朝の柔らかな光が部屋に降り注いでいた。 鳥がチュンチュンと気持ちよさそうに鳴いていた。
 キングサイズのベッドがある以外はなにもない部屋、今この瞬間だけは私ともう一人だけがそこにいるのを許されている気がした。
 私は服も着けずにベッドに横たわっていて、そのあと隣で寝る男を横目で見ながら緩慢な動作で起き上がる。気だるさが昨夜の出来事を思い出させた。
 寝室を出てダイニングルームのソファに座る、必要なものしかない部屋はさっぱりを通り越して殺風景ささえ感じる。 ソファに座りながら煙草を吸う。アメスピのメンソール。さわやかさを含むそれを咥えながらここ最近のことを思い出す。

 ベッドで寝ている男――真島と出会ったのは比較的最近のことだった。バーで出会うなんて、なんてことない出会い方だった。妙にウマの合う男で、そこから恋人とも友人ともつかない関係に陥ってしまったのは当然の成り行きとも言えた。
 週に1、2回どちらかの家に行き「恋人らしい」ことをして別れる。たまに出会ったバーでアルコールを嗜む。連絡をするのは待ち合わせの連絡以外本当に偶々。
 ここまでならよくある話だったかもしれない。 彼は私に少なからず執着があった。私の持ち物に興味を示した。私の趣味に興味を示した。男の話を振ったときにはあからさまに機嫌を悪くした。その日は誰もが見える場所に跡をつけられた。
 告白だとか、そういうのがあれば納得もいくのだけれども彼はそうしなかった。私もそうしなかった。きちんとした名前を与えられないまま私はゆっくりと蜘蛛の糸に絡まっていく。それでいいと思ってさえいたけれど、最近は少し複雑だった。

「萌子」
「煙草、もう吸えんようになっとるで」

 気づいたら彼が隣に座っていた。 私達は軽い口づけを交わした。

 「考えごとか?」
 「ええ、少し」
 「俺のこと考えとったやろ」
 「…ええ。少しね」

 彼は少し満足そうに笑った。軽いキスをした。 彼は私の考えをよく見抜く。これは刺青が物語る彼の人生によるものなのか、私に執着しているからなのかは私には分からない。最初は少し薄ら寒さを感じていたが、もう慣れてしまった。

「この後用事があるから、そろそろおいとまするね」

 服を着ようと立ち上がる、彼が口を開く。

 「用事ってなんや」
 「職場の人と食事。ランチミーティング、気が乗らないけど行かなきゃね」

 職場の人の9割が男性ということは以前伝えた情報だった。なんてことないように装う。

 「ふーん。こないな日も仕事なんて大変やなあ」

 労っているふうで、でも声のトーンが冷たかった。 体を抱え込まれた。知らない間に背後にいたようだ。そのままベッドに押し倒される。 着けかけのブラジャーが行き場を無くしていた。

 「なあ、」

 彼の舌が私の唇を舐めた。そのままキスをされる。私の唇を彼の舌で丁寧に割いて、そのまま歯列をなぞり、舌先を絡め蹂躙の限りを尽くした。手は私の身体を這った。 ようやく解放されると、二人の息遣いだけが部屋に響いた。

 「はぁ、はぁ」
 「行ってほしないって言うたらどうする」
 「意地の、悪い人だなと思う」
 「なんでや」
 「…っ、真島さんは、私のことどう思っているの?わたしは、このままでもいいと思ってたでも、真島さんは私を少しずつ侵食していってる。私の周りを少しずつ真島さんで埋め尽くされていく。今みたいに」そろそろ…この関係に名前があってもいいと思う、もしそうでないなら今後の身の振り方を考えたほうがいいと思うの。お互いに」

 勢いに任せて言ってしまった。でも、理不尽ともいえる執着を見せたのも彼だ。
 真島さんは、先ほどとは打って変わって私を優しく抱き寄せる。すると彼はこんな話をした。不安にさせてすまなかったこと。この関係に甘んじてたこと。気付いたら私のことを好きになっていたこと。今更と気持ちを伝えられなかったこと。

 「不甲斐ないない男や」

 視線がぱちりと合う。逸らすことは許されなかった。

 「萌子、好きや。この関係に名前をつけたい」

 私は頷くしかできない。とっくに捕らわれていた。

 「携帯、とって」
 「なんでや」
 「職場の人に連絡するの、今日は行けませんって。行ってほしくない人がいるみたいだから」
 「悪いな」
 「いつもできるわけじゃないけど…今日は特別」
 
 手早く同僚に連絡すると、彼は嬉しそうに笑う。

 「ほんなら今日は俺が萌子を独り占めできるんやな、たっぷり可愛がったるで、そのあとは萌子の好きなモン食べいこか」

 私の身体へ振れる手つきが色めいたものになる、彼が熱のこもった目で私のことを見つめる、私の幸せな頭は少しずつ快楽にとかされていった。