キーボードを叩く音だけが部屋に鳴り響いている。AM0時、夜だけがこの空気を満たしている。私は仕事をしていた。コーヒーがするするとなくなっていった。

 私はナックルシティにあるベンチャー企業に勤めている。ポケモンとトレーナーがより良く過ごすことができるように、道半ばではあるけれども、サービスや製品を生み出そうとしている。
 新しいポケモン向けのサービスを展開するにあたっての必要なデータの整理をしていたのだ。少しでもダンデの、トレーナーのためになると良い。そのような祈りを込めながら私は今の時間まで業務をしていたのだった。

 AM2時。そろそろ寝ようと思っていた、そんなときのことだった。スマホロトムが誰かからメッセージを受け取ったことを教えてくれた。

 『ありがとな』

 1週間ぶりの大好きな人からのメッセージだった。


 ダンデの晴れ舞台、チャンピオンカップで彼は破れた。勝者は、ホップくんのお友達ときく。私も有休をとってその試合を観戦した。(ダンデに「きてくれよな」チケットを渡された)素晴らしい試合だった。バトルに関してはあまり詳しくない私でさえも感動してしまうほどに。でも、彼は負けた。勝敗が分かれたときのマントの下の表情、私からは見ることは叶わない。
 試合後、『おつかれ』これだけメッセージを送った。他の言葉は送るだけ野暮だった。彼は忙しい人だから、きっと返信が来るのはない、そう思ってた。だけれど。
 『ありがとな』彼は私のメッセージを認識していたようだった。更に、メッセージにはこう続いていた。『今から家、行っていいか?』
 それだけで舞い上がりそうになった。まるで初恋を知る少女のように。私とダンデは確かに思いを積み重ねていたけれど、彼も私も多忙だから会えることは稀だった。
 AM3時。家のチャイムが鳴った。私ははやる鼓動を抑えつつドアの小窓を見る。彼がいた。

 「遅い時間にわるいな」
 「ううんいいの」
 「本当は明日でも良かったんだが――」

 ――少しでも早くユリアに会いたかった。彼は私にキスをした。

  1Kのマンション、2人が入るには少し狭い。私たちは私たちがギリギリはいれるソファに座るやいなや、彼は私を抱きしめた。抱きしめる、といっても私の胸に顔を埋め何かに耐えてるようだった。

 「お茶、つくってくるよ」
 「いや、このままがいいんだ」

 縋るような抱擁に彼が疲弊しているのだと気付く。私が思う以上に。笑顔でチャレンジャーと握手を交わしたのは嘘ではないだろう。けれども、それだけの感情だけではないのだろう。 
 加えて、試合後のマスコミ対応、委員長不在のための対応…その前にもムゲンダイナと呼ばれるものとの死闘…彼は頑張って抱えてきたけれど、きっとそれには大変な精神力が必要なはずだった。
 私は彼の抱擁を黙って受けていた。彼の頭を撫でてやると彼は身動ぎした。少しでも私で癒やすことができたのであれば。だいすきなひとをいやせるのなら。

 「ユリア…」
 「どうした?」
 「オレは…負けたな」
 「うん、負けたね」
 「新しいチャンピオンの誕生で嬉しい気持ちはあるんだ、でも、やっぱり悔しいな」
 「うん」

 よく言えたね。私は彼の髪を梳きながら触れるだけのキスをした。本人には言えないけど、私の中ではずっと、ずっとチャンピオンのままですよ。

 「負けても」
 「?」
 「負けてもダンデはダンデだよ。私の好きなダンデ」
 「そうか…」
 「そうだよ。こうやって弱いところ見せてるダンデも…私は好き」
 そこまで言い切って、私はもう一度キスをした。
 「…っ」
 「伝わった?」
 「ユリアには敵わないな」
 
そう笑ったダンデはいつもの調子に戻ったようだった。ダンデのひまわりみたいな笑顔は好きだ。見てて好きだ。つまるところ彼のすべてが好きなわけだけど。

 「もうこんな時間」AM4時。私たちは顔を見合わせた。辺りは薄っすら明るくなっていた。

 「そろそろ寝ようか。明日は時間ある?」
 「夕方までならあるぞ」
 「じゃあ、嫌じゃなかったら一緒にいて欲しい」
 「オレも一緒にいたいな。ユリアが足りないから」

 シングルの狭い寝台に2人、私を抱き寄せる腕は先程とは異なり優しいものだった。

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