「陛下」
 「なまえ、その呼び方はやめてくれ。ここは誰もいない」

 少し肌寒く、日が傾きかけたそんなある日、王宮にある中庭、そこにディミトリはいた。「陛下を探してきてくれるか」私はドゥドゥー殿に遣いを頼まれて彼を探していたのであった。
 アドラステア帝国を打倒し、フォドラ大陸は王国の治世のもととなった。同じ学級で学んだ、殿下であった彼は陛下となり、この国を支える為に、大司教となった先生と共に東奔西走しているのであった。
 この戦乱で父と兄を亡くした私は、王宮で騎士として仕えている。家族を失った私を女でありながらも騎士として重用してくれているディミトリには頭が上がらない。

 「陛下、少し寒くなって参りました、そろそろ戻られたほうが。お怪我に障ります」
 「なまえ。ここには誰もいないぞ」

 陛下は誰もいないところでは、砕けた態度を取ることを要求する。学級にいた頃のように。もうあの時とは立場が違うというのに。調子を崩さない私に彼は少し苛立ったようにそう言うと、中庭に誂えてある椅子に腰掛けた。

 「少し、時間はあるか?世間話がしたい」

 そう呟いたその顔は真っ白だった。真っ直ぐ見据える隻眼に私は断る術を知らない。

 「俺は未だに『声』が聞こえる」
 ――9年前から続く怨嗟の声が。

 ダスカーの悲劇。王国、否フォドラに住まう者に知らない者はいない。ファーガス前国王の暗殺。9年前に起きたそれは、あまりにも多くの死を、そして生き残った者へは遺恨を残した。声、というのはその時の自分の肉親、周りの者、そういった者たちの声なのだろう。彼は運良くも生き残ってしまった。

 「ディミトリ様、」
 「まだ、聞こえるんだ」
 「ディミトリ」

 彼の声は震えていた。私は思わず彼の許へ駆け寄った。そして不敬ながらも彼を抱きしめた。そのときの私は何も考えられなかったのだ。

 「なまえ…」

 私はこの惨劇を伝聞でしかしらない。けれども、これまでの学級での生活、そして、後の戦乱を通じてそれがどれだけ彼に、王国の民に深い、暗い影を落としたものかは私にも理解ができた。

 「ディミトリ、あなたはそれでも、自分の過去に、闇に打ち克ったんです」
 「…」
 「あなたはもう、過去に囚われなくていい。それは、もうあなた自身も知っているはずです」

 そう、あなたは自分に克った。あの深い闇を宿していた眼は過去のものだ。あなたが眼に光を宿し、私達の前に立った、その時から一生あなたに自らの槍を、人生を捧げると決めた。

 「そう…だな。間違いない。俺は前を向くと決めた。今いる者のために」
 「ええ、それでこそディミトリです。私はそんなあなたに人生を捧げたいと思ったんです。騎士として。」
 「…騎士として、か。まあいい。…しばらくこのままでいてくれないか。落ち着くんだ」

 このまま?そう言われて自分のしたことの愚かしさに気付く。

 「も、申し訳ありません」
 「そのままで良いと言っている。これは命令だ」

 少し縋るような目で私のことを見られると私は断れないじゃないか。命令ってちょっと酷い話だ。おずおずとそのままの動作でいると、彼は満足そうに笑った。

 「これからも俺に、王国に忠誠を誓ってくれ。きっとこれからもっと大変になるだろう。三勢力の統一は簡単になし得ることではない」
 「は、はい。私、いつまでもお仕えしたいと思います。王国のために。」

 そんなやりとりをして、暫く時間が止まったようにこうしていた。ディミトリの体温が優しかった。日が落ち、辺りが暗くなった頃、私はようやくここにきた理由を思い出す。

 「あ、ディミトリ、」
 「なんだ」
 「私がここにきたのは、ドゥドゥー殿に呼ばれていたからなんです」
 「ドゥドゥーか…仕方がない。なまえ、向かうぞ」

 そう立ち上がったディミトリのどこか覚悟の決まった彼の顔を見て、きっとこの国王なら長く良い治世が築けるだろう、私はそう確信する。ディミトリ、どこまでもお付き合いしますよ。どんなことがあっても。





ディミトリ陛下に忠誠を誓う

マミヤ様リクありがとうございました!