「まだ起きていたの」

 私は目の前の影に向かって言う。

 「まだ起きてんの。眠れなくてさ。萌子も眠れないのか」
 
 先生が私たちの前に現れて、それから何節も経って。気付けば遠いところに来てしまったな、と私は思うときがある。そんなときは、夜風にあたりに食堂近くの見晴らしにに行くことが、ルーチンとなっていた。
 今日は先客がいたのだ。恋人であるクロードだった。

 「そう。私も眠れないの」
 「心配だな…そいつは。いつだって添い寝、してやれるぜ?なんなら子守唄も」
 「…私のことは気にしなくていいの。たまにだから」

 夜特有の湿った、それでもひんやりとした風が私とクロードの間を吹いていく。私はクロードと目を合わせることなくその夜風を受けている。

 「遠いところまで来ちゃったね」
 「そうだな。ここからの景色は5年前と同じなのに」
 「どこか違って見える」
 「そう、そういうことだ」

 この戦いの先に、クロードの見たい景色は見られるかしら。そうひとり思っていると、声が聞こえた。

 「萌子」

 クロードと視線が合う。彼のその真剣な眼に吸い寄せられてしまう。

 「この戦いの先の景色をお前とみることができたらいいと思っている。きっと迷惑もかけるとおもうが…お前と共にありたいと思っているんだ」

 クロードの景色――フォドラの閉塞的空間を切り拓く――そんな彼の理想に私はいることはできるのかしら。日に日に膨らんでいく想いはクロードの声で収まっていく。彼は優しいのだ。

 「多分、私もたくさん迷惑をかけると思うわ。でも、それでもあなたと一緒に在りたい。私、心からそう思う」
 「そう言ってもらえて嬉しい。萌子がいないとか俺には無理だから」

 ふわり、布がかけられる。クロードが着ていた外套だった。そして彼は外套ごと、私を抱きしめた。

 「暖かい格好をしないと風邪引くぞ。ガルグ=マクはただでさえ山中にあるのに」
 「ありがと。でも今度はクロードが風邪引いちゃうよ」
 「俺はいいの。すぐ戻るからさ」

 外套はクロードのにおいがして、心臓が高鳴ってしまう。

 「今日、こんな話が萌子とできてよかったと思ってる…ずっとどう言おうか迷ってたから」
 「私も、クロードに今会えてよかったよ」
 「やっぱり俺、萌子のこと好きだなー。ほんっとうに好き」

 ――後で返して貰えればいいから。そう言うとクロードは自室に帰るべく此処を後にした。

 唐突な「好きだ」はずるいよ。…でも私もそんなあなたが好き。