ガルグ=マク落成記念日。ガルグ=マク落成記念日は、士官学校生にとっては舞踏会という華やかな会という認識ではなく、辺りは浮ついた空気になっている。

 私とて例外ではなく、いつもより少しだけ見栄え良く髪の毛を整え、普段はあまりしない化粧をして、近くにいないと分からない程度に香油を身体に忍ばせていた。
やっぱりこういうときくらい好きな人にいい格好をみてもらいたい。…見てもらえるとは毛頭思っていないけれど、そういう寂しい努力は許されると思っているのだ。
 舞踏会がはじまり、私は踊りはそこそこにシャンパーニュに手をだす。 当然、私の好きな人とは踊れなかった。加えて会うことさえも叶わなかった。
 舞踏会には踊りもあるが、食や酒も振る舞われる。未成年は酒を飲むことはできないが、私は幸い成人しているのでシャンパーニュを片手に皆の踊りを眺めている。

 そうこうしているうちに少し酔いが回ってしまったようだ。少し顔があつい。動悸もする。
 あまりお酒に弱い方ではないけれど、思わず多く飲んでしまったのかもしれない、心の何処かで緊張してしまっていたから。私は大広間を後にし少し休もうと中庭のベンチを目指す。
 しばらく拝借した水差しを片手にベンチで座りながら考えごとをする。思い描くのは好きな人の顔。図書室で出会ってから話すようになって、気付いたら彼に惚れてしまっていた。
 会えたらよかったんだけど、なあ…

 「萌子」

 知った声が私の鼓膜を震わせる。

 「セテス、どの…」
 「ここでなにをしていたんだ。舞踏会は大広間だろう」
 「少し飲みすぎてしまったんで、涼んでいました」

 好きな人、セテス殿にまさかここで会えるとは思わなかった。

 「身体は大丈夫か」
 「はい。やすんだおかげで」
 「少し浮かれてしまったか。気持ちも分からなくはないが、ほどほどにしておくように」

 言いながら、私の前に立っていたセテス殿は、私の座っているベンチの手すりをつかみ、少し身体を屈める。私は至近距離で彼の顔を見上げる形になる。
 恥ずかしさで身が潰れそうになるけれど、彼の視線から逃れることはできない。 酔いとこの状況で頭がおかしくなってしまいそう。

 「その髪と化粧、似合っているぞ」

 え?

 「その匂いも‥今日のためか」

 私の髪を一房、触れる。一気に顔が羞恥に染まる。

 「あ…あの、えっと、ありがとうございます。たまにはこういうのもいいかなって」
 「ああ…よく似合っている」

 今日のセテス殿はどうしちゃったんだろう。

 「あ、あの…言いにくいんですけど、少し顔が…近いかと」

 耐えきれずに言ってしまった。やっとの思いだった。ああ、すまない、と彼は私達が出会ったときの位置に戻る。少し名残惜しいが、あのままだと心臓が止まってしまう。
 この言葉は忘れてほしいが、と前置きした上でセテス殿は言う。

 「私は立場上、生徒と踊ったりなどはできないが、萌子となら踊っても良い、そう思った」

 夜風にあたって風を引かないように、そう言った彼は踵を返すと大広間の方に戻っていく。 私は水差しの水を飲みながら、悶々と先ほどの出来事を反芻する。