「チャンピオンダンデ、またも勝利」朝刊の見出しにはそう書かれていた。「ダンデまた勝利したんだって?」職場の人間が意味深そうに私に言った。街を見渡すと、チャンピオンの話題で一杯だった。「ユリア、また勝利をおさめることができた」ダンデから私にメッセージが来た。
 10歳でチャンピオンになった後無敗記録を続けている、チャンピオンダンデ。私はそんな彼の彼女だった。
 彼は大きすぎる愛を私にくれる。多忙な中私との時間を少しでも割いてくれている。私の急な連絡にも欠かさず返信してくれている。「好きだよ」の言葉は何度聞いたか分からない。
 でも、私は。ダンデのことは好きだ。彼の肩書でない、ダンデの正しさやまっすぐさ、ポケモンへの深い愛情…方向音痴なところも含めて私は彼を愛していた。
 けれど。彼は眩しかった。私には眩しすぎた。彼はチャンピオンで、一介の会社員である私とはあまりにかけ離れた生活をしていた。羨望、そう形容するのが正しいのかもしれない。スタジアムでの彼を見ると私との違いをまざまざと見せつけられる。
 
 夜、私は一人で歩く。ナックルシティを歩く。スタジアムで彼を見たとき私は必ずそうするのがルーチンだった。愛情と羨望が綯い交ぜになった感情を落ち着かせるために。歩き回る。自分のために。夜風と耳から流れるピアノの旋律が自分を正しいものへと導いてくれる。

 「また出歩いていたんだな」

 ひとしきり歩いて、帰宅した頃、もうとっくに日付が変わっていた。ダンデは私の部屋にいた。

 「うん」
 「…そうか」

 「寒かっただろ?湯船につかるんだな」彼はどこまでも優しい。私は彼に敵わない。
 ダンデ沸かしてくれた湯船に浸かってゆっくり考える。ダンデのこと。自分のこと。もっと純粋でいれたら良かった。彼の愛を無邪気に受け取れることができたら。流れる水が排水口に吸い込まれるのをぼんやり眺める。

 「お風呂、出たんだな」

 彼は私に温かいお茶を手渡してきた。私の好きなハーブティ。「大切な人には体壊されたくないからな」彼は笑う。2人がけのソファに身を寄せ合って、私たちは暖を取る。

 「ユリア」
 「うん」
 「オレはユリアのこと好きだよ」
 「…うん」

 彼は私が好きだけではない感情を抱いていることを知っていた。それでもなお、彼は私に愛情を渡してくる。こんな風に。

 「私は。私も、ダンデのことが好き」
 「知ってる」
 「でも。やっぱり羨ましいと思う。あなたがまぶしく見えることがある」
 「そういうところも含めて、オレの好きなユリアだと思ってる」

 「顔を上げて?」彼は私に顔上げるように促した。彼は私の瞼にキスをした。私は知らないうちに涙を流していた。「泣いてるユリアもいいけどな」彼は笑った。彼は涙ごと私の鬱屈した感情を吸い取った。少し心が軽くなるのがわかった。
 きっと私の中からこの感情が消えることはないのだろう。けれど、この感情と上手く付き合って、その上で彼を愛すことができれば良いと思った。
 夜は長い。私はダンデに身を預けながら殆ど冷めたハーブティを流し込む。ゆっくりと進む時間に、私は感情ごと溶けていく。

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