10年ぶりに蒼天堀に訪れた。
 仕事の出張で来た大阪、あたりはすっかり変わってしまっていたけど、そこに残る匂いは昔のまま、そんな気がしている。
 辺りをふらついているとある建物の近くを通った。キャバレーグランド。 そう、ここは。脳裏にある男の姿がちらつく。



 札束で互いを叩きあっていた、誰もが狂っていたあの時代、私には仲が良かった男がいた。仲が良かったといっても、恋愛感情のそれではなく、私は彼を友情や尊敬の念を抱けど、それ以上の気持ちはなかった。恐らく相手も同じようなものだったと思う。

 「あ、吾朗じゃん。今日も仕事?お疲れさまー」
 「なんやなまえか、今日も仕事や。お前は暇人か。ちょっとはしっかりしぃ」
 「学生だもん。学校では頑張ってるよ。学校でーはー」

 「夜の帝王」と称されあらゆるものを手に「できた」彼も、ベールを剥ぐと年相応の青年に思えた。
 たまに顔をあわせては馬鹿なことを言い合って、飲みに行っては吐くまで飲んだ。時には真面目な相談をしたりして、何度男に振られた話を聞かせたか。
 ぶつかり合うことも稀にはあったけれど、それもお互いを真摯に捉えているからで、親友とはこういったものをいうのだろうな、そう思っていた。



 冬のある日、彼は珍しく神妙な面持ちをしていた。

 「人を殺せ言うたらなまえはどうする」
 「何?心理テスト?んー状況によるけど」
 「まあ、そんなもんや。人を一人殺したら願いが叶う」

 心理テストが、と彼は言ったがきっとそうではなかったのだろう。彼が裏に何か持っていることはなんとなく分かっていた。流石に私には教えてくれなかったけど。彼なりの優しさなのだ。

 「んーそうね、殺さずに願いを叶える!ご都合主義、私大好き」
 「アホか。質問の答えになっとらん。なまえに訊いたのが間違いやったわ」
 「えーそんなことないよー。で、心理テストの答えは何なの」
 「今度あった時に教えるわ」

 「何それー」そう呟いた言葉は虚空に消える。彼は何かに急かされていた。


 
 次に会ったのはそれからずっと暫くしてからだった。

 「なまえ」
 「え、吾朗…?なにその格好、どうしたの?イメチェン?」
 「そんなもんや。自分が自分らしく楽しく生きるっちゅーな」
 「なにそれ、でもそうやって自分らしく生きるの格好いいね!いいとおもう!」
「 せやろ、それを見せに…、ってそうやない、挨拶したくて来たんや」

 それから東京に行くという話を聞いた。何をするのかは聞かなかった。「夢を叶えに行く」それだけ彼は呟いた。もう、こうやって馬鹿をやりあうことも無いのだろうな、思った。

 「頑張ってね!吾朗なら夢、叶えられるよ!」


 
 それっきりだ。今は何をしているか分からない。元気にしていればいいと思う。夢を叶えられているといいと思う。

 「楽しかったなあ、あの時」

 あの時間はもう戻ってこない。
 けれども大人になって感じる辛い時や悲しい時、それでも「自分らしく楽しく生きる」これだけは心に褪せること無く残り続けている。





支配人時代、真島さんの友人的なポジションの夢

カイ様リクありがとうございました!