士官学校の休み時間、お気に入りのベンチに腰掛け、本を読むのが好きだ。自然の清けさを体で感じながら、お気に入りの本を読む、至福のひとときだった。
 今日も、そうしていた。「萌子ちゃんまた読書?飽きないねー」遠くでヒルダちゃんの声が聞こえる。
ほどなくして、聞き覚えのある声が萌子の鼓膜を震わせた。恋人であるクロードと見覚えのある女の人――先生。

 私たちを受け持っている先生は腕が立ち、聡明で、一人ひとりのことを気を配ってくれる。最初は表情が乏しかったけれど、今では少しずつだが笑うようになって、課題への取り組みも相俟って、生徒である私たちとさらに親しくなった、そんな気がしている。
 そんな先生とクロードが話をしていた。
 声のする方向に視線を向けると、先生は笑っていて、同じようにクロードも笑っている。最近よく見る光景だ。

 級長であるクロードと先生が話すのはよくあることだ。
 先生が笑うのは好ましいことだった。先生の笑顔は女の私からみても素敵だ。でも、そんな風に恋人と楽しそうに話されると、心の奥がチクリと痛む。



「正直にクロードくんに言ったほうがいいよー」

 相談に乗ってくれたヒルダちゃんは言う。
 クロードに言う。これが一番解決の方法なのは頭ではわかっていた。しかし「嫌われたら」とか、「重い女と思われたら」とか、邪魔な感情が私の中で声をあげる。

 「大丈夫だよー?だって、萌子ちゃんとクロードくんは恋人同士なんでしょー?思ったことはちゃんと伝え合う!それがいい関係を築くコツだよ!」
 「まあ、わたしもあんまり経験ないけどー」

 見透かすように彼女は私に追い打ちをかける。言ってしまおう、どうにでもなってしまえ。

 「…わかった。クロードに話してみるよ」

「頑張ってねー」と背中を押してくれた彼女はそう残して去っていった。



 どう伝えるべきかずっと考えていた。「やめて」と言っても級長と教師の関係上、そういうことはできないし、私とてそんなことを求めてはいなかった。
 夕食の後、「話があるの、部屋に行ってもいい?」私はクロードに尋ねる。「萌子だったらいつでも歓迎だよ」笑いながら彼は言う。

 「どうかしたか?」

 部屋につきその主が訊く。

 「あの…」

 私は少しずつ話す。最近クロードが先生とよく笑いあっていること。クロードと先生に妬いていること。でも、級長の立場も理解はしていること。クロードは黙って聞いてくれた。

「これが重い感情だということは理解してる。でも、クロードに伝えておきたかったの。私の中では大事なことだから」

 「話してくれてありがとうな。そして本当に、すまなかった。確かに萌子の言う通り、俺には級長としての役割がある。俺の野望にも…先生は必要なのかもしれない。でも、萌子の言ったことは忘れず心にとどめておくよ。先生と生徒、線引きはするつもりさ」

 私の眼をみて彼は言った。今までで一番、真摯に聞こえた。

 「ありがとう。私の思いが伝わったら、それでいいの。我儘なお願いだと思うから」
 「でも、それくらい俺のことを想ってくれてるってことだろ?嬉しいよ、本当に」

 クロードはウインクをする。「クロードのこと、好きよ」言うとクロードは私を抱きしめた。

 「俺も好きだよ、愛してる」

 耳元でそんな言葉が聞こえる。私は静かに目を閉じた。