なんでも許せる人向け。読むのは自己責任でおねがいします


 「36億、なんの値段だと思う?」
 
 目の前の女はあまりにも透明な笑みを顔に乗せながら言う。
 私は「殺し屋」をやっている。そう言う家系だったから。家業てヤツ。 親は「仕事」の関係で殺された。恐らく失敗したとか、口止めとか、そういう理由だと思うんだけれど、そういったところを私が知ることはできなかった。なぜなら死んだ親に会うことは叶わなかったから。突然、消えてしまった。
 私には兄がいた。兄はあまり体が強くなかった。だから親が死んだ時に「殺し」の事務方は兄が、実業務は私が請け負い仕事をしていた。あの時までは。
 殺しといってもありきたりな背後からナイフで刺す、といったやり方はまずやらない。毒を盛るか遠隔射撃、あとは時折女であることを強みにすることもあったり、他にも言えないような方法もある。これらは生前の父から学んだものだ。
 兄は「仕事」ができる人間だったので、警察や裏社会の人間は私や兄を捕まえることはない。兄より振られた仕事を忠実にこなす、それが私の人生だった。
 仕事は上手くいっていた。裏社会の人たちや表社会の要人などからの依頼がひっきりなしだった。仕事は流石に選んでいたようだけど。兄はこういった方々に対して顔が広かったようだ。多分自分が表に出ることで、実働隊である私の存在を秘匿したかったから、というのは容易に推測がつく。私は逆にそういった者と関わるなと言われ続けてきた。私はこれを守り続け、日のない人生を歩んだ。ある一点を除いてね。
 私が真島さんにあったのは丁度仕事が軌道に乗り始めた頃だった。街で絡まれていたところを助けてもらった。(一人でも対処できたんだけど、目立つ活動はしてはならなかった)
 それから本当に稀に連絡を取るようになって、それ以上に稀にだけれども会うようになった。お互いの素性は言わないにしろ互いに気づいていた。私は彼が好きだったしきっと彼も同じだったと思う。見えない執着をお互いにしていた。でも、お互いの立場がこれを告げるのを避けていた。

 兄が殺された。兄が懇意にしてた人間からの裏切りだったそうだ。あれだけ周到な人間でも最期は呆気ないなと思った。葬儀は私1人でおこなった。私は兄が好きだった、
 次のターゲットは私だった。兄という盾が無くなったことをいいことに、私がした「殺し」に恨みつらみを持つ者、私という「殺し屋」を自らの傘下にしたい者に狙われ続けた。
社交性、というのは兄に預けたまま返してもらっていない。私は逃げ回った。けれど、裏社会の組織に捕らえられてしまう。
 組織の長と見られる男は変な男だった。私に妙な提案してきた。
「お前に選択肢をやる。選べ。」



 真島さんの家に入るのは初めてだった。 殺風景とも言える部屋に鎮座しているソファに案内される。

 「急に会おうなんて言ってごめんね」
 「ええで。しかしびっくりしたわ」
 「どうしてだろ、急に会いたくなっちゃった」
 「ねえ、私を抱いてちょうだい」

 ――最後だから
 多分真島さんは気づいていたと思う。答えの代わりに優しいキスを寄越して、私を横抱きにして寝室へ向かっていった。



 事後の気だるさが私を襲う。 真島さんはベッドで煙草を吸っている。私は布団に身体を預けながら言う。

 「ねえ」
 「36億、なんの値段だと思う?」
 「なんや」
 「ある女の一生の値段」

 まさか、と彼が私の方を見る。

 「お兄ちゃんが死んで、私一人になって、いろんな組織に狙われたの。いままでお兄ちゃんが私の盾になっててくれたんだなあって。逃げたけど、結局ある組織に囚われたわ。同じように殺しを専門に扱う組織。ライバルみたいなものね。そこの男に言われたの。『暗殺業を組織で続けるか』『暗殺業から足を洗うか』。36億、私が暗殺業から手を引くために積まれたわ」

 なんて言うたんや、真島さんが言う。

「私お兄ちゃんと一緒にこの仕事してきたけど、私一人じゃなんもできないんだよね。殺しも、普通の生活も。お兄ちゃんがいないとなにもできない。だから私は足を洗うことにしたわ。自殺も考えたんだけどね」
 「それでいいんか」
 「未練も、あるよぉ…でも、もう全てに疲れた」

 涙があふれてくる。不意に抱き寄せられた。顔を盗み見ると真島さんも泣いていた。 唇を交わす。しばらくそうしていた。

 「これからどうするんや」
 「しらない国で一生を過ごすの。明日発つ」
 「無理言ったの。『真島さんに会わせてください』って」
 「最後にあったのが真島さんでよかった」

 「そうか‥」真島さんはぽつりと呟くとしばらく私の頭を撫でていた。

 「そろそろ行かなきゃ」

 帰り支度を始める。
 
 「萌子、元気でな」
 「うん」

 ドアに手をかける。

 「ねえ真島さん」
 「知ってると思うけど、私、あなたのことが好きだったよ。結構」




或るドラマを薄くですが下敷きにしてます。