真島さんがひどいです。モブがいます
冬の夜特有の冷気が肌を刺す。私は公園で煙草に火をつけて、携帯電話を取り出す。
「返信はない、か」
恋人であるはずの吾朗からの連絡はない。分かっていた。そんなこと。とっくの前から。
私と吾朗は恋人同士だ。確かに私たちは愛を囁きあって、仲睦まじく。なんてそんなこともあったのかもしれない。けれど、それは過去の話だ。今はどうして付き合い続けているのかが不思議なくらい冷え切っていて、同じところに住んでいるのにまるで他人。私も、きっと彼もこの関係に消耗しきっている。
私は、まだ、彼のことが好きだ。これは事実だ。どこが好きなのか、分からない。情や依存なのかもしれない。でも私は、彼の、ことが。
こうであるから、この関係を終わらせることができない。惚れた弱みだと思う。別れればよいのに、なんていう友人のアドバイスが痛い。
今日も連絡は来なかった。きっと家に帰らずに、飲みに歩いているか、ひょっとしたら別の女性のところへ行っているのかもしれない。これは定かではないけれど。
「私も、帰るか…」
コートを着直し、白い息を吐く。
「お姉さん」
テノールが私の鼓膜を震わせた。振り返ると少年がそこにはいた。年齢は17−8だろうか、あどけない顔をしている。肌は白く、街灯の明かりに照らされて雪のような、そんな色をしていた。
「お姉さん、少し話をしない?」
安っぽいナンパ文句だと思った。でも、それにしては妙な真摯さがあった。どうせ今日は恋人は帰らないのだ、話くらい、いいだろう。「いいよ」私は白い息を吐く。
「お姉さんはどうしてこんな時間までいたんです?」
公園のブランコに乗りながら少年は言った。「久々にブランコに乗ったなぁ」少し楽しそうにブランコを漕ぎながら。
「人を待ってたの」
「人?」
「そう、人」
私はブランコに腰掛けて、漕ぐことなく煙草に火を点ける。ゆっくりと煙が肺を満たしていく。
「煙草、身体に悪いですよ」
「…知ってる」
「じゃあなんで、」
「男よ」
彼はブランコを漕ぐのを辞めていた。
「待ってたのも」
「うん?」
「男なんですね」
「なんですね」なんてやけに確信をもった問いに「…そうよ」これだけつぶやいた。
「なんか付き合うってなんだろうね…」
「僕は付き合ったこと無いからわからないけど」
「お互いが信頼できる、っていうのが一つあるなと思ってるんですよね」少年は妙に的確なところを突いてくる。
「好きなんだよねぇ」
「好きなんですか」
「悲しいけど、好き」
涙がぽろりと目を伝った。それを少年の指で拭う。知らぬ間に彼が私の近くへ来てたことを知る。暫くの間、少年と見つめ合う。珍しい明るい色の瞳。そして、唇に柔らかいものを感じた。触れるだけのキス。
抗議しても良かった。でも、そうするのは躊躇われた。漸く唇が離れると彼は優しい笑みで言った。
「悲しいけど、好きでいいと思いますよ」
「君は、こういうことした後にそういうこと、言うんだ」
「言いますよ」
それから言葉はなかった。私はブランコの椅子に座り、煙を蒸しながら、空を見上げてたし、彼もブランコを緩く漕いでいた。
3本目のマルボロが灰になったころ私は立ち上がる。もう月はとっくに沈んでいて、深夜が空気を支配していた。
「話、きいてくれてありがと」
「キス一回でちゃらにしてくださいよ」
「そうかな。お礼、あげる」、私は煙草を1箱渡す。「いりませんよ」彼は笑いながら、しかしそれを受け取った。
「あ、そうそう」
背を向けた私に少年が私を呼び止めた。振り返ると彼は私の許へ駆け寄り、なにやら紙を寄越してきた。
「もし、悲しいし、好きじゃなくなったら、連絡ください」
帰宅すると吾朗の靴が見えた。
「帰ってきてたんだ」
「せや」
テレビを見ながらぶっきらぼうに答える彼。どこまでも平常運転だ。連絡寄越しても良いのに、という言葉は飲み込んでおく。
入浴しながら、今日のことを考える。こない連絡、吾朗への情、不思議な少年。それらが綯い交ぜになってあたまがぐるぐるする。湯船に頭から浸かると、少し頭が冴えてきた気がした。頭のてっぺんから足先までお湯が私を包んで、これが冷えた身体に染み渡る。
風呂からでると、リビングルームの電気が消えていた。少しだけ待っててくれても良かったのに。
「遅くまでどこ行っとったんや」
私達が眠る寝室で珍しく吾朗が口を開いた。
「公園。いつもの」
「ふぅん」
興味なさそうに呟く吾朗に、やっぱり心配とかはないんかな、私は残念におもう。
「ねえ」
「なんや?」
眠りにつこうとしている吾朗に私はぽつりと言葉をこぼす。
「こうやって冷え切った関係…私、ちょっと悲しい。でもそれ以上に吾朗が好き」
「さよか」
彼は少し、私の方を見て、それから私にキスをした。久しぶりのキスだった。それから彼は眠りについた。
この言葉は彼に届いただろうか?少しでも届いていると良いと思う。私も眠りに落ちる。しばらくはあの紙は引き出しの見えないところに置いておこう、と思いながら。
真島さんに蔑ろにされる
ままま様リクありがとうございました!
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