイメージを映す。
一度姿を消してから、轟くんの背後に出現。
幻影の私が拳を突き出すも、あっさりと避けられた。
その時轟くんが眉をひそめた。違和感に気付いたって顔だ。
背後に立たれたのに気配を感じなかったからだろう。
勘がいい。接近戦はよくないな。
「!」
轟くんの手から氷が飛び出し、幻影をまるっと閉じ込める。
危ない。なんとか固まる前に姿を消した。
幻覚は触れた対象にしか見えない。
置いてけぼりの会場がざわついている。マイク先生もさっきから轟くんの動きしか喋ってない。
轟くんも気づき始めてる。
なぜこんなにもざわついているのか、なぜこんなにも違和感を感じるのか。
轟くんの場所もほぼ変わってないし、大技で決めにいくしかないか。
「そろそろ時間切れだしね」
言葉とともに、私の幻影を映し出す。
ステージの真ん中。轟くんの背後は、あと3メートル。
正直ちょっと苦しいけど、なんとか追いやらないと。
轟くんが後退するほどの幻覚はなんだ。
思い起こす試合前のやりとり、彼の表情。
意識の先にいる人物。
「――轟くん、本当に氷しか使わなかったね」
「……」
返事はない。
轟くんの半身には霜が降りている。
動きが鈍くなっているし、氷の個性はそろそろ限界なんじゃないかな。
炎を使わないならそれでいい。
それでエンデヴァーを否定する気になれるなら、そうすればいい。
私はちょっと怒っているのだ。
轟くんが何を思って立っていようが、私は勝つ。
その為に、この姿で勝負に出る。
「そんなに気になるの、お父さんが?」
「関係ねぇだろ」
「そうだね、そうかもしれない。でも、私は勝ちたいから、だから」
ごめんね。
私の幻影が歪み、膨れる。
背が伸び、体がガッシリとして、体から炎が燃え上がる。
「な、に……」
フレイムヒーロー、エンデヴァー。
その姿をそっくりそのまま映し出した。
流石にここまですれば幻覚だとバレるだろう。
でも、轟くんの思考は固まっている。
その瞳は、ただ目の前に映る人物に釘付けだ。
右腕を高く掲げると、炎が渦となってエンデヴァーの幻影を包む。
熱を与えることは出来ないけれど、何度もテレビで見返した炎、光を鮮明に再現した。
動揺しろ、そこをついてやる。
卑怯でも、なんだってやってやる。
私は絶対に……!
「その姿で……」
轟くんが絞り出した声は震えていた。
効果あったか?
「俺の前に立つな!!」
瞬間、吠えた轟くんの顔は、憎悪に歪んでいた。
右の氷結。
今までのどの攻撃よりも巨大な氷塊がエンデヴァーの幻影を貫く。
「なっ……!」
キンと冷えた空気は、その氷塊は、轟くんの心情をそのまま表したのか。
「これは……」
轟くんが何かに気付いたように言葉を漏らす。
しまった、反応が遅れた!
轟くんの予想外の激情に圧されてしまった。
氷塊の中で思考が遅れた幻影は、ノイズが走ったように掻き消える。
「幻か」
個性が解けた。
半身が霜に包まれた轟くんが、本物の私を目で捉える。
冷たい目が、こちらを見ている。
「ッ、正解!」
怯んでる場合じゃない。
速攻でタックルをかます。
あれだけ大技を放ったんだ、見るからに疲弊した轟くんは、動きも鈍ってる。
あと3メートル。
なんとか押し出して……!
ピシリ。
足首に冷たい感覚。
「……まだ、使えたんだ」
ご丁寧にはだしになった方の足を、僅かな氷で縫い付けられていた。
轟くんの体は酷く冷えていて、その目も、感情も、何もかもが凍てついている。
「違和感は感じてたんだが、その正体がいまいちつかめなかった。あの姿、勝負に出たつもりだったんだろうが、逆に気付いた」
あんなに怒ってたのに、まだ冷静に局面を見る余裕があったというのか。
さっきまで客席にいたはずのエンデヴァーがここにいるはずがないと、気付いた瞬間余力を残したのか。
たった片足一つ分の小さな範囲。
それでも頑なに封じられている。
参ったといえばお終い。
こんなに、呆気なく。
轟くんの体は震えている。
多分これが限界なんだ。この足さえなんとかなれば勝てるのに。
沢山考えて、相手に嫌な思いをさせてまで、ここまで登ってきたのに。
こんな、片足だけで。
「まだだ……まだだよ。こんなところで終われない」
そうだ。
毎日の努力だって、A組の3人との訓練だって、情報収集、戦略、どれもこれも全部この日のために!
「私は、ヒーローにならなきゃ……!!」
もうがむしゃらに叫ぶしか残されてなくても、もがくのを止められなかった。
その時。
プツン。
「あ……?」
それは、変な感覚だった。
糸が切れたと言うべきか。張り詰めていた何かに小さな亀裂が入ったような。
ぞわりとかけ登ってくる悪寒。
水底に引きずり込まれるような感覚。
自分の中の何かが書き換えられていくような気味悪さ。
轟くんの冷たい個性、その恐れが怒りに。
他人の心に付け入る罪悪感が、快楽に。
敗北感が、狂気に変わろうとして。
お母さんへの想い、ヒーローへの憧れ、エンデヴァー、轟くん、A組の3人、クラスメイトたち、嘘をついた、不躾にかき乱した、目指したもの、そんな色々な思考が、思考が、混ざって、溶けて、ぐちゃぐちゃになって。
「――は、ははは、あははははははは!」
嗤っていた。
『急に笑い出したぞちょっと怖いな!まだ諦めない綾目、だが打開策はあるのかー?!』
マイク先生の声も届かない。
何が面白いのか分からないけど、馬鹿みたいに笑いが止まらない。
さっきまで感じてた悔しさも忘れてしまった。
残っているのは正しく目標だけ。
ヒーローになる。なら、ここで終わってられない。当たり前だ。
文字通り足枷だと言うのなら、足ごと捨ててしまえばいい。
氷付けの足に力をこめてむりやり脱出しようとする。
皮が引っ張られてぴりぴりとした痛みを感じる。
なのに、可笑しくてたまらない。
「おい、無理するな。怪我するぞ」
私の様子を不審がった轟くんが肩を持って制する。
「良いんだよ。私はまだ戦える。戦えるんだから。あはは痛い痛い、嗚呼可笑しい」
くつくつ嗤う私を見て、また轟くんが眉を顰めた。
ああ面白い、面白いね轟くん。
轟くんにまだ"触れている"。
見破られたとはいえ、幻術はまだ使える。
ここから押し出してしまえばこちらの勝ちだ。
今個性を発動すれば――
「あぐっ?!」
頭に刺すような痛み。
何、これ。
個性の使いすぎで脳がショートした?
いや、普段の練習ではこれくらいまだ余裕があったはず。
普段の練習……?
誰が?
私が。
いつ?どこで?
学校、自宅、部屋の中。
練習したイメージが、浮かんで、消えて、分からなくなる。
思考がぐちゃぐちゃになって、痛みが増す。
私は、なんで、記憶が、まるで、痛い、頭が、他人事のように、頭が、割れる。
私は、私は、私は――
誰だっけ。
反転。
***
『あーっとここで綾目ダウン!頭を抑えていたが大丈夫かー?!全く何が何だか訳分からなすぎておっつかねーぜ!!』
轟が足を固めて戦闘不能にしたつもりだったが、急に別人のように笑い出したゆめ。
戦闘前の彼女から想像もできないようなぎらついた顔。
何が彼女を駆り立てるのか、勝利に執着した"野心顔"だった。
ゾッとした。
父親に抱く感情とも異なる、別種の悪寒。
が、突然頭を押さえ悶絶しだすと、笑みを崩し力を失ったゆめは、至近距離の轟にもたれかかる。
「おい……」
どうしたのかと肩を支えるが、その目は固く閉じられていた。
轟が状況を把握できないまま、間に入ったミッドナイトが意識の有無を確認する。
「綾目さん気絶、轟くん勝利!」
高らかな宣言にも会場は震えないまま。
終わりは呆気なく。
会場も司会も対戦相手も置いてけぼりにして、ゆめの試合は終了した。
担架で運ばれていくゆめを見送って、轟もステージを後にする。
「あの子の個性、結局なんだったんだ?」
「どうやら触れた相手に幻覚を見せるらしい」
「幻覚……かく乱には便利そうだが触れた相手にしか見えないってのはどうも」
「彼女の防衛も考えるとコストがかかるな」
ざわつく観客は皆ゆめの個性について話していたが、それも活用が難しいという結論に落ち着いていた。
最後に見せた執念も夢のあと。敗者となった者に光は差さず。
廊下を歩きながら轟は思う。
最後に見せた"野心顔"も気になったが、ゆめが大技――エンデヴァーの幻覚を見せるときに言った言葉も耳に残っていた。
"ごめんね"
幻覚を見せる個性。
その性質上精神的な攻撃が主体となる戦闘スタイル。
父親の姿は間違いなく轟の心を揺さぶった。
それでも彼女は嬉々として攻撃したわけじゃない。
他者を傷つけることに罪悪感を持つ心を持っていた。
そんな彼女が最後に見せた表情に、違和感を感じた。
そして何よりも厄介なのが、彼女がエンデヴァーのファンだということ。
轟にとって最大の憎悪を抱く対象が、彼女にとっては憧れの存在だという。
理解できない。ゆめが言葉を重ねても、轟の耳は拒絶した。
拒絶のあまり相手を考慮しない個性を使ってしまったが、結果的に彼女の幻ということで命を危機にさらすことはなかった。
父親を否定する、そのために勝つ。
だのに感情に任せて危険な使い方をするなどもってのほかだ。
それほどに彼女の見せたエンデヴァーはリアリティがあり、すなわち彼女の憧れの強さを表していた。
自分が右の個性だけで優勝すれば、父親を否定できると思った。
でも、その後も彼女は父親のファンであり続けるのだろうか。
ほんの少しのわだかまりを残したまま、少年は控え室へ戻る。