「なんや、けったいな部屋やなあ」
 
 私が「蒼天堀の夜の帝王」こと真島さんとお付き合い始めたのはつい先日。大学時代の友人が「グランド」でバイトをしていて、そのつながりで知り合った。
 キャバレーのきらびやかな世界とは全く縁のない私が真島さんとお付き合いできたのは奇跡に近いなにかだったと思う。でも、意外やお付き合いは上手くいった。真島さんは「夜の帝王」と呼ばれているけれども、実のところ結構庶民的で、私と気が合うところも多かった。
 そんな彼が私の部屋に初めて来る。私のアパートは蒼天堀の隅にある。前「蒼天堀からは出ることができんのや」と言っていた。深くは追求しなかったけど。 ともあれ何があってもいいように…私は無駄に丁寧に部屋の片付けをする。「子どもたち」の手入れも万全だ。

 「おじゃまするで」
 「あんまりきれいな部屋じゃないですけど…どうぞ」

 ここで冒頭の言葉に戻る。

 「あれはなんや?検討もつかん」
 「ああ…それは…気にしないで、でも絶対触っちゃだめよ」

 私は大学院でコンピュータサイエンス、砕いていうと、パソコンの研究をしていた。やっとコンピュータと呼ばれるものを個人でも購入できる時代になって、大学の環境を家でもと、親に頼み込んでバイト代と合わせていくつか購入したのだった。私にとっては子供同然だ。
 コンピュータがごうごうと音をたてる。
 彼が私の用意した座布団に座る。私は氷のはいった麦茶を用意する。

 「なんなんや…これ」
 「えーと。コンピュータ、しってる?」
 「こんぴゅーた?なんなんやそれ」
 「簡単にいうと超すごい電卓みたいなやつ。研究でつかうんだ」
 「へー全くわからんけどすごいんやな」

 私は麦茶を差し出す。真島さんの隣りに座る。

 「私はこのコンピュータに可能性感じてるんだ」
 「ただの電卓やろ?」
 「『超すごい』んだから」
 「いつかコンピュータがもっといろんなところでつかえるようになればいいなーってそう思って研究してる」

 つい真面目なトーンになってしまった。

 「ごめん、ついこの話になるとアツくなって…せっかく来てくれたのに」
 「叶うとええな」

 え?
 彼は私の方を見つめるとそう言った。
 
 「そうやって真っ直ぐに夢に向かってるところ。俺は萌子のそんなところに惚れたんや」

 突然の言葉に思わず赤面する。

 「そんな…急に言われて少し恥ずかしい…。でも、ありがとう。好きな人にそういっていわれるのとっても嬉しい」



 そんな話をしたのが去年の夏のことだった。 それから私たちは緩やかながら穏やかに付き合いを続けていく。
 同時に彼にも抱えている闇があることを少しずつ知っていくことになる。
 刺青や眼帯のこともぽつりぽつり、彼から聞いた。蒼天堀から出られない理由も。
「別れられるかもしれない」と彼は気にしていたが、それが彼の人生の一部なのだから尊重したいと思っていた。

 あるとき彼は言った。
 
 「俺はいつか東城会にもどらなあかん。兄弟のためにや」
 「そっか…叶うといいね。私、あなたの自分の信念に真っ直ぐ生きているところ、好きよ」

 この気持ちは本心だった。でもその時思った。きっとずっと一緒にいるっていうのは叶わないんだろうなって。