ひたすら暗い
もう死んでもいい、私はそう思いながらシーツに沈む。 窓に目を向けるとしとどに雨が降っていた。その水滴をぼうっとながめて、浅く息を吸う。
私は昔からあまり精神状態がよくなかった。なぜそうなったのかなんて、思い出したくもない。そういう星の生まれなのだと納得する頃には、希死念慮のような、そういった思考がゆっくりと自我を冒していく。
「酔い過ぎちゃった、帰らないと、でも…でも、まだ一緒にいたい…かな」
バーで男の手を取り夜に消える。
死ぬ前に男に抱かれてみようと思った。一度もそういったことをしたことなかったから。もしかしたら救いになるかも、なんて淡い期待もなくはないけど。
男に抱かれる。こんなものか、と思った。
刺青が印象的な人だった。たぶん堅気の人じゃない。それでもよかった。誰でも良かった。でもこの人が私を優しくしてくれたのは伝わってきて、行為を終えたあと少し泣いた。救われた気がした。
ホテルをでるときに少し会話した。
「なんで泣いとったんや」
「わたし…はじめてだったの。やさしくしてくれたから。」
「さよか。初めてなのによ―誘ったなあ。そういうのは好きな人とがええんとちゃうか?まあでも最初が俺でよかったなあ…ヒヒッ」
「そういうものなのでしょうか、でも、そうですね。お兄さんでよかったと思います」
私は笑った。
もう気が遠くなるような時間で熟成された負の感情が拭われることはなかったけれど、最後にお兄さんの優しさに触れて少し幸せに逝けそう。私そろそろいくね。
バーで飲んでいたら女が絡んできた。普段だったら適当にあしらうところだが、時折見せる陰鬱な瞳が妙に気になる女だった。
「酔い過ぎちゃった…」
「水飲んだほうがええで」
「帰らないと、でも」
「タクシー呼ぼか?」
「でも、まだ一緒にいたい…かな」
誘い文句があまりに下手すぎた。帰しても良かったが、訳ありな気がした。普段なら絶対しない。誘いに乗った。
ホテルで少し会話した。
「あんな下手な誘い文句でよう男誘えると思ったな」
「誘い慣れてなくて。でもお兄さんは誘いに乗ってくれた」
「あないな眼されたらほっとけなくなったんや」
「どんな眼してた?」
「この世の終わりーみたいな眼しとったで。まあ、あんまり思いつめんことやな」
女は少し笑って「そういう星のめぐりだからね」言うと、着ていたワンピースを床に落とした。
「抱いてよ」
女はセックスに慣れてないようだった。ひょっとしたら処女かもしれない。 あの眼を思い出したら乱暴にもできなくて、いつもより丁寧にセックスをした。したつもりだ。
事後。女は泣いていた。そのときは見てみぬふりをした。面倒くささ半分、相手の領域に踏み込みたくても踏み込めないのが半分。
それでも少し気になったので、ホテルを出るとき少し質問した。
「なんであの時泣いとったんや」
「わたし…はじめてだったの。やさしくしてくれたから。」
案の定、処女だった。 何でもないふうに装う。
「さよか。初めてなのによう誘ったなあ。そういうのは好きな人とがええんとちゃうか?まあでも最初が俺でよかったなあ…ヒヒッ」
「そういうものなのでしょうか、でも、そうですね。お兄さんでよかったと思います」
女は笑った。 これ以上追求するのはやめた。行きずりの男に話す内容でもないだろう。
「ほないくわ、気をつけてな」
神室町で転落死があったらしい。話しによると遺書があったことからほぼ自殺とのこと、とニュースが言っている。
「この街も相変わらず物騒やな」
煙草を吸いながらテレビを眺める。
被害者と思われる写真がニュースに表示された時目を疑った。 先日一緒にいた女だった。 骨ばった身体、肌の感触、余裕のない声、思い出そうとしたけれどどれもが雲を掴んで、あの、陰鬱な瞳だけが鮮烈に自身に刻まれている。
目眩を覚えそうな虚脱感を覚えながら短くなった煙草を吸う。事故の現場で祈るくらいは許されるだろう。煙草を灰皿にくしゃりと捨ててから立ち上がった。
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