木枯らし一号が吹きました、と今朝のニュースが言っていた。いつもよりよく着込んで職場にはいってみたものの、帰る頃には手も足も冷え切っていて、日に日に短くなる日照時間も相俟ってそうとうどんよりとした気持になる。
 そういった気持で電車が家の最寄り駅についたときに鳴った、私の携帯。真島さんからだった。
 真島さんは、私がお付き合いしている人で、ちょっと特殊な職業の人なのだけれど、少なくとも私にはすごく優しくて、格好良くて素敵な彼氏だ。どうして私と付き合っているのか分からない。もっとお似合いな人がいると思う、でも私はとても真島さんのことが好きで、彼からの愛情も確かに受け取っている。つまるところ私たちは今のところはとてもうまくいっているのだ。

 「今から会えるか?」というのがメールの内容だった。もう日がとっくに翳った今日、明日も仕事があるのにとそう思いたくもなったけれど、私はこういう連絡に弱い。「会えますよ」最寄り駅を引き返して神室町に向かう。あの人はだいたいあそこにいるのだ。

 神室町はいつみてもネオンが輝いていて、人の欲という欲が渦巻いている。そんな街だ。そういった生への熱気に負けそうになりながらも私は彼が訪れるのを待った。劇場前広場がいつもの私達の待ち合わせ場所だった。

 「萌子ちゃんおまたせ」
 「あ、真島さん」

 程なくして彼は現れた。相も変わらずの格好で、私はその寒そう様子に目を背ける。「寒くはないんですか」前にきいてみたら「寒いわけないやん」と一蹴されたことを思い出した。

 「いきなりでしたね、今日は。なにかありましたか?」
 「せやなぁ。萌子ちゃんに会いたなってん。ほな、やきいも食べよか」

 やきいも?『焼き芋』と変換できるのに少々時間がかかった。この人の言うことは本当に分からない。このアジア最大とっても差し支えない歓楽街で焼き芋を食べるって?
 真島さんに手を引かれ私たちは或る屋台に訪れる。馴染みの深いフレーズをスピーカーで流しながら、その屋台は芋を焼き、それを売る。

 「焼き芋2つ、お願いできるか?」

 真島さんの声に店主は愛想良さそうに微笑んで、その場で2つ、渡してくれた。「ほれ」渡された焼き芋は私の手を温め、その匂いは私の鼻腔を擽った。近くの公園のベンチに座ると「熱いうちにたべり」促されて私は焼き芋を口に頬張る。確かに美味しい。その味に、温度に私は身も心も温まる。

 「うん、美味しい」
 「美味しいやろ?」

 真島さんも一緒になって食べて、二人で笑いあった。正直ここにくるまで、面倒だったかと言われると否定できないものがあった。でも、今は来てよかったと思う。だって好きな人とこんな素敵な経験ができたのだから。

 「でも、急でしたね」
 「萌子ちゃんにどーしても会いたくなってな」

 素直に疑問をぶつけると、なんと嬉しいことを言ってくれるではないか。にやけ顔を見せたくなくて、うつむくと彼は私の手を握ってきた。

 「それに、こんな寒いと萌子ちゃんも寂しいて気が滅入ってるやろ」

 私の心を見透かすような言葉に私は思わず顔を見上げる。真島さんと目があってしまった。ずるいよこの人は。そう、私はあなたに会いたかった。

 「…よくわかってるね」
 「萌子ちゃんのことはなーんでもわかるんやでぇ」

 彼は戯けた様子でそう言うと笑ってみせた。私はその笑顔にいつも元気をもらい、前を向く勇気をもらうのだ。

 「さーて次はどないしよか!今夜は帰さへんでぇ」
 「もうやめてよ…って、今日は特別だよ」

 手を握り返しながらそう言うと、「元気出たな」彼はとても満足そうに笑った。