「…もう、終わりにしよう」
 「…」
 夕日が鮮烈に赤を差す頃、どちらからともなく紡いだ言葉は相手の沈黙によって編まれていく。

 私は、私たちは、とても仲の良い恋人同士だった。少なくとも私たちの間では。元チャンピオン、そしてバトルタワーのトップとして忙しい彼、私も私で仕事で忙しく、二人が持てる時間はそれほど多くはなかったけれど、それでも確かに愛情を積み重ねてきていた。
 けれど。その愛情の中に生まれた綻びが確実にあって、それはゆっくりとけれども確実に侵食してきた。忙しさ故のすれ違いがその綻びを更に広げ、気付いたときにはもう元には戻れなくなっていた。
 私は彼を愛している。きっと彼もそうだ。けれど。
 「もう恋人にはなれない」
 私の、振り絞るような言葉に、彼は重く「…そうだ」これだけ返した。私も彼も、酷い顔をしていた。
 「キス、してもいい?」
 ――最後に。懇願する私を見て、ダンデは首肯した。
 最後のキスはひんやりとしていた。ああ、最初にキスした時も同じようなことを思ったな、私は記憶の蓋を開けていく。
 二人でいろいろなことをしたと、泡沫のように溢れる記憶に目を閉じると、その光景がありありと思い出された。私の目から液体がつぅっと流れた。
 「そんな顔しないでくれ」
 離せなくなる、彼は困ったような顔をして私の涙を拭った。
 「ごめんね、でも、離れなきゃ」
 ――お互いのために。
 「…そうだな」
 そうだ、お互いのためなのだ。お互いが幸せになるために、お互いが前を向くために。そう、決めたことなのだ。
 「そろそろいくね」
 「ああ、気をつけろよな」
 私を見下ろす彼を見て、こんなにも大きな人だったのか、当たり前だと思っていたことなのに、改めて認識してしまう。 こんなにあなたは大きく頼もしい人だったのね。素敵な人。
 「じゃあね。好きだったよ、ダンデ」
 振り返ると彼は手を振っていた。逆光になってて表情は読み取れなかった。
 「サクラ、愛していた」
 遠くでそんな声が聞こえた 。