それは、些細なところからの綻びだったのかもしれない。 お互いが、お互いに甘えていたところがあったのかもしれない。
 やり場のない気持ちを一つ、二つと見えないところへ投げていっては、返ってくることはない虚しさを感じてしまう。



 同じところに住む、そういう安心感みたいなものがあったのだろう。
真島さんはいつからか私の許をすり抜けるようになった。少なくとももう一年の半分はそんなかたちだ。

「今日も電話に出ない…」

 前は帰るときにくれていた連絡、今は携帯が鳴ることはない。食事も一人でとることが多くなった。休日も、一人で出かけるようになった。お気に入りの服、一人で買ってもすこし、寂しい。前は一緒に出かけることも多くかったのに。

 真島さんは私とは立場が違うから、たまにはそういうこともあるのかもしれない。私は我儘なのかもしれない、でも、それでも、最近の真島さんはあんまりだとおもう。

「そういう男はダメよ。ちゃんと言ってやらなきゃ、甘えてるのよ」
 
 何気なく眺めたテレビで誰かがそんなことを言っていた。よくあるお悩み相談コーナー、私と同じような悩みを持っている人がいるらしい。私も真島さんに伝えようと思った。少なくとも「連絡はください」って。今の彼は何を考えているのか最早検討もつかない。



 たまたま私と真島さんが一緒になった。ここ一週間は、顔を合わせることも殆どなかった。
今しかない、そう思った。

 「真島さん」
 「なんや、なまえ」  
 「言いたいことがあるんだけど」

 「最近あんまり顔を合わせることも少ないね。真島さん。真島さんが忙しかったりすることは、立場が違うっていうのも理解してる」
 「でも、せめて連絡は欲しいと思ってる。ね、お願い。外食のときとか連絡頂戴」
 「なんでそんなんせなあかんのや。俺も忙しいし、連絡すんの面倒やわ」

 こんな結果になるとは予想外だった。少なくとも連絡くらいは寄越してくれるものだと信じて疑わなかった。
 今まで積み上げてきた感情がガラガラと崩れ落ちて怒りに変わっていくのを感じた。彼はもう私のことが好きではないのだ。他に好きな人がいるかもしれない。私ももう、疲れてしまった。まだ残っている好きという気持ちが私の心を傷つける。
 別れよう、それがお互いのためだ。そこからの行動は早かった。 自分の荷物をまとめると私は家を飛び出した。真島さんはほとんど家にいなかったから、これは容易だった。去り際に手紙を置いた。私の気持ちと別れましょうという内容を綴った。
 暫くホテル暮らしをしよう、そして、気が向いたら実家にでも帰ろう。職場は実家からでもいけるはず。
 
 一日がたった。夥しい数の真島さんからの着信があった。メールも来ていたが、内容は知らない。

 二日がたった。変わらず連絡がきている。

 三日がたった。一人は少し気楽だ。

 四日がたって私は実家に帰る。家族は特になにも言わずに私を受け入れてくれた。メールを見た。「悪かった」「連絡に出て欲しい」そんな内容がもう数え切れないくらいきていて、私だって連絡に出てほしかったよ。特に返信はしなかった。

 五日目、出社した。実家から職場は少し遠かったけど、特に問題はなさそうで安心する。突然休みが欲しいといった私に、上司は優しかった。それだけが救いだった。帰るまでは。

 「やっと見つけた」

 会ってしまった。帰路についてる途中に真島さんに会ってしまった。ずっと張ってたのかな。私は職場から帰る時に必ずこの道を通る。

 「真島さん」
 「何回も、連絡したんやで」
 「知ってる」
 「だったらなんで」
 「以前私も真島さんに連絡しましたけどずっと無視され続けてました」

 真島さんは焦っている様子だった。いつもの格好いい…ところは微塵もなく、隻眼の眉尻は下がり、口をへの字にして、いつもは高いその背を屈めて身長差のある私に縋っているような、そんなことを感じる。

 「場所を移しましょう」

 私達は私達の家に向かう。

 「なまえ、ほんまに悪かった」

 彼は私に話をした。私と離れて多くのことに気付いたこと、今までしたこと全てに申し訳ないと思っていること、私に甘えていたこと、私のことが未だ好きだということ。
 本当のことかな?と思った。また私に甘えたり、理不尽な振る舞いをされてしまうのではないか、と。

 「そういうこと言われても、信じられない自分がいます。また同じことをするかもしれない、これはよくある話です」
 「どないしたら信じてもらえるんや」

 彼は私に向けて手を合わすとこう言い放つ。

 「なまえ、絶対に幸せにする、絶対にや」

 ーー絶対に。彼が嘘が嫌いな人間である。その男が「絶対」というのは何からきているのか、私は純粋に気になってしまう。

 「絶対に、ですか」
 「せや。絶対に。なまえが好きだからや、愛してる」

 もう完敗。彼はこの世の終いのような顔をしていた。彼は必死だったのだ。私も、彼に応えようと思った。

 「…わかりました。私も真島さんのことが好きなんです。あんな手紙を書いても私はそう思っているんです」

 「なまえ、改めて聞いて欲しい。俺はなまえが好きや。何にも変えられないくらいに。よかったらもう一度付き合うて欲しい。」
 「ふふ、こちらこそ、真島さんとお付き合いさせてください」

 言った途端、ふわりと抱きしめられた。彼の体温が優しくて、 私も彼に誠実に接したい、改めて思う。



 あれから真島さんは打って変わって、私に連絡を寄越すようになった。帰るとき以外も。
「なまえのご飯楽しみやな」とか、「今日もなまえはかわいいな」とか。見てるだけで顔が火照ってしまう。
 休日も一緒に過ごすことが多くなってなんだか付き合いたてみたいに感じる。

 「その服かわいいなぁ。どこで買ったんか?」
 「真島さんがいないときに買ったんですよーかわいいでしょ」
「一緒に行かんと勿体無いことしたなぁ。また一緒に買いに行こな」

 まだ少し、警戒してしまうときがあるけれど、家でニコニコ私に頬ずりする真島さんを見てると、そういうこともどうでもよくなってしまう。





同棲中。連絡や出かけたりが無くなる真島さん。「連絡してほしい」と要請するが「面倒」といわれてしまう。別れを決意し、家を出るも真島さんの必死の要請にて復縁。ハピエン。

匿名様リクありがとうございました!