「みて、金鹿学級のクロードよ。今日も格好いいわね!」
昼休みの中庭。そんなふうに友人が話していた。なるほど、彼女の視線の先にはクロードくんがいる。私は同じクラスでないこともあり、詳しいわけではないのだけれど、彼は女の子に人気だ。今も女の子に、男の子に、囲まれながら人の良さそうな笑みを浮かべていた。
友人がそうするように、私もクロードくんの方を見やるとはっきりと目が合ってしまった。そして、クロードくんがウインクしたのだ。
「きゃーこっち見てくれたわ」なんて友人が騒いでいるけれど、私としては少し複雑な気持ちだ。ウインクって何それ。似合うけど。
■ ■ ■
「あれ?ここらへんにあったはずだけど」
「萌子が目当てなのはこの本か?」
次に出会ったのは図書館だった。兵法の勉強をしたいと思って本を探したが、一向に見つからない。それもそのはず、クロードくんがその本を読んでいたのだから。
「そう、それ…」
「やっぱりな」
「はい」とクロードくんが私に本を差し出す。
「俺はもう読み終わったからさ」
本の内容はいささか難しかったが、私が知りたいと思う内容が書いてあり、これは有意義なものだった。クロードくんもこういった本で勉強するんだな、ぼんやり思った。
そういえば、クロードくん、なんで私がその本を探しているって分かったんだろう。
■ ■ ■
「前に図書館で勉強してただろ?その内容から推測したのさ、次読むならこれだろうってな」
彼は鮮やかに私の疑問を解いてみせた。
「あの本どうだったか?」本の一件があってから、しばしばクロードくんと話すようになった。彼の兵法の知識は本物だったから勉強になったし、そうでない普通の話も彼の語り口は面白くて、確かに彼に人気がでるのも当然だ、そう思った。
「萌子は勉強熱心だな」
「そんなことないよ。兵法の勉強が好きなだけ。他の知識はあんまり。理学とか眠くなる…」
「ははっそれは俺も同じだ」
彼はベンチに腰掛け、長い脚を組みながら言う。
「俺ら気が合うよな」
■ ■ ■
「萌子とクロード最近仲いいよね、付き合ってるの?」
クロードくんを格好いいと言っていた友人がそう私に訊いてくる。
「そんなんじゃないよ。たまたま得意な教科が同じだっただけ」
「あら…それは残念。萌子の恋なら応援しようと思ったのに」
恋か…考えたこともなかった。気のおけない友人だとそう思っていたし、今もそう思っている。
ガルグ=マクには将来の伴侶を探して入学する人も一定数いるのは認識している。けれども私はそうではなくて、なにより相手は次期盟主だ。国も立場も違う。もしそうなったとしてもただの報われない話じゃないか。
■ ■ ■
「うーんうまくいかない」
訓練をしながらつい唸ってしまう。 私は兵法の成績こそいいのだけれど、その他、特に武道は苦手だった。弓を志して入ったのに。この体たらくでは補講決定。気が重くなる。
「なんだなんだその弓は」笑いながら彼は訓練場に入ってくる。
「どうせ下手ですもん。補講ですもん」
目を逸らしながら呟いてみせる。 なんだか恥ずかしいじゃない。
「はは。クロード先生が教えてさしあげようか」
クロードくんは戯けた様子で私に近づくと、「ほら、構えて」彼にしてはえらく真面目な声だった。
「こうやって構える。そう、そのまま無駄な力を入れずに射るんだ」
そうやって放たれた矢は、中心には当たらないにしても、的を射止めてみせた。
「ま、的にあたった」
「そこまでできなかったのか…とにかく、当たるようになってよかったな。この調子で頑張ってくれ」
そう残すと訓練場を後にしていった。
私に弓を教えたとき、少し距離が近かったな、香水なのか、東洋的な匂いがした。それに少しどきどきした。
優しい人だと思う。こうやって気にかけてくれるから。他の人にも同じようにしてるんだろうな、なぜかちょっと胸が痛む。
■ ■ ■
ガルグ=マク落成記念日。冬も深まってきた頃、その祭典は行われる。目玉はやはり舞踏会。 どうしても周りが浮ついている気がする。男女が睦まじそうにしている姿も見かけるようになった。
「クロードと踊らないの?」
「踊らないよ。彼は人気だから踊る人、たくさんいるよ」
私はダンスよりも食い倒れかなーそう言うと友人は呆れたような顔をする。クロードくんとダンスなんて、無理だよ。期待したらしたぶん傷つくような気がして、私はその思いにそっと蓋をする。私とクロードくんはただの友達なのにね。
当日。少しだけ化粧をした。一抹の期待がそうさせた。舞踏会ではめかしこんだ男女がところ狭しと踊っている。私は食事をしながらぼんやりその様子を眺めている。
「萌子」
「クロードくん?」
正直耳を、目を、疑った。私の前にクロードくんがいる。手を差し出しながら。
「俺も食い倒れるのは好きだが、舞踏会は踊るところだぞ。お嬢さん、一曲いかがでしょうか」
クロードくんと踊っている時間は夢みたいだった。やっぱり私はクロードくんと踊りたかったんだ。あのときと同じ香り、私はもう恋に落ちていた。
「こっそり抜け出そうぜ」
踊りが終わったあとクロードくんはそう私に囁く。私には断る理由がない。
■ ■ ■
たどり着いた先は女神の塔だった。恋人たちの聖地…なんていう下らない噂はきいたことあるけれど。
「疲れたなー」
外を見ながら彼は言う。夜風になびく髪とマントが彼をより格好よくさせる。
「何ぼーっとしてるんだ?俺に見惚れたか?」
「そんなのじゃないし」
そんな会話をしてから私達の間には静寂が続いた。何か話さなければ、そう思うのに、うまく言葉がでてこない。
「ねえ」
やっとのことで声がでた。
「いつも…ありがとう。私を気にかけてくれて。弓を教えてくれたとき、とても嬉しかったよ」
「当たり前だろ?友達のピンチにはいつも駆けつけるさ…いや、」
「いや、友達じゃない」
彼が私の方を振り返る。その眼は珍しく真面目な様相を現していた。
「俺は萌子が好きだ。中庭で萌子のことを見てから、ずっと」
「どうしても近づきたくて、図書室で萌子のこと見ていた。弓を教えたのも萌子の力になりたいと思っていたからさ」
クロードくんが私のことを。
「観察のようになってしまってすまない。だが萌子が好きだという気持ちに偽りはない」
私のことを好きだなんて。今日は夢のような日がずっと続いているみたい。 彼は続ける。
「返事は急がない。いきなりこんなこと言われて驚くだろ?」
「クロードくん、私もクロードくんのことが好きだよ」
最初は普通の友達だと思っていた。けれども、クロードくんの優しさがだんだん私のことを侵食してきて、ずっと気持ちに蓋をしていたけれど、それでも今日の舞踏会で気付いてしまった。私は彼のことが好きだ。 彼は少しの間、驚いた顔をした後、笑ってみせた。
「そうか…萌子も…嬉しいよ。正直うまく行かないと思っていたからさ」
不意に抱きしめられる。いつものクロードくんの匂いと暖かい体温。
「俺には叶えたい夢がある。萌子なら、ついてきてくれると思う、いやついてきて欲しい。一生大切にする」
「クロードくんの夢ならきっと素敵な夢なんだと思う。どんなにその道が険しいものであっても、私はずっとついていくよ。一緒に夢をみさせて」
クロードくんと話をしていくうちに、彼に底知れぬ夢があることは知っていた。その先が希望あるものであることも。私はそれを叶う手伝いができれば良いと思った。
抱きしめられたまま、私たちの影は重なっていく。
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