「クロード、いる?」

 紅茶セットを持って、私は彼のいる部屋をノックする。東方の商人から仕入れた茶葉、私が普段飲む紅茶とは淹れ方も味も少し異なるのだけれど、何度もこうしているうちに慣れてしまっている自分がいる。
 戦争が始まり、クロードは自室に籠もりがちになった。同盟がこの戦乱を生き抜く策を得るために。もともと外で体を動かす性質ではなかったけれど、先生が加わってからは、めっきりそういうことも無くなって、たまに先生や、仲間に助言を貰う以外は、ずっと自室または書庫で策を錬るかをしていた。
 恋人の私としては、二人の時間を持てず寂しくないかといえば嘘になる。しかしなによりもこの戦乱の中、戦場以外でも必死に戦っている彼のことが、心身共に心配で仕方がない。
 上手い助言ができればよかった。ベレト先生のような、助言が。
 でも、私にできるのは戦いだけで用兵術は得意ではなかった。それでも得意としている騎馬での戦術に関してはできるだけ彼に応えようとしているけれど。
 なので私はせめてその疲れが癒えればと、こうして温かい茶を淹れるなどをしている。役に立ててるのかは分からないけど。
 
 「いるよ、入ってくれ」

 そんな声だけがした。私は片付いていない彼の部屋に入り込むと、場所を見つけて紅茶セットを置いた。

 「お疲れ様。これいつもの」

 我ながら慣れた手付きで紅茶を淹れる。クロードの目は紙面から私に向けられた。

 「おー助かる。萌子の淹れる茶はフォドラ一だね。疲れがすぐ癒える」
 「最近ずっと働き詰めだから、みんなあなたのことを心配してる。もちろん私も」
 「ありがとう。その言葉が嬉しいよ。俺は同盟の、そして俺の観たい景色のため…に、これからも無い知恵絞って策を錬るさ」

 そう言うとまた視線を紙面に落とした。大抵の場合こうなったクロードは誰が何を言っても反応しなくなる。

 「じゃあ私はそろそろいくね、あまり夜更かしはしないように」
 「待ってくれ」

 返事はないだろうと思いながら席を立つと、意外やクロードが話しかけてきた。彼は紙から目を離さずに言う。

 「しばらく傍にいてくれないか。特に何かしてやれるわけではないが…やっぱり恋人だからか…萌子が傍にいると心が安らぐんだ」

 私は嬉しさを隠せずに、元いた場所へ座ると紅茶に口をつけた。彼の作業風景を眺めながら、ティーカップ、2つ持っていてよかったと独りごちる。