甘いだけじゃ味気ない

2月14日、バレンタインデー。 我が本丸では、審神者から刀剣男士達に、日頃の感謝を込めて手作りチョコレート菓子の配布を行っている。就任当時に比べて人数も増えて、全員分を用意するだけでも大忙しだ。そのため前日から厨房に篭って、ひたすら生地を練り続けていた。手伝ってくれる男士ももちろんいるが、今は任務に出払っている。 「いやはや、甘ったるい匂いだな! 全身がチョコに浸かった気分だ」 扉を開いて開口一番。代わりのように厨房にやってきたのはこの男、近侍の鶴丸国永である。 散らかった調理器具、あちこちに飛び散った生地、厨房内の惨状を目の当たりにして驚いた驚いたとからから笑う。 「邪魔するなら出てって」 「いやいや、そんなつもりはないぜ。俺でよければ手伝おうじゃないか」 「……もうほぼ完成したから」 「そいつは残念、味見でもしてやろうと思ったんだがなぁ」 オーブンの中でゆっくりと膨らむガトーショコラを椅子に座ってぼうっと眺めていた私は、鶴丸に視線だけ投げてあしらう。 立ち上がる元気もないし、強いて言うなら片付けの手伝いをしてほしい。この分量を手作りするのは正気の沙汰じゃない。来年からは市販品にするか。 ああ、片付けといえば……その辺に放置していた刻んだチョコを指さす。 「お腹すいてるならソレ片付けといて。余ったやつだから」 「いいのかい? そんじゃ遠慮なく」 ばらばらの欠片を摘んで口に運ぶ鶴丸。白くて長い指と、薄い唇がチョコレートで汚れるのも構わずに。ちろりと覗く赤い舌が嫌に目を引く。見た目は恐ろしいほど美しい男だ。 「…………」 見惚れたと認めるのが癪だった私は、丁度良くオーブンが鳴ったので、そちらに視線を移してのろのろと立ち上がった。 ……刻んだチョコは、本当は余り物ではない。皆に配るものとは別に何か作ろうとして、慣れない作業に疲れ果てて諦めてしまったやつだった。この驚き大好き男にこっそり投げ付けてやろうと思った私が愚かだった。所謂本命、なんて、柄にも無いことはするもんじゃない。 ガトーショコラを取り出して、何度目かの生地のチェックをする。良し、中まで焼けているな。あとは少し冷めるのを待って……ん? 「鶴丸、何してんの?」 いつの間にかコンロの前に立っていた鶴丸は、器用な手つきでチョコを湯煎にかけていた。 「おっとバレたか。驚いたか?」 「驚いたというか……えっめっちゃ手早い……」 椅子に舞い戻った私の前で、コロコロと丸めたチョコレートを生成していく鶴丸。厨房に立つ姿は殆ど見た事ないが、何をやっても器用な男である。その調子で刀装も金色を量産してほしい。 「お疲れさん。せっかくだから君も食べるといい」 その内の一つを指で摘んだ鶴丸は、私の眼前にずいっと差し出した。チョコレート、手作り、鶴丸の手……仮にも惚れた男の手で作られたものだ、変に意識してしまう。というかいきなりすぎて困るんですが。 「いや、私はもう作っただけでお腹いっぱいだから……というかそれ溶かして固めただけでは」 内心の焦りがバレないように目を逸らしてそれとなく断ると、ふむ、と頷いた鶴丸。 「確かにこのままだと驚きがないな……なら、こういうのはどうだ?」 「え?」 摘んだチョコレートを徐に自分の唇に運んだ鶴丸は、そのまま軽く咥えた。目の前で行われた事が直ぐに理解出来ず固まった私の顎を掴むと、そのまま唇を重ねられ――は? 「んんんっ!?」 反射的に離れようとしても、がっちり掴まれた顎は全く動かない。目の前に鶴丸の顔面があって、それだけで頭が真っ白になった私はされるがまま、鶴丸の舌が甘い塊を押し込んでくると、熱いソレが私の口内で蕩けていく。 「……ふ……ぁ……」 するりと抜けた舌と共に離れた唇。至近距離で見詰めてくる金色の目に、頭が痺れるような感覚がして―― いや……痺れてるのは頭じゃない、舌だ! 「……辛っ!!? ゴホ、んぶぇ!!!」 「はっはっは、驚いただろ!」 舌先がビリビリと強烈に痺れる。なんだこれ、チョコレートの味じゃないが!? 涙目で見上げる私の前で、鶴丸が調味料の瓶を軽く振った。こいつ……なんてもの混ぜてるんだ! 「こっ……ゲホッゲホッ! ……鶴丸〜!!」 してやったり顔のこの男に抗議したいのだが、もうめちゃくちゃである。赤くなって咳をしまくる私は、耐えきれず床に崩れ落ちた。 「ははは、すまんすまん。だが仕込んだのはそいつだけだ、残りで口直しするかい?」 そう言ってしゃがんだ鶴丸が、指先をちょんちょんと唇に当てる。挑発的に細められた目に、直前の出来事が蘇る。酷い有様だが、あれは確かに口付けだった―― 「すっ……! …………し……」 「寿司?」 「違う!! もう、バカ!!」 「はっはっはっは!」 今年はなんとも思い出深いバレンタインになりそうだ…… 2022.02.14
DADA